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路地裏の件から一晩明け、私は轟家にいた。と言うのは私は軽傷だった為、病院で診てもらわなくても大丈夫だったからだ。それに保険証がないから病院には行けないのだ。
それでも話があるからと警察から電話が入り病院に行くことになった。昨日の話を聞かれるのだろう。少々痛む体を動かして同中で3人のお見舞い用の花を買い病院に着き、入院してる部屋の前に立ち、目の前の扉に2回ノックして入ると病衣に身を包んでいる3人が私を見て様々な反応をしていた。

「お見舞いに来たよ」
「佐倉さん、なんでここに?職場体験は…」
「今日は警察の人から連絡があって病院来るようにって言われたから」

けしてサボっているわけではないと言うと、緑谷くんと飯田くんがホッと胸をなでおろしていた。
私は買ってきた花束をそれぞれに渡して、焦凍くんが使っているベッドの横にある椅子に座ると、焦凍くんと目が合った。

「怪我、大丈夫なのか?」
「うん。動かすと少し痛いくらいで皆より随分マシだよ」
「そうか」

それよりも昨日言っていた話とは何だろうと思い話しかけようとしたが、それよりも前に病室の扉が開いた。

「おー、起きてるな怪我人共」
「グラントリノさん」

小さなご老人ともう1人のプロヒーローがそこに立っていた。そしてその人達から紹介される形で大きな犬の顔した男の人が入ってきた。

保須警察署長の面構さんに皆がかけていた腰をあげて立ち上がったが、緑谷くんは足を怪我しているためにゆっくりとベッドの上で移動していると面構署長がそれを止めた。

「あぁ、掛けたままで結構だわん」

わ、ん…?なにその可愛い語尾は。
それになんで署長がここにいるんだろうか。

「君たちが昨日ヒーロー殺しを仕留めた雄英生だわんね?」
「…はい」
「逮捕したヒーロー殺しは火傷に骨折と中々重症で、現在厳戒態勢の下治療中だわん」

署長はヒーローの成り立ち、資格未取得者が個性を例え敵であっても使用するというのはどういう事なのか、更に指導者の監督不行届を裁かなければないと、淡々と口にしていた。

資格という確かなものがなければ人を力で助ける事が出来ない。そういう世界なのだと、改めて実感した。

焦凍くんが納得出来ずに署長に噛み付いたが、署長は少したま息を吐いた。

「だから君は卵だわん。全くいい教育をしてるだわんね、雄英もエンデヴァーも」
「っ、この犬!」

自身の教育現場を馬鹿にされたと憤った焦凍くんが苛立ちを隠すことなく大股で署長に近づいて行くので、落ち着いてもらおうと焦凍くんの腕を掴んで止めた。

「以上が警察からの公式見解」

署長はあくまでもこの事件を公表したら私達に罰を与えなければならない。しかし、傷跡からエンデヴァーが功労者として公表したら、世論からの私たちに対する賞賛はなくなるけど罰を与えなくてよくなる。

「1人の人間としては前途ある若者たちの偉大なる過ちにケチつけたくないんだわん」

署長は親指を立てた握り拳をぐいっと前に出してそう言ってくれた。私達はよろしくお願いしますと頭を下げると署長も頭を下げた。

「共に平和を守る人間として、ありがとう」
「最初から言ってくださいよ」

気まずそうにそう言う焦凍くんが少しだけ可愛く見えた。

その後3人は病室から出て行き、緑谷くんも出て行ってしまった。その後ろ姿を見送り、私は焦凍くんに聞きたかった事を聞くために腕を引っ張ると、今度は先生が入って来た。

何ともタイミングの悪い…。

先生は飯田くんに近づいて診察を始めた。それを見て部外者がいてはなんだろうと思い、出ていこうとするが飯田くんが、いてくれて大丈夫だ。と言ってくれたので甘んじてこの場にいることにした。4人の中で1番重症だった彼を心配していたのだ。

淡々と先生の口から話される内容に顔が歪む。後遺症が残るその手は手術をすれば治ると言っていたが、飯田くんは静かに首を横に降った。先生はその様子を見て静かに笑うと立ち上がって出ていった。

緑谷くんが戻ってきて飯田くんの診察内容を伝えると緑谷くんはぐっと何かを堪えたような表情を一瞬した。

「俺が本物のヒーローになれるまでこの左手の後遺症は残そうと思う」
「飯田…」
「飯田くん、僕も同じだ。一緒に、強くなろうね」

2人の友情の結びつきが強くなった、それを見て焦凍くんが申し訳なさそうな顔をした。自分の手を見つめて動かなくなった焦凍くんに声をかけると、絞り出したような声で謝った。

