朝、目が覚めるとアラームが私の耳元で鳴り響いていた。ピピピっと連続で鳴る音に一瞬顔を顰めて電子音を止める為に重たい手を動かしiPhoneを掴み、視界がぼやけてはいたがタップして止めた。
「ふぁーあ」
大きく開けた口を隠す為に手を当てながら欠伸を一つした。まだ布団にくるまっていたいが朝食の準備をしなくてはいけない。
のそのそと体を起こして頭を覚醒させていく。寝間着を脱ぎ制服に着替えて布団を畳み軽く髪を整えて下に降りて朝食の準備をする。いつもと同じ流れだ。
なんか焦凍くんと顔合わせづらい…。
あんな不意打ち笑顔を見せられたら、また次も見せてくれないかなとか考えちゃう。一瞬の笑顔を見逃さないように焦凍くんの事見続けちゃう。
意識してしまう。
このままではダメだと自分を叱咤して気持ちを切り替える。
よし、大丈夫!
「柚華さん、はよ」
「おはようございます」
「…敬語」
「はっ!ごめんね」
焦凍くんはいつも通り制服をきっちり着て食卓の席についた。
いつも通りにと考えていたらつい敬語が出てしまった。完全に癖がついてしまっている。敬語をとっていつも通りの態度で。
そもそも、私は敬語だったら距離感を感じると思う人間じゃない。クラスメイトに敬語を使わないくていいよって言ったのはその方が向こうに気を遣わせなくていいと思ったからだ。だから焦凍くんに敬語を使っていても距離感を感じはしなかった。
でも、焦凍くんは感じていた。
昨日と同じく2人揃って学校へ続く道を行く。いつも通り2人の間には静寂が流れていた。私はこの時間も好きだけど彼は違うのかもしれない。隣で歩く焦凍くんの顔を見上げても相変わらずの無表情で何を考えているのか分からなかった。
考え方が違うのだから沢山話をした方がいいのかもしれない。
「焦凍くんの得意科目ってなんですか?」
「…特にない」
「今日のヒーロー学何をするのか楽しみですね」
「そうだな」
……何を言っても一言でしか返ってこなさそうだ。
焦凍くんが興味を持つような話題がわからない。何が好きですか?なんてざっくりした事聞かれても返答に困るだけだろうし。
「女の子の好みとかありますか?」
言ってからわかった。これは1番焦凍くんから遠い話題だ。普通の男子なら兎も角焦凍くんは恋色沙汰には興味がなさそう。
「好み?」
「あっと、理想とか彼女にしたいとかそういった感じの……」
失敗したと顔を俯かせていると視界の端で彼の腕が動いた。
「柚華さんみたいな人…」
焦凍くんの言葉がまるで外国語のように聞こえた。いや、日本語に聞こえたけれど私の頭がショートして理解が出来ない。
「傍にいると落ち着く」
焦凍くんはきっと知らない。私が彼の言葉でどれだけ胸の鼓動を早くさせ、その度に勘違いするなと言い聞かせてきたかを彼は知らない。
今の発言だって、家族的な意味での落ち着くだ。異性として私を見ているわけではない、彼は私に異性として興味はない。
でも狡い。自分は私に異性として警戒しろと言ったその口で私に向かって落ち着くと言う。なんて矛盾。
「焦凍くんは、狡い…よ」
一体私をどうしたいのだろうか。
焦凍くんの一言一言に振り回される私の気持ちも、小さな声で責めた言葉もきっと、貴方は知らない。
「どうかしたか?」
「何でもないよ。そう思ってもらえて嬉しいよ」
笑って答えた私の顔に違和感を覚えた彼は少しだけ眉を寄せた。
「柚華さん具合悪いのか?」
「元気だよ」
そう言っても彼は信じてはくれなくて私の右手が人肌より少し高い焦凍くんの左手に包まれる。伝わる熱が体温を容赦なく上昇させる。
「しょ、焦凍くん?!」
「こうしてたらなんかあっても直ぐに支えられるだろ」
「私元気だよ!」
「けど、いつもみたいに笑えてねえだろ」
彼の不器用でほんのりズレた気遣いも、歩く速さを私に気を使って落としてくれる優しさも、心配そうに私の顔を時折見るその表情も何もかもが……好きだ。と思える。
認めてしまおう。この気持ちに名前を付けよう。素直に受け入れよう。
元の世界に戻った時に辛い思いをしたくないから頑なに認めてこなかった焦凍くんへの気持ちは恋だ。
私は彼が好きなんだ。
「焦凍くん」
「なんだ?」
「ありがとうね」
私にこんな気持ちを教えてくれてありがとう。
焦凍くんは、あぁ。と返事をした。きっと焦凍くんは私を支えてるお礼だと思っている。それでもいい。それでもいいから焦凍くんにお礼を言いたかった。
「焦凍くんの手暖かいね」
「そうか?普通だぞ」
学校へと続く道で手を繋ぎなら歩く私達は他の人からはどう映るのだろうか。穏やかに笑う焦凍くんの隣に私はいつまでいられるのだろうか。
どんな形であれ焦凍くんの傍にいれたら幸せなんだろうな、と私は小さく笑った。
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