「焦凍くん!右!」
ヒーロー殺しは炎を避けて右側の氷に足をつけて刀で焦凍くんを切りつけようとした。
「させない!」
ヒーロー殺しに剣を振り下ろすがそれを躱してヒーロー殺しは遠くへ飛び退けた。焦凍くんは鋭く尖った氷を何本もランダムで出すが全て躱されてしまう。それでもそれを見越してヒーロー殺しが氷と氷の間にするように誘導して、高熱の炎を放つがそれも避けられてしまう。
「氷と炎。言われた事ないか?」
「なんでこれが避けられるんだよっ!」
焦凍くんが放った高熱を躱したヒーロー殺しが目にも留まらぬ速さで焦凍くんに近づき刀を振るう。
「焦凍くん危ない!!」
「個性にかまけて挙動が大雑把だと」
「轟くん!!」
私は咄嗟に2人の間に入り、焦凍くんが怪我をしないようにと、斬られないようにとヒーロー殺しに背を向けて焦凍くんに抱きついた。
「柚華さん!?」
直後に来るであろう激痛に備えて目をぎゅっと瞑ると、確かに痛みはやって来た。が、それは予想よりも痛くなく、皮膚が裂ける鈍い痛みだけだった。
「レシプロバースト!!」
飯田くんにかけられていたヒーロー殺しの個性が切れて、刀を折ってくれたからだった。いつの間にかヒーロー殺しは私達から距離を置いて立っていた。
「飯田くん?!」
「飯田解けたのか!案外大した事ねえ個性だな」
「3人とも、関係ないことで申し訳ない」
「また…そんな事を」
「だからもう3人にこれ以上血を流させるわけにはいかない!」
飯田くんは伏せていた顔をあげてそう宣言していたがその顔は私には苦しそうに見えた。きっと後悔と、悔しさと、やりきれなさ。いろんな感情が飯田くんの中にあってどれ一つ消化できてなくて、それでも前に進む為に立ち上がったのだろう。
よかった。いつかの焦凍くんみたいな顔じゃなくなってる。
ホッと胸を撫で下ろしていると後頭部に冷たさを感じる手を回され、引き寄せられた。
「柚華さん…後で話がある」
焦凍くんが私の耳元で低い小声で話しかけた。誰にも聞こえない、私にしか聞こえない声量だったのに、私を一瞬萎縮させるには十分だった。
怒られるかもしれない。
「感化され取り繕うとも無駄だ。人間の本質はそう易々とは変わらない。お前は私欲を優先させる贋物にしかならない。ヒーローを歪ませる社会の癌だ。誰かが正さねばならないんだ」
その言葉に私は頭に回された手を解きヒーロー殺しに向き合う為に振り向いた。
「そんわけがない。人は変わっていける、だから学びあって努力するのよ!未来がどうなるかなんて分からないでしょうが!!」
「佐倉くん…」
「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳かすな」
飯田くんはヒーロー殺しの言う通りだと、自分にはヒーローの資格がないと言った。
「それでも折れる訳にはいかない。俺が折れればインゲニウムは死んでしまう」
「論外」
ばっさり切り捨てたヒーロー殺しの目は殺意しかなく、次の動きに入っていた。それを刹那に感じ取った焦凍くんが私と飯田くんを押しのけて左の炎で応戦する。
私は戦闘服のスカートを脱いだ。巻きスカートになっていて後ろのリボンを解けば、すぐに脱げて動きやすいホットパンツだけの状態になる。
「“跳(ジャンプ)”!」
細剣を片手に高く飛んだ。焦凍くんが出してる高熱はあくまでも牽制でヒーロー殺しの所までは届いていない。私はヒーロー殺しに向かって頭上から剣を振り翳すが、ヒーロー殺しがナイフを飛ばしてそれを避けた隙に刀で斬りかかってきた。
「くっ!」
「お前もいい」
