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四月一日くんが学校から落ちた次の日、私は1人で学校に向かった。
理由としてはあんな事されて恥ずかしいのと、好きだって言ってくれて嬉しかったのと、これからどうすべきなのかを1人で考える為だ。

私は焦凍くんと一緒にいたい。この先何があっても彼を守っていきたいと思う。でも、いつまでも一緒にいれるわけではないのも分かってる。彼はその事を考えて私にそう言ったのだろうか。

…もし違ったら、もしそんな事考えてなかったら。

私への想いはなくなるのだろうか。あの人のあの優しい目は、あの人の心地いい手の温もりは違う人のものになってしまうのだろうか。

それは…。

「嫌だなぁ…」
「何がだ?」
「っ!」

真後ろから聞こえた自分以外の声に心臓が大きく何度も跳ねる。バグバクと鳴る心音が収まるようにと胸に手を当てて深呼吸をした。

「悪い、驚かせたな」
「そ、だね」

早くに家を出たが追いつかれてしまったのだろうか。iPhoneを取り出し画面を明るくさせ時間を見るが、いつもよりも早い時間帯だった。という事は焦凍くんは私が家を早めに出たことを知り、慌てて追いかけてきたのだろうか。

落ち着いたはずの心臓がまた騒ぎ出す。

「なんで先に行くんだ?」
「1人で考え事がしたくて」
「俺には相談出来ないことなのか?」

こくりと頷くと少しだけ声のトーンを落として、そうか。と一言だけ呟いた。握り拳を作り力強く握るとするりと温かい手が私の手を包んだ。

「俺の所為か?」
「違うよ。私が我儘だからだよ」

そうだ、私の我儘だ。焦凍くんの気持ちを知り、温もりを知り優しさを知って、手放さなきゃいけないのに誰かに取られたくなくて自分のものにしたくて、答えを出さないでいる。彼を想うなら答えは一つだ。彼の気持ちには答えない。

最初はただの興味だった。炎司さんを憎み見返す為に一番になろうとする彼が私には可哀想に見えて、そんな彼が自分の夢を追いかけると言った時、私はその夢に興味を持った。そして見届けたいと思った。

でも、焦凍くんに向ける気持ちの中でいつの間にか彼への好意が芽生え始めた。

「焦凍くんは…真っ直ぐだね」
「何がだ?」
「気持ちが、だよ」

私とは違う。純粋な気持ちが昨日の口付けの時も今も握られてる手から伝わってくる。私を見つめる目が好きだと伝えてくる。

拳を作ったまま解こうとしない私の手の甲を焦凍くんが親指で何度もするりと撫でる。

…手放そう。早くに伝えた方がいい。いつまでも考えて期待させて傷をつけるよりはずっといい。

「焦凍くん、昨日の…」
「焦るな、ゆっくりでいい。俺は柚華さんの本当の気持ちが知りたい」

でも、それだと焦凍くんが辛いだけではないか。そう言うよりも早く焦凍くんは拳を握っていた手を持ち上げて剥き出しの私の手首に噛み付いた。

「…っ!」
「けど、その間何もしねえわけじゃねえからな」
「な、な…!」
「柚華、覚悟しろよ」

口の端をあげて揶揄するように笑う焦凍くんに一瞬心臓が高鳴った。

焦凍くんは私から手を離して1人で学校に行ってしまった。残された私はと言うと熱を孕んだ頬を冷ますために両手で挟み項垂れた。

「聞いてないよ、ゆっくりでいいって言ったのに…」

熱を冷ますためにゆっくりと歩いて校舎に入ったが熱は冷めずに梅雨ちゃんに心配されてしまった。

「ケロ?柚華ちゃん風邪でもひいたのかしら?」
「そういう訳じゃないんだけど…」

無意識に深い溜息を吐くと梅雨ちゃんは小首をかしげながら人差し指を口元に当て、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

「大丈夫だよ」
「…恋煩いかしら?」
「ひっ!…梅雨ちゃんてエスパーさんかなにかなの?」
「柚華ちゃんはわかりやすいもの。貴方達の事情も知ってるし良かったら相談して」

そう言って笑う梅雨ちゃんが天使に見えてぎゅうっと思いっきり抱きついた。

「梅雨ちゃん大好き!」
「私も大好きよ」

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