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焦凍くんに成る可く近づかない、焦凍くんの事を成る可く考えない。期末テストが終わるまでの期間そう決意して、筆記テスト3日間を乗り越えた。

いきなり素っ気なくなるのも如何なものかと思い、テストが終わるまでは勉強に集中したいと焦凍くんに伝えると、あまりいい顔はしなかったがそれでも納得してくれた。冬美さんにも頼み勉強の時間を多くもらったが、焦凍くんはいつもと同じ生活リズムで勉強しているのか気になったが、上鳴くんにかけた言葉を思い出して心配するのをやめた。

授業受けてりゃ赤点なんて取らねえだろ。か…。

それが出来ないから勉強するんだけどなぁ。

百ちゃんにありがとう、と全力で感謝してる上鳴くんと三奈ちゃんがプリントを集めてる時にちらりと見えた。

先生にプリントを渡し終えて席に戻ると砂藤くんがげんなりした顔で、後ろに振り返った。

「佐倉今回のテストどうだったんだ?」
「5教科はまぁ2回目だからまだ余裕だけど、ヒーロー学は厳しかったよ」
「そうかお前俺らより1個上なんだもんな」
「何気にね」

そう言えばそうだったな。なんて揶揄されたがそれだけ私がこのクラスに馴染んでるんだと思い、年上の威厳がないとか気にしないことにした。



翌日、演習試験をする為戦闘服に着替えて、実技試験会場中央広場に集まった。ひとかたまりで各々好きなところに立っていると隣に焦凍くんが並んだ。こんなに近くに並ぶのは久しぶりで焦凍くんが立っている方の肩が心なしか熱くなる。

「お疲れ様」
「あぁ」

焦凍くんは私の方を向かなかった。目の前の景色だけを見ていた。と言うのも緑谷くんから聞いた話だと入試のようなロボットの仮想敵を倒すだけでいいはずなんだが、相澤先生やプレゼント・マイク先生やミッドナイト先生といった先生達が7人いる。
先生の数の多さに疑問を持っているんだろう。

「なんでこんなに先生達が?」

首を傾げると相澤先生が気だるそうな声で今試験の説明を淡々とし始めた。

「それじゃ演習試験を始めていく。この試験でも勿論赤点はある。林間合宿行きたきゃみっともねぇヘマはすんなよ。諸君なら事前に情報を仕入れて薄々何するかわかってると思うが」

思うが…?今回は例年と違うのかな?

「入試みてぇなロボ無双だろお!」
「花火!カレー!肝試し!」

上鳴くんと三奈ちゃんが元気良さげにそう言うと何処からか校長先生の声がした。

「ざんねーん!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさっ!」
「校長先生!」

相澤先生の布状の武器の中からひょこっと顔を出した校長先生の言葉にテンションが高かった2人が固まり動かなくなってしまった。

「変更って…」
「これからは対人戦闘、活動を見据えたより実践に近い教えを重視するのさ。という訳で諸君らにはこれから2人1組ないし、3人1組でここにいる教師1人と戦闘を行ってもらう!」

このクラスの生徒達は敵(ヴィラン)との戦闘を体験してるから、特に校長先生の言葉の意味が実感としてわかったのだろう。誰一人として文句を言う生徒は居なかった。

「なお、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度色々を踏まえて独断で決めたから発表していくぞ」

相澤先生はペアと対戦相手の教師を発表していった。
私は焦凍くんと百ちゃんと組んで相澤先生が対戦相手だ。2人とも個性は強いが相澤先生の個性はもっと強い。抹消だ、個性を消すことが出来る。私は先生と対戦した事がないから私のカードの能力を消せるのかはやってみなきゃわからない。

「試験の制限時間は30分!君たちの目的はこのバンドカプスを腕にかけるorどちらか1人がステージから脱出することさ」

会敵した時、能力的に勝てそうならそのまま戦闘に入ってもいいけど、能力差がありすぎると逃げるに越したことはない。判断力とチームワークが試されているわけか。しかもご丁寧に逃げの一択にならないように教師陣は体重の半分の重りをつけてくれる。

ヒーロー殺しとの戦闘を経験した私達には相澤先生の言葉は耳に痛かった。あの時逃げて応援を呼ぶという選択肢もあったのにそれを選べなかった。それは目の前の事しか見えてなかったから、先の事が見えてなかったからだ。

冷静に正確に的確に判断する。これが私の課題なのかもしれない。

「焦凍くんよろしくね」
「あぁ、相手は相澤先生か…」

兎に角作戦を練ろうと百ちゃんの所に行き、演習場まで行くバスの中でどうするべきなのか話し合ったが、個人的には少し不安の残る作戦となった。

「焦凍くんへの負担が大きくない?」
「これしかねえだろ」

そう、なのだろうか?百ちゃんの個性を上手く使えばもう少し負担のない作戦が出来ると思うのだが。百ちゃんはどう思っているのだろうと見るが、俯いて表情が見えなかった。

何かあったのかな?

