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百ちゃんを焦凍くんのもとまで送り出し、私は先生を対峙した。電線から降りた先生は私の動きを見張っているようで、戦闘態勢をとったまま動かなかない。

先生の個性は強いけど、瞬きした瞬間に消える個性だ。その時に私の勝機がある。

私は先生に背を向けて走り出した。捕縛されてもそこから抜け出せる策が1つだけある。失敗する確率の方が高いが一か八か勝負に出よう。

「背中ががら空きだ」

何度も何度も呪文を唱えるが発動はしない。相澤先生の個性は私にも通用するという事だ。

「“移(ムーブ)”!」

私の体に先生の捕縛用武器が巻き付き身動きがとれなくなったその刹那、私の視界が住宅街から先生の背中に変わっていた。身体には捕縛用武器は巻きついてなかった。

成功した!

「何?!」
「“闘(ファイト)”!」

拳を繰り出すが、先生は振り向きざまにそれを躱したので、先生の視界に入らないように瞬時にしゃがみ足払いをするがジャンプして躱された挙句、先生の視界に入り、カードが使えなくなった。
それでもと先生に拳を突き出すが、さっきまでのスピードや威力がなく、先生に腕を掴まれそのまま捻られて先生の捕縛用武器で体を拘束され、太腿にベルトで固定している本まで取られ、手の届かない所にポイ捨てされてしまった。

「本が…」
「人としては正解かもしれないが、試験としては失格だな」

それだけ言うと先生は颯爽と駆け出して行った。

兎に角2人に合流しようと、相澤先生が見えなくなった時に呪文を唱えた。相澤先生は知らないが私の本はあくまでも、カードを守るための本だ。だから近くにカードがなくても使用することが出来る。

「“飛(フライ)”」

体に布を巻き付かせたまま背中に翼を生やして2人の所に急ぐと、相澤先生が走る焦凍くんに向かった捕縛用武器を伸ばしている所で、先生に見つからないように呪文を唱えた。

「“盾(シールド)”」

見えない壁が焦凍くんを守り、先生の武器を弾いた。その隙に焦凍くんは体育祭で見せた巨大な氷壁を一瞬にして作り出した。

成程。これで先生の視界から逃れるのか。

私は先生にバレないように静かに着地して氷壁に近づき、氷壁をすり抜ける為に“抜(スルー)”のカードを使い、氷壁の中に足を入れ走った。

氷で出来てるから中はとても冷たくて、出口を求めてひたすらに走ると、ぼんやりと会話が聞こえてきて、出口が近い事を知り、全力を出して走った。

「復活した瞬間に壁で際切った。これで個性が使える。今うちに作戦の全容を…」

タイミングが悪かったのか、百ちゃんは服をはだけさせて胸の谷間から相澤先生のような武器を出していて、焦凍くんがそれをなんとも言えない顔で見ていた。その状況に顔だけ出して思わず固まった。

「相澤先生の武器…って、柚華さん!」
「やっと、合流できたね!それで百ちゃんは、何を?」

焦凍くんは百ちゃんから目を逸らし、後ろを振り返ると私がいたのでとても驚いた顔をしていた。申し訳ない事をしたと思い、へらりと笑うと焦凍くんが手を差し伸ばしてくれたので、遠慮なく手を取ると、ぎゅっと握り自分の方に引き寄せて抱き締めた。

暖かい…。

「柚華さん?!いったい何処から…?」
「氷壁をすり抜けてね。それでそれは?」
「相澤先生と同じ武器は素材や作業工程がわからないので出来ませんが、その代わり私のある素材を織り込んだ私バージョンですわ」

私達のことは一切見ずに次から次へと体中から物をぽんぽん作り出していて、焦凍くんの腕の中から出てその光景をじっと見てると、焦凍くんが私を拘束していた布を解いてくれた。

「柚華さん、ベストはどうした」
「あれ?着てない?“移(ムーブ)”使った時に落としたのかも」

お礼を言う前にそう答えると焦凍くんは眉間に皺を寄せて私を見下ろしていた。お礼を先に言わなかったからかと思い、お礼を言うと違うと言われてしまった。では何でなのかと首を傾げると焦凍くんは目線を逸らした。

