02




冬美さんが作ってくれた美味しいお夕飯を食べ終え、一息もつかないうちにエンデヴァーさんが本を捲りながら私に質問を投げかけてきた。

「本人だと証明出来るものというのはコレのことか?」
「恐らく…。冬美さんが提案してきたものですから私にはなんとも…」

エンデヴァーさんは少し考えるとまた質問してきた。

「先程見たカードで何かできるのか?」
「出来ます。カードそれぞれが能力になってます。それは実際に見せたほうが早いかと思います」
「それがお前の個性か?いや、先程のあの発言。個性ではないのか」

個性とはなんだろう。焦凍くんがエンデヴァーさんの個性の炎は規格外とかって言ってたけど、それぞれ皆何かしらの能力を持っていてそれをこの世界では“個性”と呼んでいるんだろうか。それとも、ごく稀にそういう能力を持った人がいてその人の能力を“個性”と呼んでいるのだろうか。それなら規格外なんて単語は出てこないだろう。規格というのは大体は沢山あるものの平均を統一化したものを規格というのではないのだろうか。
そう考えると、大体の人が個性というものを持っているんだろう。
ちらりと横を見るとなんともないような顔で湯呑を持ち、緑茶を飲んでいた。彼にも何かしらの個性があるのだろう。

「では、その能力を見せてもらおうか」

そう言うと私に本を渡して席を立ってどこかに歩き始めた。慌てて私も席を立ち上がると焦凍くんも立ち上がって歩き出した。それを見ていると冬美さんが食器を片付け終わったようで、私の手を握って歩き始めた。どうやらこの2人も私の能力を見るようだ。
ここの姉弟は人に触るのが好きなのかな?そんなことを思ってると私が1番最初に来た道場に着いた。
恐らくここで私のカードの能力を見るのだろう。

手はいつの間にか離れていて、私はゆっくりと道場の中に入っていった。壁に飾られている額縁の下でエンデヴァーさんは寄りかかって立っていた。焦凍くんはエンデヴァーさんから離れた所で同じように壁に寄りかかっていた。
道場の真ん中に立って、2人からこれでもかって程の威圧的な視線に冷や汗が背中を伝う。ふぅーと息を吐いて冬美さんの方を見た。どうせ見せるならファンだって言ってくれた人のリクエストに応えたい。

「冬美さん。何か見たいカードはありますか?」
「私がリクエストしてもいいの?えっと、それなら“風”か“樹”かなー、でも“翔”や“水”も捨てがたいなぁ」
「いいですよ。では片っ端から出していきますね」

深呼吸をしてゆっくりと呪文を唱える。

「光の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に現せ。規約のもと柚華が命じる。封印解除(レリーズ)!」

足元に魔法陣が浮かび上がり何処からもなく風が私の周りに吹く。呪文を唱えると首にぶら下がっていた小さな鍵は大きくなり杖の姿になって私の両手の中に。手を横に伸ばし、“風”のカードを呼ぶ。足元にある本の中から“風”のカードが浮かび上がり私手の中に収まる。それを前の方に投げてまた呪文を唱える。

「我の前に姿を現せ!“風(ウィンディ)”!」

カードが鳥の翼を纏う女の人に変わった。私は続けざまにどんどん呪文を唱えていく。

「“樹(ウッド)”“水(ウォーティ)”」

それぞれが姿を変えて私の周りに集まる。
あとは“翔(フライ)”だけか、だけどフライはこの狭い空間だと出せないので、エンデヴァーさんに外に出てもいいか確認すると二つ返事で頷いてくれた。
外に出ると同時に呪文を唱えると背中から真っ白な翼を生やして空高くに舞い上がった。
地味にこのカードを1番使う。何かと使い勝手がいいからね。
反応を見るため下を見ると3人は外に出て私のことを見ていた。冬美さんに至ってはiPhoneで写真まで撮っている。翼を生やしたまま外に出ているエンデヴァーさんに近づいた。彼は新しいおもちゃを与えられたような子供のような、けれど何かを企みそれを楽しみにしているようなそんな顔をしていた。

