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体育祭後の2日間の休みで、傷んだ体も癒え、朝通学途中に混みあっている電車の中でいつも通りにヒーローニュースをスマホで弄っていたら、知らない人から声をかけられ、その場いた周りの人からも沢山の暖かい声を掛けてもらった。

「頑張れよ!ヒーロー!」
「は、はいぃ!」

改めて雄英の体育祭効果を実感した。それはクラスの皆も感じていたようで、皆その話で盛り上がっていた。

「俺なんて小学生にどんまいコールされたぜ…」
「どんまい」

蛙吹さ…梅雨ちゃん容赦ない…。

苦笑いしながら2人のやり取りを見ていると教室の扉が開き、相澤先生が入ってきた。その瞬間騒がしかった教室が一気に静かになりみんなが一斉に自分の席に着いた。これも相澤先生の合理主義の教育の賜物だ。

先生、怪我治ったんだ!

「今日のヒーロー情報学は特別なことをする」

その言葉に教室に緊張が走った。小テストか何かだろうか、と何人かの表情が曇った。僕も日頃から復習はしてるとはいえ、突然テストと言われても満足のいく点数が取れる自信があまりない。

特別な事ってなんだろう。

「コードネーム。ヒーロー名の考案だ」

相澤先生の言葉にクラスのテンションが上がる。それを先生が目を見開き個性を使用するとみんな大人しくなった。

さ、流石イレイザーヘッド。いや、先生の日頃の教育の賜物なのか?

そんなことを考えていると先生は淡々と今後の授業についての説明をし始めた。職場体験をして、プロの仕事を間近で体験できる事やそこでヒーロー名を使うらしい、それにあたって今ヒーロー名の考案をこの時間でする。

そして、プロヒーロー事務所から指名が何人かに来ているようで相澤先生はそのデータを指名数が多かった順に黒板に映し出していた。

「例年はもっとバラけるんだがな。今年は2人に集中した」

2人とは勿論かっちゃんと轟くんの事だ。でも1位が轟くんで2位がかっちゃんだった。体育祭とは逆の順位にクラスの何人かがかっちゃんを揶揄った。

「表彰上で暴れてるやつなんてびびって呼べねぇよ!」
「プロがビビんな!クソが!!」

かっちゃんはそう言って怒鳴ったけど、あの姿を見たら誰でもビビるよ、そりゃ。と思わずにはいられない。苦笑いしながらその光景を見ていると急に視界が揺れた。

「おい緑谷!指名ねえな!体育祭であんな無茶な戦い方してっから怖がられたんだ!」

峰田くんが後ろから僕をがくがく揺らしながら、僕が少し思っていた事を言った。あの体育祭の最終競技の時に轟くんとの試合の時にリカバリーガールにきついお説教をされるくらい無茶をした。その自覚もあるし、悔しい事に今回の指名0には納得してしまう自分もいる。

来年こそは頑張らないと。

「適当なヒーロー名つけたら痛い目みるよ!」

突然のミッドナイト先生の登場に男子がざわつき始めた。先生の戦闘服と呼んでいいのかもわからないその服装は年頃の男子には刺激が強くて、先生の顔をちゃんと見られない。

その後ミッドナイト先生の指導の元かっちゃん以外の生徒が無事にヒーロー名を考案出来た。

かっちゃん、爆殺王がダメだったからって爆殺卿にすればいいってもんじゃないと思うよ。もっと目に見えてヒーローらしからぬ文字があるじゃないか。

思ってても口にする事は出来るわけがなくそのまま飲み込んだ。


そして2限目の授業は1限目に続き相澤先生の授業だった。

「お前達にはこれから約10分間の映像を見てもらう」

教室備え付けのスクリーンに映像を映した。その映像は1人の女の人が仮想敵を倒していく映像だった。

あれって、僕達が受験の時にやった内容と同じだ!

「なんだよ…あの女子」
「チートかよ…」

そう、彼女はあまりにも強すぎたのだ。まるで仮想敵が玩具のように見える。なんだ、何者なんだ。固定カメラの映像なのか分からないが、戦っている女子の姿は小さくて細部までは見れない。なのに映像越しに伝わる彼女の強さ。
八百万さんとはまた違う個性なのだろうか。細剣や翼やどこからともなく無数の矢が放たれたりしている。
こんな個性今まで見たことない。

待って、でもあの人がどこかで見たことある気がする。

何処だ、どこで見たんだ?頭を捻っても僅かな記憶すら出て来ない。もう少し彼女の顔をはっきりと見られたら良いんだけど。

すると僕の願いが叶ったかのように彼女の全体像が映し出された。そして、彼女をどこで見たのか、その時に誰といたのかを思い出した。

「っ!」
「ああ?こいつ…」

思わず出そうになった声を両手で口を塞ぐ事によって防いだ。代わりに怠そうにスクリーンを見るかっちゃんの小さな声が聞こえた。なんでかっちゃんがこの人の事を知っているのかは知らないが、今はそれよりも気になることがある。
肩越しにチラリと轟くんを見ると彼は黙々と映像を見ながら時折シャーペンで何かを書いていた。