「…下着透けるぞ」
「え?嘘?!」

指摘されて下を向くと確かに今日着けている下着の色が薄らと見えていて、私は焦凍くんにこれ以上見られないようにとしゃがみ込み、胸元を腕で隠した。

「八百万、柚華さんに上に羽織る物を作ってくれ」
「分かりましたわ」
「ありがとうございます」

焦凍くんが百ちゃんに注文してから1分もしないでカーディガンが出来た。それを何度もお礼を言って受け取り羽織ると、じんわりと体が温かくなるのを感じた。

「出来ましたわ。私の作戦はこうです」

百ちゃんの作戦は、この黒い布を羽織って走り先生の隙を作り、百ちゃんがカタパルトに乗せたニチノール合金を織り交ぜた布を相澤先生に向かって飛ばす。すかさず焦凍くんが高熱で熱して布を元の形に戻して拘束。

「本当は民家が近いので轟さんの氷の個性が使えたらベストなんでしょうけど…」
「今の所俺は2つ同時には使えねえからな…柚華さん確か氷のカードがあったよな」
「氷もあるけど水もあるから大丈夫。被害は出させないよ」

握り拳を作り、頷くと2人とも頷き返してくれた。

「勝負は一瞬。よろしいですか?」
「あぁ、文句なしだ」
「頑張ろうね!」

焦凍くんと百ちゃんは黒い布を頭から被り外に飛び出した。私は相澤先生が飛び出した所を確認して先生を挟む形で飛び出した。

「轟さん!地を這う炎熱を!」

焦凍くんが高熱を出してニチノール合金の形状を瞬時に元に戻していく。

「先生相手に個性で決めようとするのは極めて不安。ですからニチノール合金、ご存じですか?熱によって瞬時に元の形状に戻る形状記憶合金ですわ!!」

ニチノール合金が先生を捕縛し、住宅に被害が出ないようにと呪文を唱えた。

「水よ炎を包みたまえ“水(ウォーティー)”!」

カードからは人魚が出てきて、相澤先生を濡らさないように先生の周りの炎を水で消していった。
辺りを見ると建物は燃えても焼けてもいなかった。

「さぁ、カフスをかけちゃおうか」
「あぁ」

相澤先生の手首にカフスをかけて、しゃがんだついでにと太腿につけてるベルトに本を戻した。俯かせていた顔を上げると百ちゃんや焦凍くんが納得がいかないような顔をしていた。

作戦がすんなり行き過ぎて疑問に思っているんだろう。百ちゃんがミスをしたのに先生はその隙をついてこなかったと零すと、先生は隣に轟がいたからなと話だした。

「氷で凍らされると思った。俺が最善手だと思い引いて、それがお前達の策略だった訳だ」
「ほんとに時間さえあれば、だな」

百ちゃんは大きな瞳を滲ませて、口元に手を当てた。先生と1度は格上だと認識した焦凍くんから褒められたのが嬉しかったのだろう。でも先生と焦凍くんに見られたくなくてくるりと向きを変えてしまい、焦凍くんはそれを見て吐きそうだと勘違いをした。

「大丈夫か?吐きそうなのか?」
「なんでもありませんわ」
「吐き気には足の甲にあるツボが…」
「なんでもありませんわ!」

2人やりとりが面白くて、肩を震わせていると相澤先生がそれで?と小声で話しかけてきた。

「それで?なんで戻ってきた?」
「本当は1人だけでも脱出ゲートに向うべきでしょうけど、気になったんです」

けれど、戻ってきた時には彼女の目には自信が浮かび、表情も全然違うものとなっていた。

「誰かを凄いと認める事は大事だけど、だからと言って自分の意見を言わないというのは間違ってますから」
「そうだな。轟も人の意見を聞くという基本的な事が出来てなかったからな」

少し前と比べたら話を聞くようになった子だが、それでもヒーローに求められている条件には達してはいない。ヒーローは自身の相棒と息が合うのは当たり前、だけど他事務所のヒーローとコンビを組んだ時に連携が出来ないなんて話にもならない。

今回の試験もそういった所を見ていたのだろうか。
私はきっとこの試験は落としたから関係ないと言えば関係ないのだが。

「先生、遠慮なく落としてくださいね」
「そうだな、今回のお前の行動は点数の落としがいがあるな」

こうして私達は演習試験を終えたが、魔力の使いすぎで急に頭に白い靄がかかり、意識を手放した。遠くで焦凍くんの呼びかける声が聞こえたが答えることが出来なかった。

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