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今回は事前に通行IDをもらっていたため、あの鉄壁に進路を邪魔される事無く校内に入れた。出鱈目に広いこの校内にこれから受験するのかと思うと、萎縮してしまう。それに私以外に受験する人がいない。孤独感が私に猛威を振るっている。

独りは普通に寂しい。

案内の紙には先に職員室に行くようにと言われたので、職員室に向かう。詳しくはそこで話されるようで、案内の紙には着いてからのお楽しみだよ!って書いてあった。

やたら大きい扉の前に立ち、深呼吸をする。
ノックを2回して声をかける。

「本日試験を受けに来ました。佐倉です。失礼します」

大きな扉は思いのほか軽くてすんなりと開ける事が出来た。職員室の中には黒髪の擦り切れた布を首にマフラーのように巻いている男の人が一人だった。

「えっと、こちらに行けば今日の事を詳しく教えてくれると伺ったんですが」
「時間より少し早いが、まぁ始めよう」

そう言って男の人は私の横を通り過ぎて廊下を歩き出した。

「ついて来い。先ずは筆記試験からだ」
「は、はい!」

職員室の扉を閉め、小走りで男の人の後を追った。
この人どこかで見た事があるが、思い出せない。

どこで見たんだろう。

うーん。と頭を捻っていると目的の場所に着いたようで、私に中に入るように促した。私は促されるまま教室の中に入り、黒板に目をやった。黒板には時間割が書いてあった。先ずは国語のテストからか。

「そこに座れ」
「はい」

椅子に座り筆記用具を出す。すると問題用紙と解答用紙を渡された。

あれ?まだ時間じゃないけど…。

「筆記試験スタート」

唐突に男の人が怠そうに開始の合図をした。一瞬思考を止めて目の前に立つ男の人を見るが、意識を取り戻し、問題用紙に目を通した。

何十分経ったか分からないが、解答用紙を全て埋め、間違いがないか見返してない事を確信して一息ついた。

「…よし」
「終わったか?」
「はい…なんとか」

そう答えると男の人は問題用紙と解答用紙を私の手の中からするりと取りスマホを弄り出した。

「これから10分の休憩をとる。時間が経ったらアラームが鳴るから、どこかに行くならその前までに戻って来い」
「随分と黒板に書いてある時間よりズレてますけど」

私がそう疑問を口にすると、男に人は気だるそうに答えてくれた。

「時間は有限。お前は早く到着したからな、開始時間待つよりは、さっさと終わらせた方が合理的だ」
「はぁ」

まぁ、それもそうかと納得してしまう。

時間は有限…か。

私は鞄を開きノートを取り出し、次のテストの予習をする事にした。目の前の事を頑張らないと受かるものも受からなくなってしまう。

そうやって全科目の筆記試験を終えた。

「お疲れ。次は実技試験だ着替えたらここに書かれた場所まで来い」
「わかりました。ありがとうございます」

男の人は何も言うことなく教室から出て行った。やっぱりあの後ろ姿見たことある。何処だったろうか。…あれ?もしかしてレントゲン取りに来た時にドームの中で肘が崩れてた人…?

そうだよ!その人だ!あーすっきりした。
もう怪我が完治したのか。よかった。

確か生徒に相澤先生と言われていた気がする。多分。細かいところの記憶が曖昧だ。

そんな事を考えながら動きやすい服装に着替え、演習場Bに向かう。徒歩だと時間がかかるという事でマイクロバスが運行されていた。因みにそのバスに付いてある小型テレビで実技試験の内容を知った。

成程。体育祭でみたロボを倒せばいいのね。そしてロボによってポイントが違うから低いロボだけ倒してても高得点は狙えないと。

バスから降りてこれまた大きな門の前に立つ。するとスピーカー越しに相澤先生の声が聞こえた。

「これから10分間の実技試験を行う。ルールはバスで説明した通りだ。それではスタート」

ぬるっと始められた実技試験。私は走りながら呪文を唱える。

「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の元柚華が命じる。封印解除(レリーズ)!」

このまま闇雲に走り続けるよりは空から仮想敵(ヴィラン)を見つけた方が効率が良さそうだ。

「“翔(フライ)”!」

背中から白い翼を生やし、勢いをつけて空を飛ぶ。演習場を上から見渡すと、所々に仮想敵がいてやっぱり闇雲に走るよりは良かったと息を吐く。

さてと、取り敢えず1番近い仮想敵から無力化していきますか。

「“剣(ソード)”」

右手に握っていた杖がレイピアになる。細剣だが私の意思次第で切れたり切れなかったりする、攻撃には大変便利なカードだ。そしてこの剣の状態のまま違うカードも使えるからお得だ。