バスから降りて演習場についても百ちゃんは心ここに在らずで反応が鈍く、心配になってしまう。

「百ちゃん?」
「八百万緊張してのか?」
「あっ、」

佐倉、轟、八百万演習試験スタート。

スタートの合図がなり、私達は小走りで小道に入り、辺りを確認しながらゲートを目指した。この間焦凍くんは百ちゃんに何か小物を作り続けるように指示を出した。作れなくなったら相澤先生が近くにいるということになる。

「この試験どちらが先に相手を見つけるかだ。視認出来次第俺が引きつける。そしたらお前達は脱出ゲートに突っ走れ。それまで離れるなよ」
「……」
「どうした早くなにか作ってくれ」

何か物言いたげな百ちゃんになにか作るように急かすと、百ちゃんは体からぽこぽこと物を作り出した。

可愛いけど、置物か何かかな?

焦凍くんも気になったのか、なんだそれ?と百ちゃんに聞いていた。ロシアの人形マトリョーシカですわ。と答えを聞くとそうかと言ってまた走り出した。なんでマトリョーシカなのかとか気にならないのか。

「流石ですわね。轟さん」
「何がだ?」
「相澤先生への対策をすぐに打ち出すのもそうですが、ベストを即決できる判断力です」
「普通だろ」

普通、ですか…。百ちゃんは走ることをやめて立ち止まってしまった。

「雄英の推薦入学者。スタートは同じはずでしたのに、ヒーローとしての実技において私の方は特出すべき結果を何も残せていません。騎馬戦はあなたの支配下にいただけ、本戦は常闇さんになす術なく敗退でした」

少しだけ見えたかもしれない。彼女の心境が。彼女は今不安に陥っているだ。どうすべきなのか上を向くと、電線に捕縛用の布を巻き付けて私たちを見下ろしている相澤先生がいた。

「っ!」
「八百万、マトリョーシカは?」
「2人とも回避!!」

焦凍くんは、私の言葉に相澤先生が来たことを悟り、来るぞっ!と叫ぶと上にいた相澤先生が先生らしく注意をした。

「と、思ったらすぐ行動に移せ!この場合は回避を優先すべきだ。先手を取られんだからな」
「2人とも行け!!」

私は百ちゃんの手を取り焦凍くんに背を向けて走り出す。ある程度先生から距離をとった所で百ちゃんの手を離し、後ろを振り返ると、彼女は完全に混乱していた。

どうするべきか、彼女に何かアドバイスをした方がいいのかもしれないが、私が言っても意味はない。自分で気がつくか、焦凍くんが言わなきゃ意味がない。
彼女は焦凍くんを自分より格上だと思い込んでしまっている。だから自分の考えは間違っているんだと。

「百ちゃん!」
「私…私…」
「相澤先生が来てる!」

相澤先生が捕縛用の布を百ちゃんに向かって伸ばす。それを回避する為に百ちゃんを抱き込み呪文を唱える。

「封印解除(レリーズ)!」
「きゃぁっ」
「“闇(ダーク)”!!」

暗闇が広がり、目の前にいる人の顔すら見えなくなった。これで相澤先生は私たちを視認出来ないはずだ。そして、私というイレギュラーな能力を持っている人間が近くにいる限り下手に攻撃はしてこない。

「これは…?」
「大丈夫だよ。百ちゃんよく聞いて。先ず焦凍くんのところに行って、焦凍くんを助けてあげて」
「でもそしたら柚華さんが!」
「大丈夫だから、そして自分のやるべき事をやっておいで」

こくんと百ちゃんが頷く気配がした。それにホッとしてると百ちゃんが暗くて前が見えないと言った。

「この闇は百ちゃんを守る闇だから貴方が行きたい所に案内してくれる。私を信じて」

背中に回していた手を離して百ちゃんの背中に回り、背中を押すと地面に靴が当たる音がして、それが段々と遠くなった。
私はスカートを脱ぎ、動きやすい服装になり耳を澄ませても足音が聞こえなくなったことを確認して“光(ライト)”を発動させた。
暗闇がなくなり、明るい景色になり青空が広がっていた

「行かせたのか。脱出ゲートに行かせた方が良かったんじゃないか?」
「それじゃダメだと思ったんです。先生だってそうでしょう?」

さぁ、何時まで持つかはわからないが何としてでも時間稼ぎはしよう。あの2人が分かり合えるまでの時間は絶対に作ってやる。

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