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職場体験当日私はお家で焦凍くんを見送った後1人学校に登校していた。と言うのも今日と明日の午前は学校にて勉強する為である。あとの日程は皆と同じく職場体験をさせてもらうことになっている。

炎司さん、もといエンデヴァーさんのところでご厄介になる予定だ。昨日も私と焦凍くんに話かけて焦凍くんに覇道の道を見せてやる。と息巻いていた。焦凍くんはその事については何も反応しなかった。それはあの人が一つの成長した証でその事炎司さんは少し感づいていたようだった。

「来たな」
「よろしくお願い致します」

相澤先生とのマンツーマンで行われる授業はいつもの賑やかな教室とは違って、なんだか寂しく感じたのは私がここに慣れたからなのだろう。

それは次の日にも慣れずに、午前の終わりを迎えてしまった。黒板の前に立つ相澤先生はチャイムが鳴ると授業をやめて私の目を見た。

「佐倉、最後に聞くことがある」
「はい?」
「お前はヒーローになりたいのか?」

その質問は今の私には答えにくい質問だった。なりたいと心からは言えない。いつか自分のもといた世界に戻る人間だ。正直ヒーローにならなくても生きていける。炎司さんが私をヒーローにさせたいから私がここにいる。私の意思はそこにはない。

けれども…。

「私は私の周りで困っている人がいるなら助けたいし、手を差し伸べたい。それをするのにヒーローの資格がいるなら私はそれを取りたい」

ただ、それだけだ。

焦凍くんにヒーローと言ってもらえて嬉しかった。小狼くん達と旅した時に沢山の人の笑顔を見れて嬉しかった。だから人助けをしたい。それが私を動かす原料だ。

「…そうか」
「いけませんか?」
「ヒーローになりたい理由なんて人それぞれだろ」

それだけ言うと先生は扉を開けて出ていってしまった。私はと言うと教科書など片付けて戦闘服が入っているケースを持ち教室を出て炎司さんが構えている事務所に向かった。


本当は空を飛んでいきたかったがそれはダメだと前に焦凍くんに言われた為普通に公共機関で移動した。炎司さんが構えている事務所は予想通り大きな建物でここに入るのに気後れしてしまう。

「よしっ」

深呼吸を数回して気合を入れて中に入る。
太陽はもう傾いていた。

中に入ると受付のお姉さんがニコニコと笑いながら案内してくれて、無事に焦凍くんと炎司さんに合流することが出来た。

「遅れましたが、本日より職場体験させて頂きます。よろしくお願い致します」
「うむ。先ずは着替えて来い。その後に保須市に行く」
「わかりました」

炎司さんのところまで案内してくれたお姉さんに更衣室まで案内してもらい着替え終え、焦凍くん達が待っている部屋まで戻ると炎司さんが部下の人達に何かを伝えていたが私の距離からだと何も聞こえなかった。

焦凍くんの隣に立ち、彼を見るとひたすらに真っ直ぐに炎司さんを見ていた。多分ヒーローとしての仕事ぶりを余すことなく見て、学んでいるんだと思う。

邪魔しないように端に寄ってようかな。

適当な壁に寄ろうと焦凍くんの隣から移動しようとすると、彼の熱い手が私の手に触れた。いや触れたのではなく掴まれた。

「…焦凍くん?」

小声で話しかけると彼は私の手を掴んでいる手に力を入れた。彼は私を見ることなく真っ直ぐ炎司さん達のやり取りを見ている。

もしかして焦凍くんは私に此処にいろって言っているのだろうか。

私は焦凍くんの隣にまた並び前を見据えると、掴まれていた手は緩やかに離れていった。それが寂しく思えた。

「行くぞ。パトロールだ」
「あぁ」
「はい」

私達はヒーロー殺しが出た保須市にまた被害者が出るとエンデヴァーが判断して私達学生2人と、エンデヴァーさんと相棒“サイドキック”が保須に向かった。


着いた頃には空は暗くなっていたが、夜独特の騒がしさではなく、異常な騒がしさが街を包んでいた。

この胸騒ぎはなんなの?

「行くぞ!焦凍!俺の背中を見ておけ!俺がヒーローとは何なのかを教えてやる!!」

エンデヴァーさんは焦凍くんがいるからか分からないがとても張り切って走り出した。私達も置いて行かれないようにと走り出すと、ポケットに入っているiPhoneが小刻み揺れた。

なんだろう。

立ち止まりポケットから取り出し内容を確認すると緑谷くんから皆に向けた一斉送信だった。

「なんで、現在地だけ送られてきたんだろう」

そう思ったのは私だけではないようで隣にいる焦凍くんもiPhone片手に固まっていた。

「焦凍ー!!スマホじゃない!俺を見ろォ!!」

焦凍くんはエンデヴァーさんの言葉には耳を傾けずに画面を見つめて、何か閃いたようでくるりと踵を返して走り出した。

「焦凍くん?!」
「柚華さんも来い!」

その声につられて走り出すと当然エンデヴァーさんは何事だと大声を出した。焦凍くんは振り返ることなく緑谷くんから送られてきた住所を言った。

「そっちは任せた。あんたならすぐに片付くだろ。それとプロヒーローの応援を頼む。友達が危ねぇかもしれねえ」
「私も行ってきます!」

私は1度立ち止まって振り返りそう伝えるとエンデヴァーさんは頷いていた。
さっきの焦凍くんの言葉はエンデヴァーさんに対する信頼の言葉。父親としては兎も角ヒーローとしてエンデヴァーさんは焦凍くんに信頼されている。だからエンデヴァーさんは行かせてくれたんだと思う。エンデヴァーさんだって焦凍くんを信頼してるから。

「行くぞ!」
「はい!」

緑谷くんが待っている場所に走り続けるとほの暗い裏路地にたどり着いた。そこには見知らぬプロヒーローと緑谷くんが地面に伏せて倒れていてボロボロの状態の飯田くんが刃物を持ったひょろ長い男の人に切りつけられそうになっていた。

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