死角から降りてまずは一体を破壊しよう。

仮想敵の肩に降り立ちそのままソードで頭部分を切る。次いで立っていた肩部分も切り落とし、地面に足をつける。最後に胴と無限軌道を切り離す。これでこの仮想敵は動かない。
音によって反応するのか、1体しかいなかったはずの仮想敵が2体向かって来た。これは一気に決着をつけようと、フライで飛び上がる。

「かの敵に矢の雨を降らせよ!“矢(アロー)”!」

カードからは弓矢を持った少女が出てきて、少女は仮想敵の頭上空中から一本の矢を放つ。矢は途中で何度も何度も分裂して、数え切れない程の矢が仮想敵に当たる。鋼板で出来ている対象物に対して矢は些か攻撃力は足りないが、その矢が無数にあるのなら話は別だ。仮想敵2体は至る所に矢が突き刺さった状態で行動停止した。

よし、次だ。

この調子ならそんなに警戒しなくても何とかなるかもしれないと思い、演習場Bの中で1番大きな踊りに出た。そこには仮想敵が10体程いた。

結構な数の仮想敵がいたなー。何とかなるだろうか?

兎に角倒さないとポイントが貰えないのだからやるしかない。そう気合を入れる。

「かの敵を腐敗させよ“霧(ミスト)”!」

カードからは水滴を纏ったエルフの女性が出て来て、数体の仮想敵を霧で覆う。このミストのカードは金属を腐食させる霧を出すことができる。つまり仮想敵もほぼ敵ではないという事だ。
霧で覆われた仮想敵は鈍い音をたてながら崩れ落ちる。

仮想敵の肩部分に降りて最初に壊した要領で残っている仮想敵を無力化する。それでもまだ半分といった所だ。さて、どうしようかと前方にいる仮想敵を見ているとすぐ後ろから機械音声が聞こえ、とっさに振り向くと仮想敵の腕が私に勢いよく振り落とされた。

「“跳(ジャンプ)”!」

仮想敵の腕を跳ねて躱し、右手で握りしめているソードで上から縦に仮想敵を真っ二つにする。

「我が前にいる敵を打撃を与えよ“撃(ショット)”!」

髪を逆立てた青年が出て来て仮想敵に向かって高速で動きながら魔力の弾で攻撃を与える。ショットの動きは速すぎて肉眼では追いつくのがやっとだ。人間より動きの遅い仮想敵からしたら目にも留まらぬ速さで多方向から攻撃されている事になる。

「残り2分」

機械音のアナウンスが聞こえた。すると同時にいくつかの仮想敵が行動停止した。私が無力化したわけではない。そして次々と何秒毎に1体ずつ行動停止していく。

行動停止した仮想敵を倒してもポイントになるわけがない。つまりは今動いている仮想敵をなるべく速く、1体でも多く倒さないとポイントが得られなくなるって事なの?

「嘘でしょ?!」

全体でここに仮想敵が1番多くいるかも分からない。フライで飛んで見渡す?そんな時間もなさそうだ。仮想敵は音に引き寄せられるんだっけ?そしたらサンダーを使うか。

「この地に轟く雷鳴を“雷(サンダー)”!」

カードから雷を纏った、恐らくネコ科の雷獣が出て来て吠える。吠える度に雷鳴が轟き、幾つもの雷が落ちる。雷に当たり何体かの仮想敵が壊されると、音につられたのか、ポイント付きの仮想敵と一緒に0ポイントの仮想敵がやって来た。

「なにあれ?流石に大きすぎない?!」

アレを壊したところで入るポイントは0。それなら相手にするよりは回避した方がたしかにいい。だけど0ポイントの仮想敵が前に進む毎にまだ生きてる仮想敵が潰されてしまっている。これではポイントが更に得にくくなる。

「かの敵を小さくせよ“小(リトル)”」

小さな小人の女の子がカードから出てきて、0ポイントの仮想敵に向かい、そして手で触れた。すると仮想敵は見る見るうちに小さくなる。それを私が足で踏み潰した。足の裏に痛みが走ったが、足つぼマッサージを受けたと思えばまだ歩ける。そんな痛みだった。

その後、幾つかのカードを使って残り2分を何とか凌いで実技試験は終了した。

「数えてなかったけど私何ポイント稼いだんだろう…」

どっと疲れが私を襲ったが、いつまでもここに立っているわけにはいかず、とぼとぼと入口の大きな門まで歩いた。大きな門の前には相澤先生が立っていた。

「以上をもって全試験終了だ。合否は明日には届く」
「わかりました」
「何か質問はあるか?」
「…いえ、特にありません」

頭に魔力と色々使いすぎて、何にも考えられなかった。ギリギリ回せる頭で相澤先生にお辞儀をして、演習場Bに来た時に乗ったバスに乗り、校門まで送ってもらい、帰路についた。途中ポケットに入れていたスマホが断続的に震えたので取り出すと、焦凍くんからメッセージアプリを使った電話が来ていた。

