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家に着いて私は焦凍くんから私のiPhoneを受け取った。時刻は19時56分。完全に夕飯のお手伝いをすっぽかしてしまった。私は走って冬美さんの部屋に行き謝った。冬美さんは笑って試験お疲れ様。今日と明日はゆっくり休んで。と笑いかけてくれた。

「ありがとうございます」

私が部屋を出て行こうとすると冬美さんは私を引き止めた。

「柚華ちゃんは家族だから面倒をかけたって、我が儘言ったっていいんだからね」
「…ありがとうございます」

私は今度こそ部屋を出た。

家族という存在を私は知らない。物心ついた頃には既に侑子さんのお店で暮らしていた。侑子さんによると私と本当の両親とは私が産まれて間もない頃に死別。それ以降何かの縁で侑子さんが私の面倒を見てくれた。勿論育ててもらっているからにはと、ある程度一人で出来るようになったら、家事と雑用という対価を払い続けている。
だからか、この家に置かせてもらっているからにはこの家に役立つ事をしたい。奪い過ぎず与え過ぎず、対等に均等に。

家族ってなんだろう?私の知ってる家族ってどんなんだっけ?

そんな事を思いながら私はさっと汗だけ流し、眠りについた。

深い深い眠りについた私が目を覚ます頃には朝の10時を過ぎていた。

寝坊した。いくら冬美さんがゆっくりしてもいいって言ってたからって、流石にこの時間に起床はダメでしょう。

と、私が布団の中で自己嫌悪していると引き戸の向こうから焦凍くんの声が聞こえた。

「起きてるか?柚華さん宛に雄英から封筒が届いたから持って来た」
「起きてます!ちょっと待っててください」

私は寝巻きのままだったが、髪が跳ねてない事だけ確認して焦凍くんの前に出た。

「すみません。お待たせしました」
「…柚華さん、その格好…なんだ?」
「へ?私の寝間着ですよ…何か変ですか?」

私は大きめのTシャツにホットパンツで寝ている。寒い時はこれにパーカーを着ている。締め付けられない、寝ていて体が遊ぶ感じの服装で寝るのが好きなのだ。
昨日は少し体が冷えたのでパーカーを着て寝たのだが変だったろうか。と思い焦凍くんに尋ねるが焦凍くんはため息を吐いて片手で顔を覆った。

「どうかしました?」
「いや、何でもない。俺がしっかりすればいい話だ」

なんの事だ?私が首を傾げると焦凍くんは白い封筒を差し出した。これが雄英高校からの合否通知か。
私は両手で封筒を受け取り焦凍くんにお礼を言った。

「持って来てくれてありがとうございます」
「後で話があるんだが、合否発表終わったら時間いいか?」
「それでしたらこの部屋で待っててください。今シャワー浴びてきますから、その後に一緒に合否発表見ましょう!」

私の言葉を聞いた焦凍くんは一瞬果てしなく遠い目をしていた。この人こんな目もするのかと吃驚していると、焦凍くんは昨日のように私の頬を抓った。昨日と違ったのは痛みがそんなになかった事だった。

「痛いれひゅ」
「痛くしてるからだ」
「なんれれしゅか」
「柚華さんは無防備すぎだ。もう少し警戒心を持てよ」

何故家の中で警戒しなきゃいけないのだろう?別に命狙われているわけでもないのに。

引っ張られている方に首を傾げると、焦凍くんは頬から手を離して私の項を指でするりと撫でた。瞬間私の身体に電流が走ったようにビリビリとした感覚が全身を駆け巡った。

「言葉で言ってもわかんねえか?」

私はその感覚から逃れたくて体を前に出す。けれど前には焦凍くんが立っているわけで、結局逃れることは出来なかった。それどころか、彼のテリトリーに入ってしまった。

「なぁ」
「ひっ」

耳元で吐息を吐くように囁かれる声に足が震える。心臓だけじゃなく全身が脈を打っている。血液が沸騰しそうになる。熱い。何もかもが熱くてくらくらする。
私は両手で彼の肩を押し返そうとするも力が入らず、びくともしない。精一杯の抵抗がなんの意味なく終わってしまう。気が付けば私の腰に焦凍くんの腕が回っていた。

