靴を履き替え教室に行くとちらほらと何人かの生徒がいた。焦凍くんと繋いでいた手は校門が見えてきたあたり離した。私が恥ずかしいから、と言うと焦凍くんは少し首を傾げて、わかった。と言って焦凍くんから手を離した。
教室の中に入り自分の机に鞄を置く。何気ない動作だが突き刺さる視線に緊張して手が震える。
なんでこんなに見られてるんだろう…。
溜息を吐くのぐっと堪えて席につくと焦凍くんの隣に座っているポニーテールの女の子が話しかけてくれた。
「おはようございます佐倉さん。私八百万百と言いますの。これからよろしくお願い致しますわ」
「百ちゃんって呼んでもいいかな?私の事も敬語じゃなくていいし、呼び捨てで呼んでもいいよ」
「いいえ!教室は同じですが佐倉さんは私より歳上ですもの」
しっかりしてる子だ。同じクラスでも私が歳上だからって気をつかってくれている。でもヒーローになるにあたっての勉強は2歩も3歩も遅れている。そういう意味なら私は後輩になる訳だし。
「そしたら苗字じゃなくて名前で呼んでくれないかな。その方が嬉しいし」
「分かりましたわ柚華さん。私このクラスの副委員長をやっておりますので何かわからない事があればお声掛けください」
「ありがとう!凄く助かるよ」
梅雨ちゃん然り、お茶子ちゃん然りこのクラスの女の子は基本的にいい子ばかりなのかと和んでいると机がバンと音を立てた。目の前には制服が浮いていた。
「私葉隠透!柚華ちゃんって呼んでもいいかな?」
「透ちゃんね!私の事は好きに呼んでね」
「ありがとう!それでね轟くんとはどんな関係なの?もしかして恋人同士とかなの?!」
「はい?!」
葉隠透と名乗った彼女は女子高生らしい元気な子で顔は見えないもののとても明るい子だという印象を受けた。
良くも悪くも女子高生らしい彼女は私の答えを今か今かとうずうずしながら待っている。
「あー、違うんだよね。そういった関係じゃないの。ごめんね」
「ちぇー、なんだー」
嘘は言っていない。炎司さんが婚約って言っていたが焦凍くんは納得してない筈だし、私は彼の事が好きだけど向こうはそうではない。
透ちゃんはがっくりと肩を落としとても残念がっていた。表情が見えない分をボディーランゲージでカバーしているかもしれない。
「じゃーさ!このクラスで誰が1番イケメンだと思う?」
「あー!その話題私も気になるー!」
透ちゃんの言葉に何人かの男子がビクッと肩を震わせた瞬間に勢いよく教室の扉が音を立てて開いて三奈ちゃんが勢いよく片手を上げながら教室に入って来た。
「おはよう三奈ちゃん」
「おはよう柚華!それで誰がイケメンだと思うの?やっぱり轟?」
そう言って三奈ちゃんは鞄を肩に背負ったまま近づいてきた。すると今度は上鳴くんが話しかけてきた。
「佐倉さんの好きな食べ物って何?」
「うーん。わたぬ…友達の作ったフォンダンショコラかなー」
「フォンダンショコラ好きなのか?俺美味い店知ってるから今度食べに行こうぜ」
「私甘いのあんまり得意じゃないんだけど、その人が作るフォンダンショコラは大好きなんだよね」
そう言うと上鳴くんは、あぁそうなの。と力なく呟いて先程までの笑顔とは一転して肩を落とし帰って行った。
「なんか申し訳ない…」
「いいんだってーあんなの相手にするだけ時間の無駄だよ!それよりもさっきの質問の答えまだ聞いてないよー」
「待てよ葉隠!俺がいるだろ?そう峰田様だ!」
「論外」
少し離れた席から峰田くんが話しかけてきたが私の前に立つ女子2人に敢え無く一蹴されてしまった。峰田くんが何でだよ!と叫んだが取り付く島もなく2人は私に詰め寄ってきたと同時に助け舟が来た。
「お2人とも、柚華さんが困ってますわ」
「そうだぞ2人とも!後1分でチャイムが鳴るから席につきたまえ!他の人たちも静かにしたまえ!」
はーい。と2人は気の抜けた返事をして自分の席に帰って行ったのでほっと息を吐き2人にお礼を言った。
「ありがとう」
「いいえ。当然の事をしたまでですわ」
「委員長としての仕事をしたまでだ」
