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「そう、そんなことがあったの」
「うん…」

昼休みと言う長い時間の休憩時間中に梅雨ちゃんに相談しようとお昼に誘い、メシ処の一角で思いの丈を零した。全部そのまま伝える事は出来ないので全体をぼかしながら相談すると梅雨ちゃんは親身になって聞いてくれた。

お昼時で周りが騒がしくて助かった。こんな恥ずかしい悩みを誰かに聞かれでもしたら、恥ずかしくて学校に来れなくなってしまう。

「それで、柚華ちゃんはどうしたいの?」
「気持ちは、嬉しかった。けど私はいつかいなくなる人間だから…」
「気持ちは受け取れないかしら」

うん。首をゆっくり縦に振ると梅雨ちゃんは悩ましいわね。と困った顔で笑った。

「轟ちゃんも考えて出した結論だと思うわよ」
「そう…かな、あの子は感情に素直だから、それが表情に出ないだけで」

焦凍くんはとても素直な子だ。でも今まで見返す為、悪く言えば復讐する為に生きてきたようなものだ、恋だとか愛だとかそんな事にかまけている暇はなかったはず。

それって、私への想いを勘違いしてる可能性だってあるんじゃないんだろうか。

「たまたま一番近くにいる異性が私だったから勘違いしてるとか」
「流石にそこまで轟ちゃんは馬鹿じゃないと思うけど、今迄の事を考えるとなくはないわね」
「そうだよね」
「ショック、かしら?」

私はショックを受けているんだろう。胸にぽっかりと穴が空いて、締め付けられて苦しい。焦凍くんに触れられている時のような苦しさとはまた違う、握り潰されそうな苦しさだ。
勝手に舞い上がって勝手に落ち込んで、なんて醜いのだろう。恋とはこんなにも人の心を支配するものだと知らなかった。

「恋って難しいんだね」
「ケロっ、世の中簡単なことのほうが少ないわ」
「ははっ。そうだね」

熱くなる目頭に涙を流さないように上を向きなんとか堪える。目の上に腕を起きなんともないように声を出した。

「あーあ、期末テストどころじゃない気がしてきたよ」
「どれもしっかりしなきゃいけないわね」

そう言った梅雨ちゃんの表情は分からなかった。


午後のヒーロー学は実技だったので更衣室で着替えてるとお茶子ちゃんが悲しそうな声を出した。

「柚華ちゃんその傷跡…」
「それってあの時の対価ってやつ?」

あんまり目に入らないようにと気をつけて着替えているつもりが、見られてしまった。背中にあるから自分からは見えないが、お茶子ちゃん達の反応を見る限りあまりいいものではないらしい。

「うん、そうだね」
「彼はもう大丈夫なんですの?」
「わからないんだ、連絡とってないから」

あれからというもの、なんの音沙汰もないのだ。あの時黒板に映像を映していたのは“幻(イリュージョン)”だった。どうして勝手に動き出したかはわからないがあのカード以外にあんな映像を私に見せることは出来ないから、誰かが勝手にカードを使ったか、カードが自発的に動いたか…、恐らく後者だろう。

「でもね、侑子さんがついてるから大丈夫だよ」
「誰かいるなら大丈夫だよね!」
「それにしても、あの女の子の体質ってどうにかならないの?」

それこそあの女の人にお願いすれば!と透ちゃんが言うと百ちゃんが私に質問した。

「もしお願いするとしたら対価はどうなるんですの?」
「多分だけど、願った人の一生分の幸せ、じゃないかな?それでも足りないと思うけど」
「そんなっ」

ひまわりちゃん自身治したいとかって思ってるわけじゃないから、実際どうなのかはわからないが、私が考えられる対価はそれしかなかった。

「でも四月一日くんは願いを叶えてもらおうとは思ってないと思うよ」
「なんで?好きなんでしょ?」
「好きだから、相手が望まない事をしたくないんだと思うよ。泣かせたくないって言ってたし」

