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職員室の扉の前に立ちノックをしようとしたら丁度相澤先生が出て来た。私は突然の事とあまりの近さに思わず声をあげたが、相澤先生は特に驚いた様子もなくやる気のない目で私を見下ろしていた。

「お前達か、何か用か?」
「職場体験の用紙を持って来ました」

焦凍くんが私と先生の間を入るように書類を持った腕を伸ばして先生に渡した。焦凍くんの腕が当たらないようにと一歩後ろにさがると楽に呼吸することが出来た。先生の身長が私からしたら高いのできっと無意識に息をつまらせていたんだろう。

焦凍くん私の状況に気づいてたんだ。

「ほぉー意外だな」
「学べるもんは学んでおきたいので」
「そうか。佐倉は付いてきただけか?」

相澤先生にそう聞かれたので首を振り、職場体験中の事を聞いた。

「私は皆が職場体験中は学校で勉強でしょうか?」
「そうだな1、2日は職場体験に行ってもらうが、その後はここで勉強と実践練習だな」
「柚華さんは体育祭に出てないのに行けるんですか?」

まさか行けるとは思わなかったから驚いていると、それは焦凍くんも同じだったようで私より先に質問していた。

「…まぁ、指名が来ていたからな」
「…あいつか」
「察しのいいお前ならもう分かってるんだろ。仲良くやれよ」

先生はそのまま私達の横を通り過ぎてどこかに歩いていった。

「指名ってことは炎司さん…ですよね」
「それ以外ねぇだろ」

焦凍くんは思う所があったようで、どこかイラついていたが私は指名があった事の方が嬉しかった。正確に言うと焦凍くんと同じ所で職場体験が出来る事が嬉しかったのだ。

「焦凍くん。短い間だけど職場体験頑張ろうね!」
「あぁ」

私達はまた一緒に来た道を引き返して教室に向かった。2人の間に会話はなくてそれでも穏やかだと思える時間だった。

午前の授業を終えてお昼は緑谷くん達と食べた。終始楽しくお喋りしながら食べることが出来たが時折見せる飯田くんの表情に緑谷くんもお茶子ちゃんも何か言いたげでも何も言えなく、暗い影を落としていた。そんな2人を前にして事情の知らない私が何か言うことは勿論出来ずにただ一瞬だけ落ちる影を見ていた。
飯田くんのその顔は少し前の焦凍くんを彷彿させた。


今日の午後は座学ではなく実践練習の為百ちゃんに案内されるまま女子更衣室に行き、頼んでいた戦闘服に着替える。侑子さんにもらった服をそのままデザインした私の戦闘服。ぱっと見は本格的なメイド服にしか見えないがそこそこの機能性はある。

「柚華ちゃんの服凄いねー」
「お茶子ちゃんの服は近未来的だね!」
「ちゃんと書かんかったからパツパツスーツになってもうた…」

恥ずかしがるお茶子ちゃんを見て和んでいると響香ちゃんが耳たぶから垂れているイヤホンプラグを弄りながら、でもまぁ。と声を出した。

「1番凄いのは八百万じゃない?」
「普通ですわよ?」

普通とはなんなのだろうか。大事な所だけは隠してます。としか言いようがないその服は露出度が高く見てるこっちがどぎまぎしてしまう。

「百ちゃんのスーツはもう、なんか、凄いね」
「個性の関係上仕方ありませんわ。それに服が破けたならまた創造で出せばいい話ですもの」
「百ちゃんの個性が便利過ぎる」

女子生徒全員が着替え終えて訓練場所に移動すると明らかに画風が違う金髪の隅から隅まで筋肉な人が腕を組んで立っていた。

この人がNo.1ヒーロー、オールマイト。

No.1ともなると画風までが変わるのかと感心していると、先生は片手を顔まで上げて今日の授業内容を話し始めた。

「集まったな有精卵諸君!今日は集団で複数の敵“ヴィラン”を追いかける訓練をする!」
「それって鬼ごっこってこと?」
「ルールは何なのかしら」

何人かの生徒が思った事を口に漏らすとオールマイト先生はニコニコ笑いながらルールを説明した。

「ルールは簡単3人の敵を3人のヒーローが追いかけ回す。ヒーロー側の勝利条件は時間内に捕縛用テープを敵役に巻付けること。逆に敵役の勝利条件は時間内に逃げ続けるまたはヒーロー役を捕獲テープで巻付けることだ!」

オールマイト先生はチラチラと顔まであげた手を見ながらルールの説明をした。明らかにカンニングしてるがそれに対してつっこむ生徒がいないのでこれはいつもの事なのだろうと無理矢理納得させた。

先生なのにカンニング。

チーム分けはクジで行い、私は焦凍くんとは別のチームになった。少し心細いが梅雨ちゃんがいてくれるので安心出来る。

「よろしくね梅雨ちゃん、障子くん」
「ケロ。よろしくね」
「あぁ」

対戦相手もクジで決めて私達が第1回戦のヒーロー役となった。敵役は焦凍くんに透ちゃん、そして飯田くんだった。私は焦凍くん以外の個性をそんなに知らない。

ん?ちょっと待って、更衣室では気が付かなかったけど、透ちゃん今ほぼ全、裸…?

「梅雨ちゃん。透ちゃんって今…」
「そうね、貴方の考えてる通りだわ」
「うわー…透明だからって…この世界の女の子逞しすぎる」

唯々目の前で元気に腕を動かしている透ちゃんに感心していると私の視線に気がついたのか腕をぐっと前に伸ばしてピースサインをした。

「3人ともー!負けないからね!」
「ケロっ!こっちだって負けないわ」

りょうてで握り拳を作って気合を入れる。私だって負けない。勝つのはヒーローなんだから。と自分を鼓舞する。

「葉隠くん。時間だ移動するぞ」
「はーい」

飯田くんが声をかけて透ちゃん達が移動をし始めた。焦凍くんは1度も私を見ることはなかった。それだけ訓練に集中しているのかもしれない。
私が考えているよりもこの訓練は甘くないのかもしれない。そう警戒すると障子くんが私達に声をかけた。

「俺達も移動しよう」
「そうだね」

この訓練に絶対に勝つ。この世界で私の力がどのくらい通用するのかも確認しておきたかったから丁度いい。

スタート開始位置につき空を見上げる。深呼吸をしてスタート開始の合図を待つ。

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