空中で一瞬の攻防をするも逃れられてしまった。せめて刀だけでもと思ったが、ヒーロー殺しは壁から壁へと氷を壊し、炎を避けながら飯田くんともう1人のヒーローに近づいている。ヒーロー殺しがいた壁を蹴りもう1度接近する。
「轟くん!温度の調整は可能なのか?!」
「左はまだ慣れねえ!なんでだ?!」
「俺の足を凍らせてくれ!排気筒は塞がずにな!」
焦凍くんは一瞬だけ渋った顔をした。きっとそれは両方の個性を同時に使う事が出来ないから。氷を使っているその一瞬は丸腰同然だ。
ヒーロー殺しは焦凍くんにナイフを投げつけるがそれは飯田くんが腕を伸ばした事で防がれた。しかしヒーロー殺しはそんな飯田くんを好都合と見て更にもう1本のナイフを飯田くんの腕を地面に貫通させ動けなくした。
「飯田!!」
「いいから早く!」
「っ!焦凍くん!10秒!私が時間稼ぎをする!」
「…っ、頼んだ!」
縦横無尽に飛び回るヒーロー殺しを地面や壁を蹴り跳びながら何度も攻撃をして何本かヒーロー殺しの持っている刃物を破壊するが暗器が次から次へと出てくる。
「次こそ!」
地面に着地して飛び上がった瞬間に体が動けなくなった。ヒーロー殺しが私の血液を舐めたからだ。どこを怪我したのかと考える前に右腕に鈍い痛みが走る。擦り傷のような怪我だがそれでも効果があるようだ。
「クソ!柚華さん!!」
自身の意思で支配できない体が地面に向かって落ちていく。それでも出来ることはまだある筈だ。
私の横を飛んで行った飯田くんを横目に見て、真上にいるヒーロー殺しを見た。
動きを止めるくらいなら今の私にも出来る!
「風よ戒めの鎖となれ“風(ウィンディー)”!」
風がヒーロー殺しの動きを止めたその瞬間、飯田くんと緑谷くんの渾身の一発が決まった。
「よしっ!」
「柚華さん!!」
瞬間暖かいものに体が包まれたと同時に衝撃が来た。顔に冷たい汗が落ちて、少しだけ荒い息がかかる。
「お前を倒そう今度は犯罪者として」
「たたみかけろ!」
「ヒーローとして!!」
たたみかけろと間近で聞こえた声は緊迫と緊張で張り詰めたような焦凍くんの声だった。
焦凍くんがキャッチしてくれたのか。
彼の冷たい腕が私の背中から肩に回され、目の前で伸ばされた腕からは高熱の炎を出していた。炎の行先を目線だけで辿ると飯田くんによって行動不能とされたヒーロー殺しに浴びせていた。
焦凍くんが落ちてくる2人を氷で受け止めて坂を作り自分の方に滑らせる。思惑通りに滑ってきた2人は頭を氷壁にぶつけて悶絶するが焦凍くんが立て!と一喝した。
「まだ奴は!」
ヒーロー殺しは焦凍くんが作った氷の柱の上で気絶をしていた。
「流石に気絶してる…っぽい」
「じゃあ、拘束して通りに出よう。なにか縛れるもんは…」
「念の為武器は全部外しておこう」
「そうだなっと、柚華さん動けるか?」
声をかけてくれた焦凍くんに苦笑いするとゆっくりと抱き上げられ飯田くんの隣に降ろされた。
「少し待ってろ。飯田、頼んだ」
「あ、あぁ。しかし君は大丈夫なのか?」
お前よりずっとマシだと言って緑谷くんと一緒にロープを探しに行った。さて、何を話そうかと考えていると、飯田くんが暗い顔で謝ってきた。
「佐倉くん、関係ないことで怪我をさせてしまった。本当に申し訳ない」
「…人を助けるのは当たり前の事なんだよ、私の中では」
「当たり前…か」
そういった飯田くんの顔は辛そうで悲しそうに見えた。けれど私は何か言うつもりはない。これは飯田くんが乗り越えるべき壁だ。私利私欲の為に力を振るうのは敵(ヴィラン)と変わらない。ヒーローは対敵に対して暴力を振るっていいと言われている。人が人を傷をつけていい権利を得ている訳だ。これがどういう事なのか、飯田くんが今回の事で学ぶべきものだ。
「飯田くん、ヒーローって難しいね」
