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隣で機嫌よく笑いながら歩く柚華さんをちらりと見て、この数日のことを思い出した。

お母さんの病院に行き、2人の間にあった深い溝のようなものを埋めるように何時間も話した。そして家に帰り柚華さんに試験はどうだったのかと聞こうと思ったが、何時間たっても帰ってこなかった。冬美姉さんが迷子になっているのか?と心配しだして、何処にいるのかと連絡アプリで柚華さんにメッセージを送ったが既読にもならず、俺は焦った。

もしかして本当に迷子になってるのか?

いやそれはないとすぐに考え直した。柚華さんは俺の所まで案内してくれる魔法がある。迷子になったらすぐにその魔法を使うはずだ。

魔力に限界があるのか?限界があったとしたら…。

試験で限界値を超えてしまっていたとしたら?幾ら考えても現状は変わらない。俺は玄関に向かい靴を履き姉さんに一声掛けて家を出た。

兎に角学校に行こうと電車に乗り学校の最寄り駅で降りる。改札を出て連絡アプリで電話をすると柚華さんの疲労感が伝わる声が聞こえた。

「もし、もし」
「…試験終わったのか?」

試験が終わらなかった。または先生に捕まっていた可能性が0に等しいが残っていたので確認すると今帰っているところだと言った。だがその声がだんだんぼんやりしたものになってきて俺は本格的に焦り始めた。

「…公園で、やしゅみます…今日の帰り…」
「待て!どこの公園だ!今行くから動かないで待ってろ!」

遂に呂律の回らなくなった柚華さんは公園で休むと言い出した。日が傾き出した時間だ。ベンチに座って爆睡なんかしてみろ。何をされるか分かったもんじゃない。

何度も公園の名前を聞き、柚華さんはやっと公園の名前を口にした。それをMAPアプリに入力すると数秒も経たずに検索結果が出た。ここから少し離れた住宅街にあるようだ。駅とは違う方向に歩いていた柚華さんに溜息が出る。

電話越しに何度も名前を呼ぶが、言葉になっていない言葉しか返ってこなくなり本格的に寝入ったことが分かった。全速力で走り無防備に寝ている柚華さんがいる公園に向かう。

俺が着くまでどうか無事でいてくれ!


「っはぁ…はぁ、着いた」

公園の入ってすぐのベンチに丸まっている柚華を見つけた。歩いて近づき、異常がないか確認する。誰かに暴力を受けたり、何かを取られた様子もなく安心した。

「柚華…よかった。無事でよかった」

本当によかった。

ベンチの前にしゃがみ込み言葉と共に息を漏らす。俺の心配なんていざ知らず、規則的に肩を上下に揺らし、気持ちよさそうに寝ている柚華さんを起こそうと肩を掴み揺するが少し抵抗しただけで起きなかった。

「ゆーこ、さ…ん」
「おい!柚華さん家に帰るぞ!」

いくら揺すっても全く起きる気配を見せない柚華さんに早々見切りをつけておぶって帰ろうと、柚華さんの頭の方余裕があったから腰をかけて脇に手を入れた。

「やっ!」

寝ながらはっきりとした声で抵抗したと思ったら、器用にベンチの上でもぞもぞと体勢を変えて俺の太ももの上に頭を置いた。所謂膝枕だ。

「あっ、おい!」
「しょーと、く…しょーと…ん」

何度も幸せそうな顔して俺の前を呼ぶ柚華さんに俺は何かする事が出来なかった。
俺の腹に額をすり寄せてくる柚華さんを撫でて寒くないようにと着てきた上着をかけた。

俺が側にいれば大丈夫だろう。

柚華さんの手に握られて今にも地面に落ちそうになっていたiPhoneを預かり俺の横に置き、何度も頭を撫でる。

さらさらと指通りのいい艶やかな髪、汚れを知らなそうな白い肌、俺よりも一回りも二回りも小さい手、いつも人当たりよく笑っている口元。意外とコロコロ変わるその表情に、柚華さんの穏やかに紡がれる言葉、相手を労ることが出来る優しい心に、俺を見つめるその目にどうしようもなく惹かれていく。

