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寝ていたはずのわたしの意識がふわっと浮上した。目の前には髪の毛が真ん中で赤と白に分かれてる男の子が私に背中を向けた状態で、ボロボロの体を奮い立たせながら立っていた。外敵から私を守るかのように立つその姿は物語に出てくるヒーローみたいだった。

「あぁ、またこの夢……」

ここ数日毎日のように見るこの夢に独りごちたのは夢だったのか、現実だったのか分かんなかったけど、言葉をきっかけに視界の靄が晴れて
伸ばし画面を明るくさせた。時間は普段起きる時間の1時間前だった。このまま起きてしまおうか、それともあと1時間もう1度寝てしまおうか、少しだけ悩むと。

今寝たら私確実に学校遅刻するな。

そう結論至り最高に心地のいい温度が保たれているベッドから冷たい床に素足をつけた。一瞬で目が覚めるこの冷たさはいつまでも好きにはなれない。季節は冬の終わりであと少しで春になるが、朝晩はどうしても冷えてしまう。本格的な春が待ち遠しい今日此頃だ。

「……ふわぁっ」

幾ら冷たい床に足がついているからとはいえ、慣れてしまえば微かな眠気が戻ってくる。欠伸がひとつこぼれた。

また寝ちゃいそうだな。

ベッドから腰を浮かせてリビングに向かった。
閉め切ったカーテンの隙間から差し込む朝の日差しが薄暗い部屋に温かみを与えてくれている。
思い切ってカーテンを全開にして部屋中を明るくさせ、窓の前で拳を握り気合を入れてキッチンに向かった。
窓から伝わってくる冷たい空気でもう1度カーテンを閉めたのはここだけの話だ。

ケトルにお水を入れて、ボタンを押しお湯が沸くまで待つ間に、フライパンに少しの油とベーコンに卵を入れて火にかける。私は食パンは焼かないで食べるのが好きなので袋から出した食パンはそのままお皿の上に。焼けた目玉焼きとベーコンは違うお皿の上にのせ、冷蔵庫から昨日のあまりのサラダを取り出してテーブルの上に。あとはお湯で溶かしたコーンスープをテーブルに並べれば朝食の完成だ。
やりきった感でいっぱいである。

普段だったらシリアルで済ませちゃうから、朝食らしい朝食を食べたのは久しぶりかも。

残念な事に猫舌なのでコーンスープは温い状態じゃないと飲めないから、そんなに体は温まらない。
朝食を食べ終え、食器を片付けて時計を見ると随分とゆっくりしていたようで家を出る時間の30分前だった。
歯を磨き、髪を櫛でといで、制服で身を包み、鞄の中身を確認して、最後に首にかけてある鍵を指で触ってあることを確認して、姿見で全身を確認する。

よし。寝癖も着崩れもなし。準備万端。

肩にかけてる光沢のあるスクール鞄をしっかり握って、ローファーを引っ掛け玄関のドアノブに手をかけ押し開けた。

そして私の意識はブラックアウトした。




……ぉ……ぃ…お……ぃ。

沈んだ意識の中で知らない人の声が聞こえる。なんて言っているのかわからなくて、何度も聞き返すがどうやらそれは音にはなってようで、一定の間隔で声が聞こえる。

お……い…ぉ…い…だぃ…ぶ。

低めの男の人の声が聞こえる、けど、やっぱりなんて言ってるのかわからない。もう少し、もう少しで聞こえそうなのに。

お…い!…おい!

「おいっ!」
「はいっ!」

一際大きく聞こえた声に意識が覚醒して、ずっと呼びかけていたであろう、おい。の言葉に思わず返事をしてしまった。しかも勢いよく返事した為声をかけてくれた彼も吃驚してしまっている。申し訳ない。

「あんた何なんだ」
「はい?」

誰だ?や何者なんだ?ならまだ理解出来るけど何なんだ≠ニ聞かれてもなんて返事していいのかわからない。というか、ここは何処なんだ?何だか道場みたいな建物だけど。なんで此処に私がいるの?真っ直ぐ私を鋭い目で見据えてる彼に1人動揺してると、この場にそぐわない柔らかい女の人の声がした。

「焦凍ー夕飯できたよー」

木材でできた引き戸からひょっこり顔を出したのは柔らかい声に納得な程優しげな雰囲気を纏った眼鏡をかけた白い髪の女の人だった。
お母さんにしては年若いし、お姉さんかな?彼女って線も捨てがたい。焦凍と呼ばれた彼の方に顔を向けるとあることに気がついた。

この髪色、確か夢で…。

真ん中から半分に分かれた赤と白の髪は紛れもなくここ数日見た夢に出てくる男の人の特長で、あぁ、彼だったんだと思わず感心してしまった。怪訝そうに顔を顰め私の動きを少しでも見逃さまいとする彼に少しだけ可笑しくなり私は自然と笑みを浮かべてしまった。
途端に不機嫌そうに眉を寄せた彼に心の中で謝るとすぐ側で先ほどの女の人の声がした。

