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雄英高校体育祭が終わり、私は表彰場に立つ焦凍くんを見た。その顔はやるべき事を見つけたのかどこかすっきりしていた。

今日1日で随分と表情が変わったね。

柔らかくなったその表情に口角が上がる。私も頑張らないといけない。炎司さんと口論になったままだ。もしかしたらあの家にもう住めなくなるかもしれない。でも後悔はしてない。焦凍くんに伝えたいことは伝えたかった。

…でも、彼の夢を聞きたかったな。

両の手で拳を握りよしっ!と小声で気合を入れる。すると、後ろの観客席にいた人達がざわざわと騒ぎ出した。

「おい、あれってもしかして…」
「だよな!No.2ヒーローエンデヴァーだよな!」
「マジかよ!俺本物初めて見た」

ごくりと生唾を飲んだ。予想よりも遥かに早く目的の人に出会ったからだ。気持ちはラスボスに立ち向かうLv1の勇者のようだ。先ほどまでの威勢はどこかに逃げてしまった。炎司さんに反抗した時は軽く頭に血が上ってたし。
兎に角振り向かねばと思い、深く息を吸い込んだが私が振り向くよりも先に名前を呼ばれた。

「柚華帰るぞ」
「……えっ!」

振り向いた先にはいつも通りに顔をむすっとさせた炎司さんが、これまたいつもと同じように腕を組んで立っていた。
てっきり追い出されるもんだと思っていたのでこの展開についていけない。

「あの、いいんですか?」
「あの程度の反抗でお前を追い出す俺ではない」
「…ありがとうございます」

その言葉を聞くと炎司さんは私に背を向け歩き出した。私もそれにならい歩き出したが、すぐに色んな人に囲まれた。

「ねぇ君!あのエンデヴァーとどういう関係なの?」
「一緒に住んでたりするの?」
「もしかして隠し子とか?!」

様々な推測が飛び交うがそれに答えることなく苦笑いをしていると、オールマイトがステージに登場した。質問攻めをしていた人達が其方に注意を向けた隙に駆け足で階段を登り炎司さんに追いつく。

家まではタクシーで帰った。因みにタクシー内は無言の圧力と言うのか、炎司さんからの発せられる威圧感が凄くて、私もタクシーの運転士さんも滝汗だった。

無言が怖い。

家の前に着くと炎司さんはすたすたと家の中に入って行った。これでようやく息が出来る。深呼吸をして私も家の中に入った。今朝家を出ただけなのに何故かひどく懐かしく感じた。

「お帰りなさい。体育祭どうだった?」
「ただいま冬美さん。なんかもう凄かったです」

雄英だもんねー。なんて呑気に笑う冬美さんにほっこりして、夕飯の準備を進めた。2人並んで作るお夕飯は久しぶりで少し嬉しかった。

夕飯が出来た時、丁度よく焦凍くんが帰ってきた。冬美さんは玄関まで行ったが私は最後の盛り付けの為に台所に残り、料理が乗ったお皿を食卓まで持って行く。全て並び終えたところで焦凍くんが制服姿のままで私に近寄った。

「後で話がある。時間あるか?」
「分かりました。全て片付いたら焦凍くんのお部屋にお邪魔しますね」
「……わかった」

心做しかもの言いたそうな目で見られたが、少しの間をおき二つ返事をしてくれたので気にしないことにした。
焦凍くんはくるりと背を向け部屋から出て行った。

話ってなんだろう?

「話ってなんだろうね」
「ふぁっ!」
「ごめんね。驚かせちゃった?」

どうやら冬美さんは近くで私達の一部始終を見ていたようで、ごめんね。と謝りながらも疑問を口にしていた。

「今日の体育祭でなんかあったの?」
「うーん。あったと言えばありましたけど…」
「何にせよ仲良くしてくれているみたいで良かった」
「仲良く…」

出会った頃よりは仲がいいと思うが、私達の関係は余りにもあやふや過ぎる。別にはっきりとさせたいわけではないが、もどかしく感じてしまう。

4人が揃いお夕飯をとり、食器を洗っていると炎司さんに呼ばれた。

「何ですか?」
「柚華。明日お前には雄英の入試試験を受けてもらう」
「……あ、明日ですか?」

いくらなんでも急じゃなかろうか。

それだけ言うと炎司さんは部屋から出て行った。残された私は冬美さんに声をかけられるまで放心していた。

洗い物も終わって、1日の疲れを癒すためにお風呂に浸かる。
どうしよう。不合格を取るわけにはいかない。かと言ってこの世界の、延いては雄英の学力がわからない。私がいた世界の勉強が通じるのだろうか。不安でしかない。