その後チャイムがなり相澤先生が入ってきてホームルームが始まった。
先生は昨日と同じ様に気力のない声で淡々とホームルームを進めていき最後に職業体験先をちゃんと考えろよ。と声をかけて教室から出て行った。
そういえば私はどうしたらいいんだろうか。
体育祭に出ていたわけではないから企業から声がかかるわけがないし…一週間丸々座学やらをやるのだろうか。それはそれで大変有難い。皆に早く追いつかねばならない身なのだから。
よし、この授業の後に相澤先生に聞いてみよう。
私はそう決めて1限目の授業に集中した。今日の時間割は午前中は普通科目で午後はヒーロー学というメリハリのある一日となっている。普通科目は私がいた世界でやった事をやっているだけなので正直退屈だが、平常点を落とすわけにはいかないのでしっかり黒板と向き合うこと約1時間、授業終了のチャイムが鳴った。
「終わったー」
両手を天井に伸ばして体を伸ばしながら息を吐く。首をひとまわししてコリをほぐして席を立った。
「柚華どこか行くのか?」
「うん。職員室に行こうと思って」
「それなら俺も行く。体験先の紙を昨日出しそびれたからな」
そう言えば昨日職員室に寄るとか言ってたけど結局寄らなかったんだっけ?
焦凍くんはショルダーバッグからファイルを出し、そこから職場体験の希望先が書かれた紙を1枚取り出し、廊下に出たので私もその後に続いて廊下に出た。
「体験先何処にしたん…したの?」
「…エンデヴァーヒーロー事務所」
「……え?」
つい癖で敬語が出かけてしまいなかったことにしようとしたが焦凍くんにはバレバレで少し呆れたような目で見られたが注意される事はなかった。
それよりも焦凍くんの体験先の方に驚き反応が遅れてしまった。まさか焦凍くんが嫌っている自身のお父さん、炎司さんの所に行くなんて夢にも思ってなかったからだ。
「あいつはあんな奴だがNo.2ヒーローだ。学べるもんは学んでおきたい」
「…なんだか焦凍くんはどんどん大人になっていくね」
アレだけ嫌悪していた炎司さんの存在を全否定するのではなくて、ヒーローとしての活躍は認めて学べる所は学んでおく。それが将来の自分の為になると分かっているから。
私だったらそんな事出来るのだろうか。
否、きっと出来ない。そこまで大人ではない。
「俺は柚華さんの方が大人に見える」
「そんな事ないよ」
職員室までの道のり。隣を歩く彼は私を慰めようとした。何を思ってそういったのかは分からないがきっぱりと否定すると彼は立ち止まり私の目を真っ直ぐに見つめた。真剣な眼差しは視線を逸らす事すら許さなかった。
「俺は柚華さんみたいに違う世界に行っても落ち着いて行動なんか出来ない、と思う。出来たとしても自分の事しか考えられない、怪我を負ってまで他の奴の為に動かない」
焦凍くんは私の手首を冷たい手で優しく包み親指で火傷の痕をゆっくりと撫でた。
今は焦凍くんの大きな手に包まれて見えない火傷が出来た体育祭の事を思い出した。この火傷は確かに焦凍くんが言うように自分じゃない誰かの為に動いた結果だ。
だけど、きっと焦凍くんだって…。
「焦凍くんだって同じ事するよ。だって貴方はヒーローになりたいんでしょ?」
「…そしたら柚華さんは俺のヒーローだな」
その言葉に私をヒーローと言って笑ってくれた四月一日くんの姿を思い出した。目の前に立っている焦凍くんとは似ても似つかないのに一瞬だけ2人が重なって見えた。
…ヒーローか。
どんなヒーローになりたいとか、将来はどういった活躍がしたいとか全く思い浮かばないけど、それでも私の助けられるものならば助けてあげたいと思う。
「ありがとう」
「行くぞ」
顔を逸らし私の手を離して焦凍くんは歩き出した。一瞬見えた顔は少しだけ赤くなっていたような気がしたが多分気の所為だろう。
足早に歩く焦凍くんの背中を見てせめて焦凍くんを守れるようになりたい、と思った。
それが今の私の第一目標だ。
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