「若しかして、佐倉柚華さんですか?…いや、違いますよね。すみません」
「いえ。間違ってないですよ。でもすみません。貴方とお会いした記憶がないのですが」

そう答えると女の人はぱぁっと効果音がつきそうなくらい目を輝かせ本物だと歓喜の声を上げた。
本物とはなんだろう?私の偽物なんかこの世にいるのだろうか?首を傾げ女の人を見てると、焦凍と呼ばれた彼が私の代わりに質問をしていた。

「姉さんはこの女の知り合いなのか?それに本物ってなんだ?」
「あぁごめんね、1人ではしゃいじゃって」

そう言うと彼女はゆっくりと説明をしはじめた。
私はアニメの登場人物で登場回数は少ないものの大人に人気が高かったらしいが先週のアニメの放送で何者かに襲われてその後安否がわからない。死亡したと言う噂が流れていること。彼女は小学教諭で受け持っているクラスの子に絶大な人気があるアニメに興味を持ち見始めて自身もハマってしまったこと。

成程、訳が分からない。

「えっと、つまりは……」
「私、あなたの大ファンなんです!」
「あ、ありがとうございます」

いや、そこはだいぶ前から分かってた。貴方の瞳の輝き尋常ではないもの、眩しすぎて目が眩んでしまうもの。そこではなくてね、私はどうして画面の向こう側に来てしまったのかって事を知りたいの。

「まだ本人かなんて分かんないだろ」
「コスプレーヤーかも?って事?」

焦凍と呼ばれた彼が最もなことを言った。確かに私本人だっていう証拠は私の証言のみでだ。それを鵜呑みにする方がおかしい。彼女はその事に気づいたのか、ふむ。と白い手を自身の顎に当て考えるような素振りを見せた。すると何かを閃いたようでゆっくり私と彼に微笑みかけた。

「多分証明できるからお父さんと一緒に見ましょうよ」
「クソ親父帰ってきてたのか」

彼は俺はそれでもいいけど。と言うと私の腕を掴み歩き出した。私に見向きもせずに歩く姿はなんだか先程よりも機嫌が悪いような気がした。お父さんに会うのがそんなに嫌なんだろうか。家族仲が悪いのかな?でも彼女はニコニコと笑ってらっしゃる。うーん。やはり彼女は彼の交際相手なんだろうか。でもそしたらお父さんなんて気安く呼んだりしないか。やっぱりお姉さんなんだろうな。
それよりもお姉さんが思いついた証明とは一体何なんだろう。魔法とか使えばいいのかな?カードはあるわけだし。……ん?カードは本にしまってある。が、そのカバンはどこにあるんだ?鍵はあるの?と不安になり掴まれてない方の手を首元に伸ばして確認するとしっかりそこに存在していた。

「あのっ!鞄!私の鞄ってありますか?」
「鞄?それなら床に落ちてたぞ」
「私が持って行くから安心してね」

彼は振り返ることなくそう答えると、お姉さんが親切に持って行ってくれると言ってくれた。すれ違いざまにお礼を言うと、柔かに笑ってくれた。
それにしてもどこに向かっているのだろうか。如何にもな日本家屋の廊下を歩いていると1つの扉の前で足を止めた。

「あの…?」

彼は無言で扉を開けた。中には厳ついムキムキの威圧感がある男の人がソファーに座っていた。こちらに背を向けた状態で座っていた男性はこちらに気づいて振り向いた。

「焦凍か……その女は誰なんだ」
「アニメから出て来た女」
「巫山戯ているのか?」
「ふざけてねぇ」

いや、そんなん言われたら絶対にふざけてると思われるよ。私もそんな事言われたら頭大丈夫?って聞いちゃうもん。この人天然なのかな?説明ざっくりしすぎじゃない?私は横目で彼を見たけど彼は自分のした説明に何の違和感もないようで真面目な顔をして男の人を見ている。男の人は溜息を零すと後ろに私の後ろにいた女の人に話しかけた。

「冬美なにか知っているのか?」
「ふふっ、あのねお父さん」

彼女は冬美さんと言うらしい。冬美さんは私たちにした説明を男の人にもした。が男の人、2人の父親は全く納得していないようで私のことを警察に突き出そうとした。ごもっともの反応である。すると焦凍と呼ばれた彼が私が来た時の事を説明し始めた。

「この女が来た時俺は道場に居たんだ。いつも通りに鍛錬していた時に、俺の目の前に小さな光の粒が浮かんできた」
「お前大丈夫か?」
「いいから黙って聞けよクソ親父。その粒が一箇所に集まって目は眩むほど強く光ったと思ったらこの女が現れたんだ」

私そんな現れ方をしてたのか。なんだか恥ずかしい。

「それでなんでアニメなんだ?」
「それはさっき冬美姉さんが説明しただろ」

何を聞いてたんだよと言わんばかりにイラついた声で答えると冬美さんがiPhoneの画面を見せた。そこには侑子さんに頼まれた衣装を纏う私が写っていた。なんでそんな画像を持っているんだ。やめて。2人ともそのiPhoneを覗き込まないで。

