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教室が沈黙に包まれた。焦凍くんが私を真っ直ぐに見つめて首を傾げた。自分の発言の重大さに気が付いていないのだろう。寝袋に包まれている相澤先生ですら少しピクっと反応したのに。

「あっ、えっと、1度エンデヴァーさんに見せたやつですよね?」
「ん。けど、一人一人で時間食うか」

すると低身長の男子が緑谷くんの肩をがくがくと揺らしながら叫んだ。

「轟、お前編入生と知り合いなのか?!」
「…あぁ」

すると今度は教室中のあちこちから私や焦凍くんに対する質問が次から次へと湧き出た。一気に賑やかになる教室に苦笑いしていると、眼鏡をかけた独特の動きをする男子が立ち上がり静粛に!と、叫んだ。

「先ずは蛙吹くんの話を解決するのが先だろう!轟くんとの関係性は後にしたまえ!」
「それもそうだな。んで緑谷はこと女子のこと知ってんだろ?」
「う、うん」

赤髪の男子が緑谷くんに聞くと、緑谷くんはおどおどしながら頷き、爆豪くんが乱暴に掴んでいた手を離した。

「えっと、そしたら何か魔法を見せた方がいいかな?」
「ハッ!どうせ個性かタネも仕掛けもあるハッタリだろうが」

爆豪くんの人を馬鹿にしたような言葉を小耳に入れながら私は呪文を唱えた。

「光の力を秘めし鍵よ真の姿を我の前に示せ。契約のもと柚華が命じる封印解除(レリーズ)!」

足元に魔法陣が浮かび風が私を囲むように舞い上がる。首から下げていた鍵は呪文の言葉通りに真の姿、杖になり私の両手に収まる。それをぎゅっと握りみんなの反応を見ようと目線を上げると至る所から声が上がった。

「なんだ今のすげぇ!!」
「足元にいきなり魔法陣でたぞ!なんだあれ!」
「それは個性ではないのですか?!」
「やっぱり貴方は本物だったのね」
「風でめくりあがって見えた絶対領域最強かよ!」
「何あれ!めっちゃ凄いんやけけど!」

好反応にほっと胸をなでおろす。隠していてもいずれどこかで綻びてしまう。そうなった時に皆との信頼関係が無くなってしまうよりは、最初っから打ち明けた上で信頼関係を築いた方がいい筈だ。別に隠さないといけない身分ではないのだし。

1番私に食ってかかっていた爆豪くんの反応をちらりと見たが彼は窓の外を見て私のほうを見なかった。私の話を信じてくれたのか、興味が失せたのかは分からないがこれ以上突っかかってこないようだったので、気にしないことにした。

つかの間の眠りから覚めた相澤先生が私の席を教え、言われた通りの席に着いた。一番後ろの列から後に飛び抜けて置いてある机が私の席で、周りに人がいない事に寂しさを感じたが斜め前に焦凍くんがいたので安心した。

そして、チャイムが鳴り休み時間になった途端に活発な生徒が何人か私の机を囲うように立って話しかけて来てくれた。

「私芦戸三奈!よろしくね…です?」
「敬語はいらないよ。名前も敬称なしで好きに呼んでいいからね」
「やった!ありがとう!柚華ちゃんって呼んでもいい?」

桃色肌に大きな黒目、ショートカットに切られた髪に頭からは角が生えた元気いっぱいな女の子だ。その後も色んな子が自己紹介をしてくれた。記憶力はいい方ではないので一気には覚えられないが、幸いな事にこのクラスに顔見知りが何人かいる。何とかなるだろう。

「ところで佐倉くんのあれは個性ではないのですか?」

飯田天哉と名乗った男の子が私に質問をすると周りにいた人たちもそれ思ってた。と同意して私を見つめた。

「私無個性なんだ」
「そうだったのか」
「けど、無個性でもあんだけ強かったらもう関係ねぇよな!」
「確かに」

上鳴くんの言葉に響香ちゃんが頷くとチャイムが鳴り次の授業が始まった。私は一息ついて教科書を机から出して前を向くと一瞬だけ焦凍くんの視線を感じた。

何かあったのだろうか。

そう思いながらも私は彼に何がするでもなく板書をしながら学校が私を受け入れた理由を考えた。
憶測だけどいくつかは思い浮かぶ。一つは敵(ヴィラン)に捕まる、または協力しないように見張る事。二つ目はヒーローとして活躍を期待しているのか。この線はだいぶ薄い気がする。私がいなくても此処には素晴らしい個性と才能を持った金の卵たちがいる。
可能性が高いのは前者だがそれだと疑問が浮かぶ。ここに在学している限り必ずこの前のような体育祭を始めとした学校行事に出なくてはいけない。テレビ中継等された体育祭をもし敵が見ていたら私の能力が露見され、狙われる可能性が高くなる。それなら轟家で軟禁生活の方がまだ狙われないし、接触もない。

いくら考えてもわからない。

板書をしながらだとうまい事考えが纏まらないし、授業にも集中出来ないと思い、今は授業に集中する事にした。

そして、授業終了のチャイムが鳴りお昼休みになった。大きく息を机に向かって吐き出すと私の机の端を人差し指で誰かがトントンと叩いた。視線を上げて誰だろう。と確認すると焦凍くんだった。

