18




2人で笑いあった後に、焦凍くんへの用事を思い出した。

「焦凍くんって、今年受験でしたよね!参考書とかって残ってたりしますか?」
「…俺は推薦入学だったから筆記はやってなねぇぞ」

そうだったのか。そしたらどうしようか。中学校の教科書なんて残ってないだろうし。

「どうかしたのか?」
「それが明日雄英高校の入試を受ける事になりまして、それでこの世界で私が習ってきた授業は通用するのかなと思いまして」
「明日って急過ぎんだろ」
「まぁそこは何を言っても仕方ないですよ」

苦笑いしながらそう答えると焦凍くんは立ち上がり、襖を開けた。そこには上下2段に分けられている押し入れがあり、上のスペースには布団を収納しているのだろうな。と思われるぽっかり空いた空間があった。
焦凍くんはしゃがみこみ下の段に仕舞われている何かを探していた。

ん?何を探しているのかな?

「あの…どうかしましたか?」
「この辺に中学の時に使ってた教科書があった気がして」
「え!探すの手伝いますよ!」

いや、いい。と言って焦凍くんは数冊の本を私に差し出した。1番上の本は数学と印字されてあった。

「借りてもいいんですか?!」
「じゃなきゃ探さねえ」

ありがとうございます!と何度も頭を下げて教科書を受け取った。ぺらぺらと中を捲ると私が中学の時に習った内容とほぼ同じだったので、これならいけると確信していると、焦凍くんから割と失礼な質問をされた。

「柚華さんって頭悪いのか?」
「…普通だと思いますけど」
「俺よりも歳上なんだろ?勉強しなくても何とかなりそうだがな」

割と私はコツコツ勉強する方だが、テストが終わると授業内容の5割は忘れるタイプだ。必要のない事、興味のない事は大体忘れてしまう。だけど、一度覚えたものは何回か問題を解けば感覚が戻ってくる。数学や物理等の理系は特にそうだ。

「不安要素は出来るだけなくしておきたいじゃないですか」
「変なこと聞いて悪かったな」
「いいえ」

中3の5教科の教科書を受け取り、不安だからと高校で使っている教科書も念の為に借りて焦凍くんの部屋を出ようと立ち上がった。ずっしりとした重さに一夜漬け間に合うのか、と途方に暮れてしまうがやるしかないのだと気合を入れる。

「大丈夫か?結構重たいだろ」
「だ、大丈夫です。隣ですし」
「けど、腕震えてるぞ」

確かにあまりの重さに腕が震えている。トレーニングしてるといってもここ最近始めたばかりだから、まだまだ筋肉がものになってない。

乾いた笑いをしていたら焦凍くんが半分以上持ってくれた。平気な顔して教科書を持つ姿に自身の筋肉のなさを痛感する。

「ありがとうございます」
「ん。戸を開けろ」
「はい!」

焦凍くんの部屋の戸を開け、次いで私の部屋の戸を開けた。焦凍くんは躊躇うことなく部屋に入り、私が普段使っているローテーブルに教科書を置いた。
男を入れるなって言った割に躊躇なく入るんだ。と呆気にとられていると、焦凍くんはそのまま部屋を出ていこうとした。

「あの、ありがとうございます」
「気にすんな」
「あの…」

私が言葉に詰まってると焦凍くんは私の頭に手を置きゆっくりと数回撫でた。

「あんま無理しないようにな。なんかあったら遠慮なく言えよ」
「…はい」
「おやすみ」

ゆっくりと撫でていた手は私の頭から離れていってしまった。心地よく感じていた為少し残念にも感じたが勉強に集中しようと頭を切り替えて焦凍くんを見送った。

先ずは理系科目からだ。国語と英語は読めば答えなんてすぐに分かる。文系で不安なのは社会だ。私の世界とは全く違う歴史なのかもしれない。暗記するのが大変だ。

暫く勉強すること数時間。

これなら大丈夫だ。私が元いた世界で習ったものと同じだ。

流石に現代社会は違ったが、個性出現前まではほぼ同じだったので何とかなるだろう。
張り詰めていた気持ちが緩み、一息ついた。

「これで筆記は大丈夫そうね」

自信がつき、いそいそと教科書を片付けると、ふと、あることを思い出した。それは焦凍くんの部屋で焦凍くんが言っていた言葉だ。

焦凍くんは私に好意があると言った。でもそれが異性としてなのか、友人としてなのかが分からないと。だから友人から始めたいと。
それって、つまり…どうしたいの?私は今まで通りでいいのだろうか。

いろんな予測が頭を飛び交う。これはダメだ、明日に響くと即座に判断して頭の中から追いやり就寝に就いた。

その日私は夢を見た。懐かしくもまだ見ぬ夢。それは焦凍くんがボロボロの姿で私の前に背を向け立ち、何かから私を守ろうとしている。そんな夢。
彼のその姿は私にはヒーローに見えた。

「偶然なんてないあるのは必然だけよ」

侑子さん…。私がここに来たのも何か理由があるんだよね?