「あ、焦凍くんって今年の3月に受験やったんだよね」

私は一縷の希望を見つけ、お風呂から上がった後、足早に焦凍くんの部屋に向かった。勿論髪も乾かし、歯も磨きもして、話が終わったら勉強して寝る準備まで整えた。

もう迷う事のなくなった家の中を小走りで走る。
階段を登り、焦凍くんの部屋の前に立って深呼吸をする。そして声をかけた。

「柚華です。今大丈夫ですか?」
「…あぁ。今そっちに行く」
「え?お部屋で話さないんですか?」

焦凍くんは引き戸を開けて私の前に立っていた。
いつものような無表情な顔ではなく、台所の時と同じように何か言いたげな顔をしていた。

「あの…?」
「あんまり気安く男の部屋に入らない方がいいぞ」
「そしたら、私の部屋に来ますか?」

名案だと思い伝えると焦凍くんはほんのり頬を赤らめながら溜息を吐いた。

間違った事を言ってしまったのかも知れない。

その推論は正しかったようで、焦凍くんはあからさまにイラついた顔をしていた。

「気安く部屋に男を入れんな」
「もう!そしたらどこで話し合うんですか?取り敢えず部屋に入りますよ!」
「…っおい!」

私は立ったままの焦凍くんを無理矢理押し焦凍くんの部屋の中に入った。部屋の中は正に和風でベッドは敷布団で、勉強机は文机だったり、今時の現代人が暮らしているとは思えない部屋だった。

でもこの部屋で焦凍くんが日々生活しているのかと思うとなんだか納得出来る景色でもあった。

「純和風だ…」
「悪いか?これが一番落ち着くんだ」
「焦凍くんらしいなって感じがします。なんだか落ち着きますね」

焦凍くんは私の頭に手を置いた。

「ん。けど人のこと押すなよ。危ないだろ」
「…はい。すみません」

焦凍くんが発していたイラついた雰囲気は何故かなくなっていた。さっきはなんで怒っていたんだろう。

他の男の人は嫌だけど、焦凍くんだったら別に部屋に入れたっていいのに。

私の視線が鬱陶しかったのか焦凍くんは目を逸らし、その辺に座ってろ。と言って部屋から出て行ってしまった。
もしかしてお茶の準備してくるのだろうか。と思い私も手伝おうとしたが、大人しく部屋で座ってる事にした。

5分もしないうちに焦凍くんはお盆にお茶を乗せて戻って来た。焦凍くんの部屋にある円型座卓に置いてそのまま座ったので、いそいそと座卓に近寄った。

「話があるって言ったよな」
「はい」
「俺は…俺達の関係性を有耶無耶にしたくない。いきなり婚約者は…難しいから友人から始めたい」
「…はい?」
「お前、俺の事であいつに反抗したらしいな」

突然の話に頭がフリーズする。友人から始めるって最終的には付き合うとかって事になるのだろうか。

それは私の考え過ぎ?

脈略もなく変わる話に遂に返事をする事すら出来なかった。

「俺の所為で怪我させたな」
「っ!それは違います!」

私の頬に右手を当て彼は目を伏せながら謝った。

「けど…」
「私が、私が納得出来なかったんです」

彼の右手に手を添え、人より冷たい手のひらに擦り寄ると焦凍くんは一瞬驚いた顔をしたが、顔を緩め優しい眼差しで私を見ていた。

な、に…その顔。なんでそんな顔で私を見るの…?

焦凍くんの右手から離れて、赤くなっている顔を隠すために俯く。

「あのですね、私は焦凍くんの将来を狭めるような存在にはなりたくないと云うか、貴方には将来好きな人が絶対に出来ると思います…だから…」

そうだよね。彼は私と恋愛したいなんて一言も言ってない。このまま一生良き友人のままかもしれない。彼に好きな人が出来て、その人との将来を思い描いた時に私の存在が足枷になってしまうかも知れない。

「好きな人が出来るかわからねえが、俺は少なくてもお前に、柚華さんに好意がある。それが人としてなのか異性としてなのかは、正直わからない」
「…えっと?」
「だから先ずは友人から始める」

焦凍くんの言いたいことがやっとわかった気がした。もしかしたら今日の体育祭のお昼に言っていた事もこの事だったんだろうか。

「なんだか恥ずかしいですが、よろしくお願いしますね」
「あぁ、よろしくな」

焦凍くんにぺこりとお辞儀をすると、彼もお辞儀をした。それが可笑しくて口に手を当て笑うと焦凍くんはまた優しい眼差しで私を見ていた。

その視線一つで私の心臓が早鐘の如く脈打つなんて貴方は想像すらしてないのでしょうね。

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