「こういった感じで、私には53枚のカードを使うことが出来ます。カードにはそれぞれの容姿や性格があり、1枚1枚に魔力があります。ですが私の魔力と呪文が必要でこれがなければほぼ何もできません」
「これらのカードは他人に引き継ぐことは可能なのか?」
「えぇ、このカードを作った方の血縁か、私の血族、魔力のある人。いずれもカードを守護するケロベロスと月(ユエ)に認められればこのカードを使うことが出来ます」

エンデヴァーさんは私の言葉を聞くと今更感のある質問をしてきた。

「今いくつだ」
「え?」
「何歳だと聞いている」
「1…17です」

答えを聞くと顎に手を当てて何かを考え始めた。私はどうしていかわからず、焦凍くんを見ながら発動させたカードを元のカードに戻した。焦凍くんはひたすらにエンデヴァーさんを睨んでいた。

「名前はなんという」
「佐倉柚華です」
「柚華。貴様をうちで預からせていただく。そして今日からそこにいる焦凍の婚約者だ」

……婚約者?はい?

「クソ親父てめぇ今なんて言った」
「聞いてなかったのか?婚約者だと言ったんだ」
「ちょっと、待ってください。そんなことを言われても困ります!」

柚華後で話がある。と言って道場から出て行ってしまった。冬美さんはその後を追って同じく道場を出て行ってしまい、この場には気まずい空気を残したままの2人が残ってしまった。
どうしよう、もの凄く空気が重たい。なんて声かけていいのか分からない。

「あの、さっきの話…」
「俺はお前と馴れ合うつもりはねえ」

それだけを言うと焦凍くんは足早に出て行った。
全くもって何が起きたんだか理解ができない、したくない。なんかの冗談じゃないのかな?厳つい顔してるけど冗談好きなのかな。恐らく優しい人だと思うんだよね、私をこの家に置いてくれる訳だし。
私は縁側に腰を下ろして柱に肩を寄せて、ゆっくりと目を閉じた。どうか今見ている景色が夢でありますように。次目を開けたら自分の家にいます様に。




「柚華ちゃん」

冬美さんの声がして目を開けたら、空の色はさっきよりも暗くなっていて、淡い期待が裏切られた気がした。……夢が覚めない、覚めてくれない。
泣きそうになり瞼を閉じてぐっと堪えて涙が溢れないように上を向いた。

「どうかしましたか?」
「今日はいろいろあって疲れたでしょう?お風呂場まで案内するから入ってきて」
「ありがとうございます」

冬美さんの方に振り向くと彼女は悲しげに微笑んでいた。

私、何かしてしまったのかな?

慌てて冬美さんに近づいて何とかして泣かせないようにしようとすると冬美さんは首を振ってゆっくり話出した。

「焦凍が失礼な態度をとったでしょう?ごめんなさいね」
「そんなことないですよ」
「あの子ねお父さんの事を憎んでいて、多分殺したいくらいに」
「そんな…」

折角の家族なのに、父親の事憎んでいるなんて、幼い頃に両親を亡くした私からするともったいなくて、もどかしい。けど私が首を突っ込んではいけない話で、本人からも憎んでいる理由を聞くことは一生ないのだろうな。とぼんやり思った。婚約者発言からなんだか嫌われているもんね。

冬美さんにお風呂場まで案内してもらい、ゆっくりお湯に浸かって疲れをとった。
冬美さんの服をお借りして上がったことを伝えると、今度はお部屋に案内してくれた。
冬美さんは暫く使ってない部屋だから少し埃っぽくてごめんね。と謝られたが、お部屋まで与えてくれたことに感謝しかない。
だけど、流石に焦凍くんのお部屋の隣なんて思わなかった。年頃の男女を隣同士の部屋にするなんて何を考えているんだろう。