「そう、ですね」
震える飯田くんの体をどうすることも出来ない。やっと動くようになってきた体で飯田くんの手に触れて心の中で何度も何度も、頑張れ。を送った。
ちゃんと伝わりますように。
「2人が戻って来た」
ロープを持ってきた2人はヒーロー殺しの暗器を体から外して、ヒーロー殺しの腕を後ろに回してロープで頑丈に巻いた。その様子を見ていた飯田くんが立ち上がり焦凍くんに近づいた。
「轟くんやはり俺が引く」
「お前腕ぐちゃぐちゃだろ」
座りながらその様子を見ていたら焦凍くんと目が合った。よく見たら何か口を動かしているようだった。なんで口を動かしているのか分からなくて首を傾げているとため息をついた焦凍くんが、飯田くんにロープを持たせて小走りで近寄ってきた。
「まだ動けねえんだろ。そこで待ってろ」
「あ、うん」
そうか待ってろって言ってたのか。
飯田くんからロープを返してもらいすたすたと歩いていく焦凍くんに緑谷くんと飯田くん、それに緑谷くんを背負っているプロヒーローまでもが心配そうにちらちらと交互に私たちを見ていた。
数分も経たないうちに通りの方で知らない人達の声が聞こえてきた。きっとエンデヴァーさんに言われて来たプロヒーロー達だろう。もうすぐ焦凍くんが来ると思って待っていると、知らないプロヒーローが私のところに来た。
「動けないのかい?余り傷はないようだが」
「ヒーロー殺しの個性で今体を動かせなくて」
そう言うとプロヒーローは私の背中と膝裏に腕を回して抱き上げる。突然の不安定の体制に怖くなりプロヒーローの首に腕を回すと、クスクスと控えめに笑う声が耳元で聞こえ急に恥ずかしくなった。
顔の熱が取れぬまま焦凍くん達が集まっているところに着くと翼を生やした人らしき何かが緑谷くんを掴み飛んでいってしまった。
「緑谷!」
「緑谷くん!」
勢いよく飛んでいく敵を捕まえようと鍵を取り出すとロープで巻かれていた筈のヒーロー殺しが隠し持っていた暗器でロープを解き、動かなくなった敵に向かって走っていった。
「贋物が蔓延るこの社会も、悪戯に力を振りまく犯罪者も、粛清対象だァ」
そう言いながら翼の生えた敵を無力化していた。
「全ては正しき社会の為に」
強く叫ぶヒーロー殺しにヒーロー殺しが動揺していると後方からエンデヴァーさんの声が聞こえた。
「何故ひとかたまりで突っ立っている。こちらに敵が逃げてきた筈だが…あの男はまさかの」
ヒーロー殺しの姿を見た途端エンデヴァーさんは生き生きとした顔で焦凍くんの炎とは比べ物にならない程の高熱の炎を片手に纏わせだが、小さいお爺さんが何かを感じ取って攻撃するのをやめさせた。
「贋物ォ、正さねば、誰かが血に染まらねば、ヒーローを取り戻さねば!来い、来てみろ贋物共!俺を殺してもいいのは本物のヒーロー、オールマイトだけだ!!」
ヒーロー殺しの信念、信条、理想、執念、執着、意志、それらの物がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさったものが強烈で純粋な威圧感として私達に降りかかる。誰も血なんか舐められてないのに動けない。一歩でも動くと瞬時に殺されるかもしれない。そんな恐怖に襲われる中、カランと軽い金属の音がした。その音に意識を取り戻しヒーロー殺しを見ると、白目を向いてただ立っていた。
「気絶してるのか…?」
彼の意志と呼ぶには生易しいそれらを世間はどう評価するのだろうか。この場でただ1人敵に立ち向かっていた彼は一体世の中にどれ程の影響を与えるのだろうか。
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