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控え室に行こうと廊下を歩いていると見知った後ろ姿を見つけ、こんな生徒しか出入りしない所で何をしているのかと思い腕を掴むと、驚いたようで変な声を上げていた。いつもの柚華さんだったら振り向いて顔を見せてくれるのに、振り向きもしないで俯いたままで何かあったのかと思い適当な控え室に突っ込んだ。
多少乱暴だったが投げ入れた時に腕の火傷や髪の間から見えた頬の火傷を見て頭に血が上った。
柚華さんに怪我の事を聞いたがはぐらかされた。確実にあのクソ親父が怪我をさせたんだと分かっているのにそれでも言わない柚華さんに腹が立ちもしたがそれよりも悔しかった。

俺はそんなに信頼されてないのか。

そりゃそうか。俺は何もこの人には言っていないのだから。俺はこの人と対等になりたい。その為には俺の事を話さないといけないと、話したいと思った。俺の事を無償で受け入れてくれるこの人に。

柚華さんは話を聞いた後、俺だけの夢を追ってもいい。と言った。一瞬頭の中で幼い俺の頭を撫でながら何かを話したお母さんの顔を思い出した。

その後爆豪の個性による爆音が控え室にまで届き、次に俺の試合が始まる事がわかった。柚華さんをあいつの所には行かせられないので観客席まで連れて行くことにした。

これ以上傷つけられてたまるか。

オールマイトに気にかけてもらっている緑谷を超えることであいつを否定する。けど、本当にそれが正しいのだろうか。柚華さんの悲しそうな顔が頭をよぎる。

そういえば…最後ってなんだ…?

頬に手を当てた時柚華さん顔を真っ赤にさせてたな。丸い瞳を潤ませて俺を見る柚華さんは可愛く見えた。

ん?可愛い…?

今はこんな事を考えている場合じゃないと首を振り目の前の緑谷戦に集中する。兎に角今は勝つことに専念する。そうすれば自ずと道は見えてくる。そう思ったからだ。

最初、緑谷は俺に持久戦に持ち込み勝機を探ろうとしているのかと思ったが、あいつは俺が抱えたもんをぶち壊しに来た。

「君の力じゃないか!!」

緑谷の言葉でお母さんの言葉の続きを思い出した。なりたいものになってもいい。その言葉は柚華さんから言われた言葉でもあった。
俺はどうしたらいいんだ。何が正解なのかが分からない。俺の力って何だ。俺は……俺の夢は…。

「確かに個性は親から子へと受け継がれるものです。しかし本当に大事なのはその繋がりではなく、自分の血肉。自分であると認識すること。そういう事もあって、私はこう言うのさ。私が来たってね!」

オールマイトが出ていたテレビを思い出の中の幼い俺が見ていた。

「でも、ヒーローにはなりたいんでしょう?いいのよお前は。血に囚われる事なんかない。なりたい自分になっていいんだよ」

そうだ。お母さんは俺にそう言ったんだ。俺はオールマイトみたいなヒーローになりたかったんだ。クソ親父を完全否定しても意味なんかない。それは俺の夢じゃない。

「焦凍くんは焦凍くんだけの夢を追いかけていいんですよ」

優しげに笑う彼女を思い出した。

「俺だって…ヒーローに…!」

気づけば俺は左の炎を使っていた。もう2度と使うことのないと思っていた炎を使うことが出来た。俺が抱えていたもんも緑谷がぶち壊してくれたからだ。

「ありがとな…緑谷」

ありがとう…柚華さん。

緑谷に最大威力の氷で攻撃を仕掛けるが、緑谷はそれを飛び跳ねて躱し、その勢いのまま俺に突っ込んできた。俺は視界を遮る氷を左の熱で一瞬にして溶かし、高熱を左手に保ったまま熱を緑谷に放つ。でも緑谷に届く前にセメントス先生が作ったコンクリートの複数枚の巨大な壁に当たり、大爆発した。
コンクリートは爆発により崩壊し破片が四方八方に飛び散る。

柚華さんの名前を呼んだのは無意識だった。何故呼んだのかも分からない。
でも俺はやっとスタート地点が見えた。

緑谷に勝ち、控え室に向かおうと歩き出すと向かえに親父がいた。

「邪魔だ。とは言わんのか?左のコントロールベタ踏みでまだまだ危なっかしいもんだが、子供じみた駄々を捨てて、ようやくお前は完璧な俺の上位互換となった。卒業後は俺の処に来い。俺が覇道を歩ませてやる」
「捨てられるわけねえだろ。そう簡単に覆るわけねえよ。ただあの一瞬はお前を忘れた。それがいいことなのか、正しいことなのか、少し考える」
「柚華の事だが、今はあいつもくだらん反抗期だが公私ともにあいつにはお前を支えさせる。今からその気構えを忘れるな」

俺は親父の横を通り、控え室に向かった。あいつは俺に何も言う事はなかった。

あいつに言ったように俺は考えなくてはならない。今までの事を、過去をなかった事にして前に進むのだろうか。きっとそうじゃねえ。そんな事誰も望んでない筈だ。何が正しいんだ。俺が1人で考えねえと絶対に納得なんかしない。

飯田との試合の時も爆豪との試合の時も何の為に戦うべきなのかわからなくなっていた。爆豪に言われた言葉がリフレインする。

俺は何の為になんで此処に立ってんだ。

「轟くん!負けるな!頑張れ!!」

緑谷の言葉に追い詰められる。負けたくねえ。けど…。

「勝って!焦凍くん!!」

柚華さんの声がクリアに聞こえた。

俺だって勝ちてえけど、何の為に戦うのかがわからなくなっちまってんだ。

出していた筈の炎が消えていくのがわかった。

俺は爆豪の攻撃に直撃しそのまま意識が遠のいた。

すまねえ。

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