「もし、もし」
「…試験終わったのか?」
「はい…今帰っている、途中です」

ヤバい。気を抜いたら直ぐにでも寝てしまいそうだ。昨日軽く徹夜したのと、今日の緊張と魔力の使用が私に疲れと眠気として襲ってくる。
正直焦凍くんが何か言っているけど理解できない。

「おい、大丈夫か?」
「…公園で、休みます。今日の帰りは遅く…」
「待て!どこの公園だ!今行くからそこから動くな!」

丁度公園の横を通ったのでベンチがあれば少し座って寝ようと思い、公園の中に入った。すると焦凍くんが電話越しで何かを色々言ってきた。

んー。どこの公園って何?名前の事?

私が公園の名前を言うと、焦凍くんの声に衣服が擦れる音が加わった気がした。
もうだめだ。意識が持てない。少しだけこのベンチに座って寝ようと、公園の入口近くのベンチに座りそして軽く意識を手放した。

「おい、寝るなよ!聞いてるのか!」
「んーん、寝て…ないも、ん」
「寝そうになってんじゃねえかっ!」

そして完全に意識を手放した。

体がぶるっと震えて目が覚めた。辺りは暗くなっていて街灯には明かりが灯っていた。

…んー?今、何時だろう?

だいぶクリアになった頭でスマホを探すが見当たらない。代わりに聞き慣れた声がした。

「起きたのか」

幻聴かな?焦凍くんの声がする。こんな所にいるわけないのに。私まだ疲れているのかな?だいぶ疲れとれたと思ったんだけどな。

「無視するな」

幻聴じゃない…?ベンチに横たわっていた体を勢いよく起こし周りを見る。すると私の頭を置いていた所に焦凍くんが座っていた。そして、肩から何かが落ちた。

この状況についていけない。

もしかして私膝枕されていた?もしかして上着を私にかけてくれていた?

驚きと恥ずかしさとで言葉を失った。なんて事だ。焦凍くんに迷惑をかけてしまった。どうしよう。何をどうしたらいいのかも分からない。

焦凍くんは私の頬に手を当て、私の顔を覗き込んだ。分かりずらい表現だが、呆れているのがわかる。

「眠気は取れたか?」
「あ、それはもう大丈夫です」

焦凍くんは頬に当てていた手で思いっ切り頬を抓った。あまりの痛さに声にならない悲鳴が上がる。

千切れる。頬が抉れる!

彼は顔を見るまでもなく怒っていた。抓られた頬が解放され、気休めにしかならないが自身のを抓られた頬に当てた。そして焦凍くんの顔を見た。
目が据わっていた。私が一言でも喋ると氷漬けにされるんではないかと、警戒してしまうレベルで殺気が漏れていた。

「柚華さん」
「はいっ!」
「俺が言いたい事わかるよな?」

公園で寝たこと?焦凍くんの電話に対して寝落ちした事?それともその両方?何が正解なのか分からない。

「あの、そのですね、疲れていまして…それで…」
「言い訳なんざどうでもいい」
「ごめんなさい」

私が俯くと焦凍くんは大きな溜息を吐いた。その動作で無意識に肩が震えた。すると焦凍くんが私の頭に手を置き数回撫でた。

「怖がらせてごめん。けど、すげえ焦ったし心配したんだ。何かあってからだと遅いからな」
「ごめんなさい」
「明るかったといっても女の人が1人で寝転んでたら、襲われても文句は言えねえんだぞ」
「…ごめんなさい」

そして、心配してくれてありがとう。

「帰るぞ」
「はい…焦凍くん。心配してくれて、ここまで来てくれてありがとうございます」
「ん。もう2度とこんな所で寝るなよ。寿命が縮まる」
「はい!絶対にしません!」

焦凍くんは立ち上がり、地面に落ちてしまった自分の上着を叩いて汚れを落とし、それを腕にかけた。私は魔力もだいぶ回復したしと思い、フライで帰ろうと焦凍くんに声をかけた。

そして背中から生やし、焦凍くんには“浮(フロート)”で浮かせて手を繋ぎ、私が彼を引っ張るようにして帰路についた。

私は知らなかったのだ。彼が安心したように私を見ていた事。私が寝てる所に彼が駆けつけてきた時に、もう1度彼が私を呼び捨てで呼んだことも。

「柚華…よかった。無事で良かった」

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