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焦凍くんを見つけ、不要に近づくのは危険だから少し距離を取って着地した。が、着地した時に靴の裏と地面が擦れるジャリっという音が微かに出てその音を敏感に聞き取った焦凍くんが振り返ると同時に大量の氷を足元から出した。

あんなに僅かな音でも反応するなんてっ!

「2人とも焦凍くんとの戦闘に突入しました!暫く無線に反応できないかもっ…ひゃっ!」

襲ってくる氷を避けて2人に無線を入れているとそれを隙と見た焦凍くんが立て続けに氷を使って攻撃をしてくる。
インカムを強制的に終了させ、四大元素カードの一つである“火(ファイアリー)”で応戦する。

焦凍くんが凍らせては私が炎で溶かす。まるでイタチごっこだ。早めに終わらせないと私が先に倒れてしまう。焦凍くんは氷を出し続けても炎で体温調節が可能なんだから。緊張で背中に汗が伝う。

「いい加減諦めたらどうだ?」
「…何をかな?“撃(ショット)”!」

高速で動く丸い光の玉から魔力の弾丸が飛び出てくる。焦凍くんは何個か避けつつも氷壁でその弾丸を弾いていた。予測ができない弾丸については氷壁を作り出して躱している。

それならあのカードが使えるかもしれない。

「“矢(アロー)”!」

カードからは弓を持った少女が出てきて焦凍くんを目掛けて矢を放った。放たれた一本の矢は増殖して無数の矢となり焦凍くんを襲う。焦凍くんはそれを防ごうと大きな氷壁を一瞬で作り出した。その壁に向かって走り出し、小声で呪文を唱える。

氷を破壊するのではなく、通り抜ける!

「“抜(スルー)”」

私は捕獲テープを手に持ちひたすらに氷壁に突っ込む。抜のカードは物体を通り抜けることが出来る。つまりこの氷壁をも通り抜け出来る。冷たいのは嫌だがここはぐっと堪えて氷の中に入る。

これが焦凍くんに1番近い道!

全力で走り氷の中を抜けると暖かい空気が肌に触れ、目の前には驚いた表情の焦凍くんが司会いっぱいに映った。

「確保!」

私は勢いのまま焦凍くんに飛びつきそのまま捕獲テープを巻き付け、殺せなかった勢いのまま押し倒した。

「……っ!」
「痛っ、…捕まえたよ」
「…そうだな」

一瞬目を開きはしたものの微かに口の端を緩やかにあげ、目を細めて笑ってくれた。今は訓練中なんだという事をすっかり忘れ、やった。と笑うとインカムから梅雨ちゃんの声が聞こえた。

「佐倉、葉隠がまだ見当たらない」
「もしかしてそっちに行ってるのかも知れないわ」

そんな筈はないと火で周りの氷を溶かすとすぐ後ろで一際明るい声が聞こえた。

「柚華ちゃん確保ー!」
「嘘でしょ?!」

いつの間にこんなに近くにいたのだろうと考える隙もなくオールマイト先生の終了の合図がスピーカーから流れた。

「ま、負けた…」
「やったぜ!私達の勝ちだね!」
「そうだな」

透ちゃんに捕縛テープを外してもらい後ろを振り向くと建物しか見えなかった。訓練開始前は手袋とブーツが見えていたのにそれすらも見えない。と、いう事は今は本当の全裸という事になる。

「透ちゃん…強すぎる…」
「ほんと?私強い?!」

やったー!とはしゃぐ透ちゃんを尻目に焦凍くんに巻いたテープを外すと焦凍くんの暖かい手が私の頭の上に乗った。そのまま数回撫でて髪をひと房掬いあげた。流れるようなその動作に見入っていると焦凍くんが私を抱きかかえた。

「しょっ、焦凍くん?!降ろして!」
「柚華さん怪我してんだろ」

焦凍くんの腕は私の膝の裏と背中に回されており、所謂お姫様抱っこをされている状態だ。不安定な体制が怖くて焦凍くんの首に腕を回すと、クスっと笑われてしまった。
そしてちらりと膝を見てみるとそこは真っ赤な血が広がっていた。不思議な事に怪我を見てしまうとさっきまで痛くなかったものが痛く思えてくる。

「痛い…かも?」
「このまま移動するぞ」
「でも怖いし歩けるから大丈夫だよ」

そう言っても焦凍くんが聞いてくれるはずもなく、この恥ずかしい体制のまま皆が待っているモニタールームまで運ばれた。

モニタールームに着くと障子くんや梅雨ちゃん、それに飯田くんもいて私達が来るのを待っていたようだった。

「柚華ちゃん大丈夫?」
「大丈夫だよー見た目程痛くないし」
「んな怪我唾つけときゃ治んだろ!!それともてめぇはそんなにヤワなんか?あぁ?!」

ヤワではないと思うが焦凍くんが降ろしてくれないのだから仕方ないではないか。私はもうここに来るまでに散々透ちゃんに冷やかされたりもして、もう、今の状況を打破する事を諦めたのだ。

「それでは今回の訓練でのMVPは蛙吹くんだ」
「それはどうしてですか?」
「うむ。どうしてだと思う?」

すると百ちゃんが淡々と今回の出来具合や課題をわかりやすく説明していった。
要約すると、私は飯田くんとの戦いに時間をかけ過ぎ、障子くんはもう少し戦闘に参加すべきだったと。ただ梅雨ちゃんは状況を的確に判断して動いていた。という事だ。

「百ちゃんの分析といのか評価は過大も過小もなく的確だねー」
「そうだな」

焦凍くんの首に腕を回したままの状態で私が話しかけると焦凍くんは私を見て頷き同意してくれた。

その後他の生徒達も訓練をしてその日の授業は全て終了となった。私は焦凍くんに運ばれるままリカバリーガールの所に行き絆創膏を貼ってもらった。

教室に行く帰り道も抱えられそうになったがリカバリーガールが止めてくれて私はやっと自分の足で歩けるようになった。人魚が足を手に入れたようなそんな感覚に錯覚してしまう程に焦凍くんは頑なに私を歩かせようとはしなかったのだ。

「焦凍くんは心配性だね」
「前にハラハラさせられた事があるからな」
「あの時は申し訳ありません」

そんなくだらないような事を話しながら帰る事自体がなんだか新鮮で自然と笑みがでた。それは隣りを歩く彼も同じようで、たまに私を見る目はとても優しかった。

いつまで私は彼の、焦凍くんの隣に立てるのだろうか。いつからかふと疑問に思ってしまう。この幸せな空間も期限付きなのものなのだと、途方もない空虚が私の心を支配する。

「さよならまでのリミットか…」
「…何か言ったか?」

思っていた事が口に出ていたようだったが、小声で呟いていたようで焦凍くんには聞かれることはなかった。私は首を横に振ると焦凍くんは少し首を傾げたが納得してくれた。

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