「なんか、悪い」
「え?何が?」
「どうしたの?」
「俺が関わると手がダメみてえな感じになってる…呪いか?」

2人の怪我は焦凍くんの所為ではないし、絶対に呪いな訳がないんだけど、それを私が言う前に2人が大声で笑い出した。

「ははは!轟くんも冗談言ったりするんだねえ」
「冗談じゃねえ!ハンドクラッシャー的存在に…」
「ハンドクラッシャーっ!!」

あまりにも天然な発言に込み上げてくる笑いを耐えることが出来なくて、声に出して笑ってしまった。

私達の笑いが落ち着いた頃また病室の扉が開いた。
今日はやけに人が出入りするなと後ろを振り返ると先程とは違う先生が立っていた。

「轟くんだね」
「はい」
「君の怪我は比較的軽傷だったから、夕方にもう1度診察して何事もなかったら退院してもいいからね」

人当たりのいい笑みを浮かべた先生はそれだけ言うと部屋から出て行った。
もう退院出来るのかと焦凍くんに、良かったね。と伝えるとゆっくり笑ってくれた。

「あぁ」
「轟くん、退院よかったね!」
「後は緑谷くんだけだな」

苦笑いをしている緑谷くんを見て、私に苦笑いが移ってしまった。
長時間ここにいるのもはばかられるので夕方に焦凍くんを迎えに来ようと立ち上がった。

「そしたら今日は帰るね」
「え?もうですか?」
「うん、長居するのも申し訳ないからね。焦凍くん、退院するなら教えてね」

私は扉の取手に手をかけ、後ろに振り返りそう言うと焦凍くんが立ち上がって私の方に歩き出してきた。

「送る」
「別にいいのに」

私の腰に手を回してさり気なく私を押して歩くことを促した。それに逆らうことなく足を前に出して病室から出た。パタンと扉が閉まる音がしたら、腰に回されていた手が離れていった。

「…行くぞ」
「うん」

昨日の話とは何なのだろうか、と彼に聞きたいが今日のこの調子だとまた誰かに邪魔されてしまいそうだったので、口を噤んだ。

エレベーターの前に立ち上がってくるのを待つ。平日の昼間とあり周りに人があんまりいなくて、まるでここの空間には焦凍くんと私しかいないのではないかと、錯覚してしまう。

緊張…してる。

心臓がいつもより大きく音を立てている。いつもと同じなのに、どうして今日はこんなにも緊張してるのだろうか。隣に立つ彼の顔が見れない。

エレベーターが到着し扉が開いたので中に乗り込む。私達以外に入る人がいなくてこれだったら話せるかもしれないと、思って乗り込んだ。
扉が閉まると同時に背中に暖かい温もりを感じた。左右で体温が違う焦凍くんの腕が私の体を抱きしめる。突然の事に一瞬頭がついていけなくなる。

「しょう、とくん?」
「…よかった」

絞り出すような声でそう言うと焦凍くんは私の存在を確かめるように強く抱きしめた。その腕に手を当てるとピクリと一瞬焦凍くんの肩が跳ねたような気がした。

「大丈夫だよ、私は大丈夫だよ」
「ん。俺を庇った時心臓が止まった」
「ごめんね」

焦凍くんの顔を見ようともぞもぞと体を動かすと、腕の拘束が少しだけ弱まった。私は焦凍くんと向き合って彼の背中に腕を伸ばした。
きっと、私が感じていた緊張も同じものだ。

安堵。ヒーロー殺しに殺されないでよかった。生きていてくれてよかった。

背中に回した手に力が入る。それは焦凍くんも同じで体が痛いほどの力で抱きしめている。

「柚華さん…」
「焦凍く、ん」

切なげに呼ばれた名前に顔を上げると、きゅっと眉を寄せ、声色と同じく切なげな色違いな瞳が私を見つめていた。揺れる瞳の奥は熱を帯びている。近づく焦凍くんの顔に私はゆっくりと目を閉じた。

リップ音と共に頬に熱を感じた。そしてエレベーターが、一階です。と機械音で目的の階を教えてくれた。パッと目を開けて焦凍くんを見ると少し悔しそうな顔をしていた。けれど私はそれどころの話ではなかった。

キス、されると思った。してくれる、と思った…けど勘違いだった…。

恥ずかしさに顔に熱が上る。私は焦凍くんの顔も見ないで脱兎の如くエレベーターから逃げ出して、焦凍くんの制止の声も聞かないまま病院を出た。

恥ずかしい!ひたすらに恥ずかしい!焦凍くんに合わせる顔がない!

この数時間後私は病室でのやり取りを後悔することになる。

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