「お父さんが婚約者同士少しでも仲良くしたほうがいいからって」
「仲良くなるどころか溝が深まりそうですけどね」
「柚華ちゃん焦凍のことお願いね」

私に何が出来るわけでもないので気安く分かりましたなんて言えなくて、苦笑いをする。その気持ちが通じたのか冬美さんはにっこり笑ってきっと何とかなるよって言った。

「そう言えばエンデヴァーさんに呼ばれていたんでした」
「お父さんなら1階の仕事場にいと思うから案内するね」
「ありがとうございます」

来た道を引き返して1階に降りた。この家は広すぎて1日じゃどこに何があるのか把握できない。暫くお家の中をうろうろしないと住居内迷子になってしまいそうだ。周りを見ながら冬美さんの後を追う。似たような景色が続いて覚えずらい。

「ここがお父さんの仕事部屋だよ」
「ありがとうございます」
「帰りは1人でもお部屋に戻れそう?」
「はい。なんとか」

冬美さんは安心したように笑うと、おやすみなさいと言って何処かに歩いていった。多分自分の部屋に行ったんだろうな。冬美さんが見えなくなるまで見送った後、くるりと向きを変え引き戸と向かい合わせになるようになった。深呼吸を数回して、中にいるであろうエンデヴァーさんに話しかけた。

「夜分遅くにすみません。柚華です」
「入れ」
「はい。失礼致します」

滑りの良い引き戸を開けると沢山の本や書類が積み重なっている机に向き合っているエンデヴァーさんがいた。こんな時間までお仕事してるなんて、余っ程忙しいのかな。

「あの、お話があるとの事でお伺いしたのですが」
「あぁ、幾つか話すことがある」

エンデヴァーさんからのお話はこの世界の個性についてと、エンデヴァーさんの職業の事、それとレントゲンを取りに行くようにという事だった。

「レントゲンは焦凍の通う高校の養護教諭であるリカバリーガールに頼んでみる」
「はい。分かりました」
「それと、金を渡す。これで入用なものを買ってこい」
「えっ、そんな!申し訳ないです」

住む場所やお部屋まで貸していただいてその他に物まで買っていただくなんて申し訳なくって断ったらすごい顔で睨まれてしまった。

「金ことなら心配するな」
「でも…、それでしたらアルバイトして借りた分とこれからの生活費を微々たるものだと思いますがお返しさせて下さい」
「いらん。それにお前には学校に通ってもらう」

お金を稼いで返金を一刀両断で一蹴されてしまった。と言うか学校にまで行かせてくれようとしていた。いいのかな?行けるのかな?

「私戸籍とかないですよね?」
「今部下に連絡して作らせている。その事についてはお前の与り知るところではない」
「あ、はい」

なんというか私一人のために色んな人が動いてくれているなんて、もう、どうしていいのか、どう感謝したらいいのか分からなくなってしまう。
兎に角エンデヴァーさんもとい、炎司さんにお礼を言わないと。
私は差し出されたお金を受け取り、頭を下げて炎司さんにお礼の言葉を口にした。

「何から何まですみません。いつまでご厄介になるのかわからない身ですが、よろしくお願い致します」
「ふん。話は以上だ」
「はい」

顔を上げて炎司さんに背を向けて扉の方に近寄り引き戸を開けてもう1度炎司さんと向き合った。

「それでは失礼します。おやすみなさい」
「あぁ」

音を立てないように扉を閉めて、冬美さんに案内してもらった道を思い出しながら部屋に向かって歩き出した。
が、似たような景色の、しかも薄暗い家の中は私を迷子にさせるには充分で、2階に行く階段すら見つけられない状況に陥ってしまった。せめてリビングの場所が分かればいいのだが締まりきった扉を開けるには勇気が必要だった。もしこの扉の先がリビングではなかったと思うと扉に手を伸ばせないでいた。

どうしよう。このまましばらく歩き回っていたら階段見つかるかな?