あぁ、早く柚華さんの目に俺を映してほしい。

「…柚華、早く起きてくれ」

耳元で囁くように言った言葉は彼女に届いたのだろうか。一瞬身震いすると小さな唸り声を上げながら柚華さんは手で何かを探し始めた。
何度か声をかけるが返事がなくもう1度声をかけようとしたら柚華さんは勢いよく起き上がった。どうやら意識が覚醒しているようで受け答えも電話の時とは違いしっかりしている。

俺は意外と抜けているところのあるこの人に怒気をは含んだ声で説教に似た小言を言った。頬を抓った痛みなのか分からないが柚華さんは瞳に涙を浮かべながら謝ったので今回の件は許す事にした。
冬美姉さんには迷子になってた、捕獲済み。と連絡しておいた。

柚華さんには危機感が足りないと説教じみた小言を言ったが彼女は何の理解もしていないと次の日に自分で証明した。

いつまでも起きてこない柚華さん宛に雄英から合否の通知が来てたので届けに行くついでに起こそうと部屋を訪ねたら、彼女は緩いTシャツにパーカーを着て素足を出して出てきた。
思わずため息が出た。
これは何を言っても治らないんじゃないかと思い始め、学校では俺がしっかり見張ってようと決めた。男子、特に峰田から俺が守ると一瞬で決意した。

「どうかしました?」
「何でもない…俺がしっかりすればいい話だ」

いろんな意味で。

魔力の事で聞きたいこともあり時間があるかと聞くととんでもない返事が返ってきた。流石にこれはダメだ、もっと警戒してもらわないと困る。

俺を男として警戒してほしい。そして受け入れてほしい。

矛盾した気持ちが入り乱れる。

少しドヤ顔で笑う柚華さんに手を伸ばして昨日みたいに頬を抓る。警戒しろと言っても柚華さんは首を傾げるばかりで理解をしてくれなかった。

「言葉で言ってもわかんねえか?」

頬を抓っていた手を柚華さんの項に持っていき指先で撫でた。すると柚華さんはびくっと体を震えさせ俺に寄りかかった。
彼女はそれがどれだけ俺を煽るかを知らない。

俺に全身を密着させ俺の指から逃れようとする柚華さんの腰にもう片方の腕をまわして軽く引き寄せ、追い打ちをかけるように耳元で喋る。

柚華さんは俺の肩を力が入ってない手で押しているがびくともしない。それどころか指から離れようと俺の胸に顔を埋めだした。

「もしかして抵抗してんのか?」
「あ、耳元、っで、しゃべ、っらないでぇ!」

柚華…可愛いな。

腰に力が入らなくなったのか、足の踏ん張りが効かなくなったのかわからないが、柚華さんは床にしゃがみこんだ。少しやり過ぎたと思い謝ると柚華さんは必死に首を縦に振っていた。

なんだそれ。

笑いを零しながら警戒するようにともう一度言うと唸りながら誰にかと問うてきた。

「俺含め異性に」

他の男に近づかないで欲しい。警戒して欲しい。俺以外を受け入れないで欲しい。自分勝手で浅はかで貪欲な独りよがりの願いだ。

柚華さんは首を傾げていた。多分なんで家族なのに?って思っているんだろうと簡単に想像出来た。
俺を異性として見て欲しいのは、柚華さんに俺と同じ気持ちになって欲しいから、だから俺を警戒して欲しい。

我儘でごめん。

柚華さんに風呂に入る事を促すと怯えたような、頬を赤くして、熱を孕んだ表情から一転してしっかりした表情になりてきぱきと動き出した。そして何も言わずに部屋から出て行った。

…嫌われてはいないだろうけど、完全に忘れられたな。

俺は主のいない部屋に入り合否の封筒を開ける。どうせ合格なんだから俺が見たって変わらないだろ。と思ったからだ。
中には俺が合格通知を貰った時と同じ端末が入っていた。それをローテーブルに起き映し出された映像を見る。オールマイトが君も明日から立派な雄英生だ!と高らかに合格発表をしていた。

柚華さんのカードや魔力のシステムを全てを知っている訳ではないが、それでもあの人が強いことはわかる。だから柚華さんなら合格すると自信はあったが、学校から言われると安心する。

同封されていた書類に目を通しながら先程の柚華さんの事を思い出し、俺はこれからの学生生活に不安を抱いた。

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