「昼だ。飯に行く」
「一緒してもいいですか?」
「あぁ。じゃなきゃ誘ったりしねえ」

ありがとうございます。とお礼をしながら立ち上がり、財布とiPhoneだけ持って焦凍くんの後を追うように教室を出ようとした。

「あの、私も一緒してもいいかしら?」
「あ、えっと蛙吹さ…ん…だよね?」
「俺はかまわないが、柚華さんはどうする?」

蛙吹さんには聞きたいこともあったので、是非一緒にしましょう。と返事をすると蛙吹さんはホッとしたように胸をなで下ろした。

焦凍くんと蛙吹さんに案内されるままにランチラッシュというヒーローがいるメシ処にやってきた。食券機で購入してご飯をもらうというスタイルらしい。

蛙吹さんは自前のお弁当があるらしく先に席を確保しておくと言って離れて行ってしまったので、私と焦凍くんの2人になった。私がどれにしようか悩んでいると横から焦凍くんが蕎麦のボタンを押した。

「本当に好きなんですね。お蕎麦」
「ん。美味い」
「これだけメニューが多いと悩みます…どれにしようかな」

食券機の前で悩んでいると焦凍くんが自分の財布からお金を入れて蕎麦のボタンを押した。

「行くぞ、蛙吹が待ってる」
「へ…はい」

焦凍くんは自分のと私の券を持って先に進んで行ってしまった。勝手に私のメニューを選んだのは余りにも私の悩む時間が長かったのか、自分のおすすめを食べて欲しかったのかは分からないが、今のはあまり褒められた行動ではないので後で少し注意する事にしよう。

でも、彼なりの家族への甘えだったのだろうか。

それなら何も言えない。彼に家族として受け入れられているんだとしたらそれは私にとっても喜ばしい事なので甘んじて受け入れよう。私は何かと焦凍くんに弱いのかも。

結局私は彼に何も言わないまま蛙吹さんが待っている席についた。

「2人とも早かったわね」
「そうかな?それにしても学校の食堂って私人生初めてだからこんなに混んでるなんて思わなかったよ」
「ランチラッシュの料理を低価格で食べれるからな」

そんなにランチラッシュさんの作る料理は美味しいのか頷いていると焦凍くんが、それで?と蛙吹さんに声をかけていた。

「柚華さんに用があるんだろ」
「えぇ、彼女の事を疑っているわけではないの…でもいくつか気になることもあって…」

蛙吹さんはそう言って目線を下げた。私に質問してもいいのか迷っているのだろうか。

「蛙吹さん。気になる事があるならなんでも聞いてね、答えられる質問にはちゃんと答えるつもりだから」
「ケロっ。ありがとう柚華さん」
「敬称はいらないよ!」
「私の事も梅雨ちゃんと呼んで」

私と梅雨ちゃんの間に僅かな友情が芽生えた時に焦凍くんは話を進めるように口を挟んだ。

「気になる事ってなんだ」
「そうね、先ずは…何故この世界に来たのかしら?」
「ごめんね、それはよくわからないの。いつも通りに家を出たら気を失って…」
「それで俺の家に来たのか」

その話だと意図的にと言うよりは偶然のように思えるわね。と梅雨ちゃんが人差し指を顎に当て首を傾げた。
確かに偶然のように感じるが侑子さんはきっとこう言うのだろう。

「この世に偶然なんかない。あるのは必然だけよ」
「どういう意味だ?」
「侑子さんの言葉…だったかしら」

私は梅雨ちゃんの言葉に頷き焦凍くんに侑子さんの言葉の意味を説明した。

「えっとですね、すべての現象は必ず意味があって偶然なんかではないって事ですね。だから私がここに来たのも偶然ではなく誰かの企み、意図によってこの世界に来たって事ですね」
「誰かの企み…か」

どこの誰が私をこの世界に呼んだかは分からない。深く考えても仕方なのない事なのかもしれない。

「でもどうして貴方の存在が放送されていたのかしら。それにその他の人物だって」
「そうだよね、小狼くん達だっていたし」

ん?待って、それって…。

「この世界にも柚華さんみたいに魔法が使える奴がいるって事じゃないのか?」
「…だとしたら人物は簡単に絞りこめるんじゃないかしら、監督や脚本家といった関係者なんだから」
「脚本家が今のところ怪しいってことよね」

断言は出来ないがな。と言った焦凍くんの蕎麦は半分減っていた。私はまだ8割ものこっていはのに。

「脚本家の名前調べなきゃ」
「そうだな」
「さっきはなんだか悪い事してしまったし私にもお手伝いさせてくれないかしら」
「気にしないで!むしろありがとう梅雨ちゃん!」

梅雨ちゃんはケロケロっと特徴的な笑い声と可愛らしい笑顔を見せてくれた。その笑顔に癒されていると隣にいる焦凍くんがご馳走様。と言った。蕎麦は綺麗に食べられていた。

私のお蕎麦はまだ少し残っていた。

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