アラームの音で目が覚めた。

侑子さんはよく、この世に偶然なんてない、あるのは必然だけよ。と言っていた。それは出来事一つ一つに意味があるという事だ。予知夢で出てきた焦凍くんはボロボロだった。この予知夢にも意味があるのだから私は彼を守りたい。

制服に着替え、階段を降り台所に立つ。いつも通りに朝食の準備をして、いつも通りに3人で食べる。いつもと少し違うのは制服姿ではなく私服姿の焦凍くんが私の前に座っているという事。いつもの反対になってしまっている。

「今日から2日間学校お休みなんでしたっけ」
「あぁ」

体育祭の休養ということで2日間休校になるみたいで、いつもよりのんびりご飯を食べていた。

「柚華ちゃんは制服なんだね!可愛い」
「一応編入試験とはいえ受験なので制服かなと」

頑張ってね!と私に応援してくれた後冬美さんがダイニングから出て行った。
残ったのは食器を洗う私とスマホを弄っている焦凍くんだけだ。

「何時に行くんだ?」
「もうそろそろ出ようかなと思ってます」
「送る」
「でも、悪いですよ。折角のお休みなのに」
「俺も出掛けるから別にいい」

先に言ってる。と言って焦凍くんは出て行ってしまった。本当に送ってくれるようで申し訳なくなる。1回しか電車を使ったことがないから正直不安だった。嬉しさ半分に罪悪感半分といった感じだ。

慌てて食器を洗い、駆け足で部屋に戻り鞄の中身を確認する。筆記用具持った。昨日勉強したノート持った。ハンカチ、ポケットティッシュ持った。動きやすい服を持った。カードが入っている本持った。
最後に首にぶら下がっている鍵を触って確認する。

よし!忘れ物はなさそうだ。

私は焦凍くんが待っているであろう玄関まで駆け足で行った。そこにはボディバッグを肩にかけている焦凍くんが立っていた。

「お待たせしました」
「行くか」

私がローファーを履き、玄関の扉に手をかけた時に冬美さんが玄関にやって来た。

「あれ?焦凍も出かけるの?」
「あぁ」
「何処に行くの?」
「…お母さんの所」

焦凍くんの返答に私は肩を震わせた。彼は自身のお母さんに強烈な罪悪感を抱いていたから、会いに行くなんて思いもしなかったからだ。それは私だけではないようで、冬美さんも驚いていた。

「えっ!それってお父さんに言わなくていいの?」
「あぁ」
「焦凍…なんで今更会いに行こうと思ったの?」
「…行くぞ」

彼は冬美さん質問には答えなかった。聞かれたくない事なんだろうか。
扉が閉まる前に冬美さんに、行ってきます。と声をかけて歩き出した。

「…体育祭の時に緑谷に抱えていたもん全部ぶっ壊された気がした。お陰で左の炎だってあの時は使えた」
「はい」
「でも俺には精算しなきゃいけない事がある。その内の一つが柚華さんとの関係だ」

私との関係を受け入れるという事は、炎司さんが行った個性婚を認めてしまう事になる。なにより炎司さんの言いなりに成り下がってしまう。だから私との関係の精算が必要だったのだろう。
そしてもう一つが長年焦凍くんを苦しめ続け、また母を苦しめ続けた2人の蟠り。

「もう一つが病院にいるお母さんの事ですね」
「…お母さんはきっとまだ俺に、親父に囚われ続けている。だから俺がこの身体で、全力で再びヒーローを目指すには…会って沢山話をしないといけないと思ったんだ」

隣を歩く彼の話は固い決意のようにも感じた。

「例え望まれてなくたって助け出す。それが俺のスタートラインだと思ったからだ」

前よりもずっといい顔をするようになったと本当に思う。少し不安げな表情が見え隠れするがそれでも、炎司さんを憎んでいる時よりもずっと素敵な表情だ。

「焦凍くんの夢は…」
「俺は、ヒーローになりたい。ヒーローになって沢山の人を救いたい」
「とても、とても素敵な夢ですね」

私自身何かをしたい。将来どうなりたいといった夢は持っていない。幸せに、普通に暮らしていけたらいいなとは思っている。だからか私を見ないで前だけを見て語られるその夢は、とても輝かしいものに思えた。

「本当に、素敵ですね」

だけど同時に羨ましくも思える。私もいつか見つけたい。そして彼みたいに夢を追いかけてみたい。

いつか見つかるだろうか。彼みたいな素敵な夢に。

あの時のように会話なく歩き続け、駅に着いた。改札を通り雄英高校最寄り駅まで電車に揺られてると、女子大生であろう複数人の人が焦凍くんを見て、体育祭2位の子だよね?恰好いい。とか、声かけてみようよ。と話していた。
焦凍くん、随分モテるんだなと思い前に立つ焦凍くんを見ると車窓から流れる景色を無表情でただ見ていた。

聞こえてないのかな?

「あの、しょうわっ…!」

電車が大きく揺れ思わず前に倒れ込む。焦凍くんにぶつかり慌てて体を離そうとするがそれより先に焦凍くんの手が腕が私の腰に回る。

「あの、焦凍くん!もう大丈夫ですから」
「ん。けどこの先も揺れるから寄っかかってろ」

心臓がもたない。何度も何度も大きく脈を打っている。焦凍くんにも伝わっているのかもしれない。顔に熱が集まっている。そんな顔を見られたくなくて俯き、心臓の音が伝わらないようにと体をなるべく小さくして最寄り駅に着くのを待った。

雄英高校最寄り駅に着き、焦凍くんの腕から解放されると、深呼吸を無意識にしていた。やっと空気を吸った気がする。
そんな私を構うことなく歩き出している焦凍くんに、小走りして追いつく。

「そういや、さっきなんか言おうとしてなかったか?」
「あぁ、焦凍くんモテモテですねって」
「今だけだろ、あんなの」

つまりさっきの恐らく女子大生の黄色い声には敢えて無視していたという事か。今みたいな状況に慣れているのかな?それとも興味がないだけ?両方当てはまってる気がするな。

焦凍くんに高校の前まで送ってもらった。

「焦凍くん。お互いに頑張りましょうね」
「あぁ」
「それでは、ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げてお辞儀をすると、焦凍くんは背を向け、来た道を引き返して行った。

頑張ろう。私に出来る事は限られているのだから。

- 19 -
(Top)