「もしかして抵抗してんのか?」
「あ、耳元、っで、しゃべ、っらないでぇ!」
「柚華…可愛いな」

焦凍くんの心地いい低い声が今は艶のある声に聞こえる。自分がこんなにも耳元で喋られるのがダメだとは思いもしなかった。ぎゅっと固く目を瞑り、震える足の力が抜けてその場にしゃがみ込む。

心臓の音が大きく高鳴る。
痛いくらいに高鳴って張り裂けそうだ。知らない。こんな感覚今まで体験したこともない。頭が、脳が溶けていきそう。

「も、や…」
「悪い。やりすぎたな」

何度も首を縦に振ると焦凍くんは少し笑った。

「ははっ、だけど柚華さん敏感なんだからもう少し警戒しろ」
「うー、誰にですかぁ!」
「俺含め異性に」

なんで焦凍くんにも?

言葉にはしなかったが表情には出ていたようで、焦凍くんは困ったように笑っていた。

「ほら、風呂に入ってくるんだろ」
「そうでした!」

私は力の抜けた足にもう一度力を入れて立ち上がりバスタオルと着替え持って部屋から出た。なんか色々とキャパオーバーしたが、今はへんに出た汗を流したい。

さっさとお風呂をすまして、部屋に戻った。流石に焦凍くんはもういないだろうと思って引き戸を開けると、部屋の真ん中にあるローテーブルに肘をかけながら私の合否発表を見ていた。

「な、何勝手に見てるんですか!」
「どうせ合格なんだから別にいいだろ」

悪びれもなく言う焦凍くんに内申ため息を吐くが、彼の言った言葉に引っ掛かった。

今合格って言った?

「私合格したんですか?」
「あぁ。おめでとう、よかったな」
「ありがとうございます!」

焦凍くんの隣に座り、彼から入学手続きの書類を預かり中身を確認する。制服と教科書は学校側が用意してくれる。個性届けは提出不要。

個性届けってなんだ?

もう一枚の紙には戦闘服(コスチューム)の要望を書くようになっていた。多少細かくても叶えてくれるんだろうか。

「戦闘服か。適当に書いたら泣きを見るぞ」
「そうなんですか。うーん…前の世界で使ってた服装と同じにしようかな」

考えるのも面倒だし、小狼くん達に会いに行った時もあの格好で不便はなかったし。なにより侑子さんさんがくれたデザインだからこっちの世界でも使っていたい。

「どんな戦闘服だったんだ?」
「戦闘服といえば戦闘服でしたね…」

家事雑用的な意味で。

焦凍くんには出来てからのお楽しみです。と言葉を濁した。メイド服みたいだから。

本格的な。

もう一度書類に目を通すと登校日が明日からになっていた。見間違いだろうかと思いもう一度見るが、何度見ても日付は明日のものだった。
これは今日中に必要な道具すべて揃えないといけないやつだ。近くに置いてあるiPhoneで時間を確認するとまだ午前中だった。

よし。今日中にものが揃いそうだ。制服は今日学校に取りに行こう。後で電話もしておかないと。

「焦凍くん。私これから買い物に行きますがどうしますか?」
「…付き合う」
「ありがとうございます」

出かける準備をして1階に下りる。私はまだ朝ご飯を食べてないので遅めの朝ご飯兼早めの昼ご飯を頂くことにした。所謂ブランチってやつだ。

「焦凍くんは朝ご飯食べましたか?」
「食ってねえ」
「そしたら今作っちゃいますね」

簡単に出来るものを何品か作りそれを2人で食べた。今日冬美さんはお出かけなんだろうか。この家に2人以外の気配を感じられない。

今、この家に私と焦凍くんしかいない…?

そう思ったら何故か緊張感が出て来た。心臓の鼓動ががさっきまでと違って早い。そわそわして落ち着かなくなる。
ちらりと前に座ってご飯を食べている焦凍くんを見るがいつもと同じく、表情の変化が乏しい顔でご飯を食べていた。

この違いはなんなのだろうか。

答えをみつけようと眉間に指を当て頭を抱えていると、焦凍くんなどうかしたのか?と心配された。

「頭痛いのか?」
「いえ、なんでも有りません」
「頭痛には頭頂部にあるツボを押せばいいぞ」
「…頭痛じゃないですよ?」

こういった時に焦凍くんって時々天然だよなって思う。これも彼の魅力の1つなのだろう。そう言えば焦凍くん、私に話があるって言ってなかっただろうか。

話ってなんだろう?

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