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靄が晴れたように沈んでいた意識が浮上した。重たい瞼を持ち上げると、白い天井が見えたがここが何処なのかわからなくて、暫く見つめたが何もわからず首を傾げた。ふと、手に人の温もりを感じて体を起こすとカーテンの隙間から差し込むオレンジの光を浴びたツートンカラーの頭があった。

「焦凍くん」

ボソッと名前を呼ぶが彼は頭を私が寝てるベッドに伏せて規則正しく肩を上下させながら呼吸をしていた。起こすのも悪いと思い重ねられた手をそのままにして辺りを見回すとここが保健室であることが分かった。

「私、えっと急に眠気がきて、それで…」
「魔力の使いすぎって奴だろうね。今まで死んだように眠ってたよ、あんた」
「リカバリーガール」

カーテンをあけて現れたのは渋い顔をしたリカバリーガールでここまで焦凍くんが連れてきたと教えてくれた。

「あんたも無理する子だね」
「癖…なんでしょうね」
「まぁ、あんたの場合命に別状がないだけマシさね」

誰の事を言っているのかはすぐに分かった。いつも一生懸命にヒーローをひたむきに目指す超パワーを持った彼の事だろう。

「大丈夫そうならその子を起こして帰んな。あんたが眠ってる間つきっきりだったんだから」
「ありがとうございます」

リカバリーガールは席を外すのかカーテンを閉めて部屋から出て行った。
心配かけてしまったと指通りのいい髪を撫でていると、小さな声を漏らして瞼をあけた。

「んっ、…柚華…さん?」
「おはよう焦凍くん」
「柚華さん…?」

焦凍くんは起きてる私を見て驚いた顔をしたかと思ったら、その腕の中に私を閉じ込めた。ぎゅうっと力を込めた抱き締められていて少し痛いくらいだったが、頭を数回撫でると徐々に力を抜いてくれたが、依然として私は腕の中に収まっていた。

「また心配かけちゃったね」
「ん、具合はどうだ?」
「問題ないよ。このまま帰れるくらい」

焦凍くんは私から離れたが腕は腰に回されているから未だ距離が近いまま、指で私の頬をするりと撫でた。よく見ないとわからないくらいの微笑みを浮かべながら優しい目で私を見る。そんな彼にどうしようもなく胸が締め付けられ、触れられた所から顔に熱が集まる。

「ごめんね」
「なんともないならそれでいい」
「心配してくれてありがとう」

焦凍くんの手が私の頭の後ろに回り引き寄せられる。近づく顔にぎゅっと目を瞑ると額に柔らかいものが触れ、すぐに離れていった。

おでこにキスされた…。

こつんと焦凍くんの額が私の額に触れる。くつくつと息を殺して小さく笑う彼に眉を顰めると、息を潜めながら小声で私を揶揄するかのように話しかけた。

「口にするかと思ったか?」
「…思ってない」
「悪いな、けど隣で緑谷と爆豪が寝てんだ」

それと額へのキスになんの関係があるのかわからなくて首を傾げるが、すぐに焦凍くんが言った言葉を思い出して、焦凍くんの後ろにあるカーテンを見た。

確か2人の相手はオールマイトだったな。

あの先生不器用そうだからきっと手加減してるつもりでも、ハードだったんだろうな。なんてぼんやり思っていると焦凍くんが肩に鞄をさげて立ち上がった。私もベッドから足を出して中履きを探すが、それよりも戦闘服から着替えてない事に気がついて、隣にある籠の中から制服を取り出した。

「焦凍くん着替えるから…」
「わかった。廊下で待ってる」

私は急いで着替えて、2人を起こさないように廊下に出ると、リカバリーガールと焦凍くんが話し合っていた。どうしたものかと立ち往生していると、焦凍くんが私に気が付き目が合った。

「リカバリーガールありがとうございました」
「あんまり無茶な事すんじゃないよ」

はい。と返事をしてリカバリーガールとすれ違い、焦凍くんと玄関に向かって歩き出した。オレンジの光が差し込む校舎には生徒が殆どいなくて、昼間の賑やかさとは打って変わって落ち着いた空間となっていた。

「試験の時会場が暗闇になったのは柚華さんのカードか?」
「そうだよ」

元の明るさに戻ったのもか?と聞く焦凍くんからの質問に頷いてカードの説明をした。

「最初に使ったカードが“”闇(ダーク)でその次が“光(ライト)”この2つのカードは二大カードで対になってるカードで、どっちかを使ったらもう片方も使うってかんじかな。魔力の消費も激しいんだけどね」
「連続で使うのはきついのか?」
「そうだね、眠くなっちゃうから」

焦凍くんの顔を見るが、まっすぐ前を向いている為目が合うことはなかったが彼は何かを考え込んでいるようだった。
何を考えているのか予想出来なくて、素直に聞くとすんなり答えてくれた。

「手っ取り早くその魔力を増やすには負担のかかるカードを何度も使う事か」
「そうだね雄英に通ってる限りどんどん魔力増えていきそう」

クロウさんを超えるとまではいかないが、それに近い程の魔力が手に入りそうだ。クロウさんが実際どれくらい魔力を持っていたのか、私が今どれだけの魔力を持っているかなんて分からないのだが。


家に帰り、いつものように家事を済ませて、勉強をしてから焦凍くんと鍛錬してお風呂に入り寝る。これが私のルーティンだ。
お風呂にも入り、あとは寝るだけだと布団に潜ると扉の向こうから焦凍くんの声が聞こえた。聞き間違いかと思って焦凍くんの名前を出すと、今度ははっきりとした声が聞こえた。

「柚華さん、今いいか?」
「どうぞ」

扉が開き、少しだけ髪の湿った焦凍くんが申し訳なさそうな顔で部屋に入って来た。

どうしたんだろう。

私は布団から出て、円卓のローテーブルのところに座ると焦凍くんは私の斜め前に座った。浮かない顔をしていて、何かあったのだろうかと声をかけるよりも早く焦凍くんの口が開いた。

「悪いな、こんな時間に」
「大丈夫だよ。なんかあったの?」

一瞬躊躇うような仕草をしたが、お風呂上がりの頬をそのままにして恥ずかしそうに話だした。

「声を聞きたかったんだ。でも声だけだと満足出来ねえから起きてたら顔を見ようと思って」
「えっと、」

顔に熱が集まるのを感じた。この人はこんな事を言う人だっただろうか。こんなに優しい雰囲気を出す人だっただろうか。

「だからなんか話してくれ。なんでもいい」
「何かって言われても…」

赤くした顔をそのままにして、何か話題がないか視線を彷徨わせていると焦凍くんの湿っている髪に目がいった。このままでは風邪をひいてしまうと思い、チェストの中からタオルを取り出し焦凍くんの頭に被せて撫でるように水気をとる。

「柚華さん?」
「髪濡れたままだと風邪ひいちゃうから」

焦凍くんは抵抗することなく黙って髪を撫でられていた。ある程度乾燥したところでタオルを取り、焦凍くんに向き合う。

「ありがとう」
「いえいえ」

焦凍くんは私の手をとり、手の甲を皮膚の厚いその指で撫でたり指を絡ませたりと弄りだし、自身の頬に私の掌をつけて、安心したように笑った。

「暖かいな」
「焦凍くんの左手も暖かいよ」
「柚華さんの温度は落ち着くな」
「焦凍くんの温度だって落ち着くよ」

酷くくだらないやりとりに言い知れぬ安心感を覚えた。

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