三奈ちゃんは頭の後ろで腕を交差させて納得がいかないような顔で口を尖らせた。

「私だったら何とかして治してあげたいけどなぁ」
「うーん。その気持ちは分からんくはないかも」

出来ることなら何とかしてあげたい。好きな人の事なら殊更そう思うのは当たり前だと思う。だけど四月一日くんみたいに好きな人の為に何もしないって言うのも一つの愛の形なのだろう。

「色んな愛の形があるんだねぇ」

着替え終わり更衣室から出ると丁度隣の男子更衣室から焦凍くんが出て来た。思いっきり目が合い、逸らしにくくなった。
お互い逸らさずに見つめ合ってると、お茶子ちゃんに話しかけられた。

「2人ともなにしとるん?」
「目を逸らしたら負けな気がしてきて」
「いやいや!負けないよ?!」

お茶子ちゃんの呆れた様な声にダメージを受けてやっと目を逸らした。朝ぶりにちゃんと見る焦凍くんはいつもと同じような感情の読みにくい表情で、安心した。

あの時噛みつかれた手首をそっと撫でるとぎゅっと胸が締め付けられた。前を歩く焦凍くんを見てると触れられてもいないのに、頬に熱が集まる。

これはダメだ。他の事に集中出来なくなる。

焦凍くんには悪いが少なくとも期末テストが終わるまでは焦凍くんの事を考えないようにする。
期末テストに備えて準備をする。

私はなるべく焦凍くんを意識しないようにする事を決意して、両手で拳を作り力強く握った。

「なにしてるんですの?」
「期末テストを頑張って乗り切ろうって決意」

そう言うと三奈ちゃんが、頑張ろー!おー!と便乗して高らかに握り拳を上げていた。

今日の実習練習は災害救助訓練で半分に分かれて、探す側と、重軽傷者に分かれて訓練をした。私は緑谷くんと一緒に怪我をした側の人間となり、今にも崩れそうなビルの中で救助が来るのを待っていた。

「そう言えばね、お礼を言いたいの」
「なんのですか?」
「敬語じゃなくていいよ。焦凍くんのね事なんだけど…ありがとう、貴方のお陰で彼は変われたよ」

緑谷くんは勢いよく首を横に振り、真剣な顔して違うと否定した。どうしてなのか意味がわからず、首を傾げると、緑谷くんは恥ずかしそうに頬を赤らめ、ゆっくりと話し出した。

「えっと、轟くん保須の病院で言ってたんです。自分の夢を気づかせてくれた奴らがいるって、だからそいつ等に劣らねえように頑張りてえって」
「…っ、」
「だから僕だけじゃなくて佐倉さんも轟くんの助けになったんだと思いま…うよ」

届いてないと思っていた言葉は、ちゃんと彼に届いていたのかも知れない。それだけでも嬉しくて自然と顔が綻びる。

「2人は付き合ってるん…の?」
「へ?えっとね、付き合ってはないよ」

お互いの気持ちをお互いが知っているが付き合ってるわけてはない。そもそも付き合おうだとかって言われたことも無い。

「そうなの?!てっきり付き合ってるんだと…」
「どうして?」
「…轟くんの目が違うんです。あんなに優しい表情をする人だとは思わなかったくらいに」

顔を真っ赤にして話す緑谷くんはきっと、こういう話題に慣れていないのだろう。悪いことをしてしまったと思うが、緑谷くんの話を聞いて私まで照れてしまう。

「おーい!誰かいますかぁー?」
「!、助けてくださーい!」

助けに来てくれた赤い髪をした男気全開のヒーローは私たちの顔を見て、首を傾げた。

「なんで、そんなに顔赤いんだ?」
「何でもないよ、切島くん」

焦凍くんがいない所でもこんなに顔を赤くしてたら意味がない。緑谷くんの話を聞けてよかった、と思うのと同時に聞かなきゃ良かったと後悔した。

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