こんな時こそあの呪文だと、両手で拳を作ってぐっと握って気合を入れる。クロウ・リードさんから教わった無敵の呪文を小さく呟いた。

「大丈夫。絶対大丈夫だよ」
「何がだ?」
「ひぃっ!」

突然の声に悲鳴を上げてしまった。漏れないようにと両手で口を覆ったけどいくらか出てしまった。
まさか横の扉から人が出てくるなんて思わなくて心臓が大きな音で早鐘を打っている。落ち着かせようとしゃがみながら深呼吸を数回繰り返してたら、申し訳なさそうに謝る声が聞こえた。

「悪い。驚かせるつもりはなかったんだ」
「いえ。焦凍くんは悪くないですよ」
「名前…知ってるのか」

ご家族からそのように呼ばれていたので勝手にそう呼んでますけど、ダメだったんだろうか。と不安になり呼び方を変えた方がいいのか聞くと、そのままでいいと返って来たけど、焦凍くんはきゅっと眉間に眉を寄せてどこかを見ていた。薄暗い空間だから正確な表情までは分からないけど、何だか考え込んでるような気がした。

「あの、焦凍くんはどうしてここに?」
「喉が渇いたから飲み物を飲みに」

焦凍くんは後ろの扉を指さしながら答えてくれた。

成程ここがリビングか。

「で、何が大丈夫なんだ?」
「あぁ、無敵の呪文ですよ」
「なんかが発動したりするのか?」
「いえ。困った時とかへこたれた時とかツイてない時とかに、自分を鼓舞する時に唱えてるんです」

そうすると、何だか大丈夫な気がしてくるんですよ。と言うとそうなのか?と聞き返してくれた。

「はい。だって現に焦凍くんが来てくれました」
「どういう意味だ?」
「私自分の部屋に帰れなくて迷ってたんです」

だから俺が来たから帰れるってわけか。
焦凍くんは納得したように呟くと、行くぞと私に声をかけて歩き出した。私が付いてきやすいように私のペースに合わせて歩いてくれたのが、短い距離とはいえとても嬉しかった。馴れ合うつもりはないって言われていただけにこのやり取りは私にしたら嬉しくてついニヤけてしまう。

「焦凍くん。お隣なのでよろしくお願いしますね」
「……あぁ」

しばらく間はあったけど返事をしてくれたので良しとしよう。きっと婚約者(仮)と仲良くすると炎司さんの思う壷みたいで嫌なんだろうけど、私に罪はないってわかってくれてるからの返事なんだろうなってこの数分の態度を見てたらそう思う。

「…さっきは悪かった。あんただって被害者なのに」
「さっきって?」
「道場で八つ当たりしただろ、俺」

気恥しさからか早口になっている焦凍くんが何だか可愛く見えてしまって、もう部屋の前に着いているのに関わらず焦凍くんの片手を私の両手で包むように握った。焦凍くんは驚いたようて一瞬だけ包み込んだ手が力んでいた。そして私の手を振り払おうと自分の方に引き寄せたけど、私はそれに逆らうように焦凍くんの手を両手で包んだまま持ち上げ私の方に引き寄せた。抵抗はもうされなかった。

「私はそんなこと気にしてません。馴れ合うつもりはないって言われたのは少し悲しかったですけど、でも今謝ってくれたので、もう気にしてません」

だからこれからは仲良くさせてくださいね。
そう言葉を重ねると焦凍くんはコクリと頷いてくれた。

「それじゃあ、おやすみなさい」
「あぁ」

焦凍くんはそれだけ言うと自身の部屋の中に入って行った。私もそれに倣って部屋に入って電気をつけた。部屋には机と布団とタンスと本棚と姿見が置いてあって冬美さんが言っていたようなホコリ臭さなんて感じなかった。きっと定期的に部屋の掃除をしていたんだろうな。そう思いながらお部屋を見渡すと隅に私の鞄を見つけた。冬美さんが持ってきてくれたんだろう。何から何までお世話になりっぱなしで情けない。明日は何かお手伝いをしよう。そう決意してお布団にもぐり目を閉じた。

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