約10分間の映像が終わりスクリーンが暗くなった。

「お前達は今の映像を見てどう思った」
「どーも何もチート過ぎっしょ!」
「何あの最後の雷獣!カッコよすぎでしょ!上鳴あんた完全に下位互換だったね!」
「そもそも彼女は何者なんだ!」
「あんな個性聞いた事ありませんわ」

クラスの面々が思い思いの事を言い合っている時に相澤先生はこう言った。

「編入生を紹介する。入って来い」

1Aの見慣れた大きな扉が音を立てて開いた。そこには僕達と同じ制服に身を包み恥ずかしそうに笑う女子が立っていた。

「マジかよ」
「映像で見るよりずっと可愛い!」

相澤先生の横に立ち可愛らしい顔ではにかむ彼女は体育祭の時に轟くんと一緒にいて、今見た映像に映っていた人だった。

「自己紹介」
「はい、佐倉柚華です。年齢的には皆さんの1個上ですが、敬語も使わずに好きなように呼んでくれると嬉しいです。よろしくお願いします」

お辞儀をして恥ずかしそうにはにかんで笑う。可愛らしいその仕草に上鳴くんや瀬呂くん達男子が女子が来たと声を上げた。中でも僕の真後ろに座る峰田くんはすごかった。

「年上女子来たァ!八百万に勝るとも劣らないスタイルの良さ、尚且つ顔立ちもいい!最高かよ!」
「皆静粛にしたまえ!特に峰田くん!どうして君はいつもいつもそうなんだ!」

飯田くんが勢いよく立ち上がり独特の動きをしながら静かにするように注意する。

と言うか年上だったのか。そういえば轟くんもさん付けで呼んでいたもんなぁ…けど思いっきりタメ口だったよね?あれ?2人の関係って何なんだろう。

「お前達静かにしろ!」

相澤先生の一喝で教室が一瞬で静かになった。

「何か質問ある奴いるか」
「…はい、先生。ちょっといいかしら」
「なんだ蛙吹」

静けさが漂う教室で蛙吹…梅雨ちゃんがおずおずと手を挙げた。

何かあったのかな?

大半の生徒が注目してる中あす…梅雨ちゃんは少し怯えたような表情で話し出した。

「私、思っちゃう事すぐに口にしちゃうの。嫌だったら言ってね」
「どうぞ」
「私貴方の事知ってるわ」

その言葉にクラスの何人かが同調した。

「USJの時の人だよな!確か」
「そうだよ!リカバリーガールを連れてきてくれた人だ!」

そうゆう事だろ?梅雨ちゃん!と切島くんが同意を求めると蛙吹さんは首を横に振った。教室に困惑の雰囲気が漂った。

「違うわ切島ちゃん。私は佐倉さんをテレビ画面の中で何回か見た事があるのよ。それもアニメ番組のね」
「どういう事?…意味が理解出来へん」

僕含めて誰もが蛙吹さんの言っている意味を理解出来なかった。アニメって、だってテレビの中の人がこの世界にいるわけないじゃないか。そんな非現実的な事ある訳がない。

僕は蛙吹さんと佐倉さんを交互に見た。

彼女は、佐倉さんはなんて言うのだろうか。

佐倉さんは隣に立つ相澤先生をちらりと見ると相澤先生は頷いた。なんの合図なのだろうか。

「確かに彼女の言うように私は違う世界から来た人間です」

ぱっと証拠を出せるかっていうと怪しいのですが。と彼女は続けた。どういう事なのか僕が理解するよりも早くかっちゃんが乱暴に立ち上がり片手で爆破を繰り返していた。

「証拠ねぇのに信じろって方がおかしいだろ?!この電波女が!!」
「まぁ、そうだよね。うーん…」

声を低く唸らせながらかっちゃんは威嚇するように大きな声で叫んだ。それに対して佐倉さんは怯えるでもなく困ったように笑いながら顎に手を当て考えだした。

「僕は信じるよ!USJの時に保健室で彼女と会ったんだけどその時にどこからともなく花束をオールマイトと僕とリカバリーガール出してくれたんだ!」
「ンなもんタネがあるに決まってんだろうが!!」

彼女を助けたい一心で声を上げるとかっちゃんはぐるんと振り返り僕の胸ぐらを掴み上げて、片手で爆破させながら叫ぶ。

「ひぃっ!」

轟くんとの事は本人の了承がない限り僕の口から出す事ではないだろうと判断して彼女と初めて会った日のことを話したがかっちゃんはそれで納得するわけがなく、何かタネがあると食い下がった。

「花束ってなに?!私にも出せる?」
「創造とは違うものなんでしょうか」
「他にも違うもんが出せんのか?」

このクラスの人はマイペースな人が多いと強く思う。相澤先生は佐倉さんに自分で解決しろと言って寝てしまっているし、佐倉さんは佐倉さんで分かりました。と苦笑いながらも了承していた。僕の胸ぐらを掴んでいるかっちゃんをちゃんと止めてくれるのは切島くんか飯田くん位だ。

そしてこのクラスの誰よりもマイペースなのが、基本的に無表情で何を考えているのかわからない、No.2ヒーローエンデヴァーの息子にしてこのクラス最強と謳われている彼だ。

「柚華さん。カードの入った本じゃ駄目なのか?」

教室が一瞬にして静寂を取り戻した。

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