「……これはなんだ」
「柚華ちゃんだよー」

可愛いでしょ。と言わんばかりにいろんな画像を2人に見せていた。

「恥ずかしいのでその辺にしてもらえませんか?」
「え?まだまだ沢山あるよ?」
「勘弁してください」

それより早く鞄が欲しいのだけれど。カードがちゃんとあるのか確認したい。冬美さんの腕に掛かっている鞄を見つめていると視線に気づいた焦凍くんが冬美さんに声をかけてくれた。

「ごめんね。忘れちゃってた」
「いえ、持ってきてくれてありがとうございます」
「それで姉さん、本人だっていう証拠って何なんだ?」

あぁ、それはね柚華ちゃんが持ってたら出来るんだよね。と私の鞄を渡しながら言った。持ってると言えばカードの入っている本のことだろう。私は受け取った鞄の中身を確認しようをするも、片腕が未だ掴まれているので話してもらおうと声をかけた。

「離してもらってもいいですか?」
「……?あぁ」

そう言うと私の腕をパッと離した。多分私の腕を掴んでいるのも忘れていたんだろうな。きょとんとしてたもんね。
鞄をゆっくり床に置いて鞄の中身を確認していく。厚みのある本がちゃんとそこにあってホッとした。これがなければ基本私は何もできない。…情けないことだが。

「柚華ちゃんあの本ってある?」
「はい!ちゃんとありました」

本を取り出すと冬美さんは目を輝かせて、焦凍くんは首を傾げて、父親の方は眉をひそめて本を睨んでいた。すると冬美さんに触らせてとお願いされたので喜んで本を渡すと、本物だぁと喜んでページを捲っていた。

「…ただの本ではないか。それが何の証明になると言うんだ」
「私がこの本を捲るとね、ただの本なのよ。でもね柚華ちゃんが捲るとねこの本の本当の姿が現れるのよ」
「本当の姿?本は本だろ」

あぁ、本当に冬美さんは私のことを知っているんだ。確かにその本は私以外の人、正確に言うと魔力のない人が表紙を捲るとただの本だ。でも、魔力を持った人が表紙を捲ると中からカードが出てくる。本の厚み分のカードがそこにしまわれているんだ。
私は冬美さんから本を受け取り、表紙を捲ると、3人は息を飲んだ。それもそうださっきまではただの本がカード入れになっているんだから。

「どうなっているんだ」
「ただの手品だろう、貸してみなさい」

厳つい男性に表紙を開いた状態で渡し、相手がそれを受け取るとすぐにまた本に戻った。つまり彼には魔力がないということ。なのに何故この人は体の一部と衣服の一部に炎を纏っているのか。ずっと気になってもしかして魔力かなって思ったけど、本に戻るって事は魔力が全くと言っていい程に無い。

「ふむ」
「ふふ、すごいでしょう」
「どういうシステムなんだ?」

システムもなにも魔力で姿を変えてるだけなんです。苦笑いで3人を眺めているとお父さん?!と言う悲鳴に似た声と仄かに焦げ臭い匂いが鼻についた。男性に渡した本は黒煙に包まれていた。

何事だ。

「クソ親父何してるんだ!」
「いきなり燃やすなんて」
「ただの本ではないんだろう。種も仕掛けもない本。それが本当かどうか確認したまでだ」
「だからって燃やす必要もないだろうが!」

本を巡って喧嘩が勃発してしまう。そう感じ、慌てて声をあげた。

「大丈夫です!ただの炎なら傷1つつきませんから」
「お前エンデヴァーを知らないからそんなことが言えるんだ。こいつの個性の炎は規格外だぞ」
「個性がよく分かりませんが、魔力のない人の炎はカードにはなんの傷害にはなりません」

私がエンデヴァーさんに近寄って、手で風を起こして黒煙をはらうとそこには無傷の本があった。うん、予想通りの結果だ。でも3人にはそうではなかったようで皆目を見開いて驚いていた。特に本を燃やそうとした張本人は特に驚いていた。

「……すげぇ」

焦凍くんが零した一言はきっと言葉にするつもりなんかじゃなかったんだろう。思わずもれた。そんな感じがした。私を見る焦凍くんの瞳はなんだか少しだけ輝いて見えた。小さな少年があこがれの人物を見たようなそんな瞳に気恥ずかしくなってしまい、苦笑いをして目をそらした。

「……積もる話があるようだ。まずは夕飯にしよう」

エンデヴァーさんはそう言うと食卓の方に本を持ったまま歩いて行った。
私はどうすべきなのか、そもそもこの家にいていいのかわからずおろおろしていると、また腕を掴まれ引っ張られた。

「えっと、私どうしたら…」
「取り敢えず飯だ」
「あ、はい」

私は促されるまま席について、冬美さんが用意してくれたお夕飯をゆっくりと味わって食べた。自分じゃない人が作ってくれたご飯は数十年ぶりで、こんなにも美味しいものなのかと涙が出るほど嬉しくて、一口一口噛み締めながら食べた。

隣に座っている彼はもの凄く不機嫌な顔で食べていたけど。

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