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あの日見た夢を私はすっかり忘れていたのだ。あの人が、焦凍くんが夢の中で傷だらけになりながらも私を守るように立っている姿を。

酷くくだらないやりとりに言い知れぬ安心感を覚えたその日の夜、私は微睡みの中あの夢を見た。見覚えがあるあの夢はこの世界に来る前から見ていた夢だ。

目が覚めて、辺りを見回すと見慣れた私の部屋だった。何も変わらない部屋に安心していつものように制服に着替える。

安心か…。

いつからかこの家は私の帰る場所になっていた。早く元の世界に帰りたいと思う気持ちが薄れ、当たり前のようにこの家に帰ってきている。
私はいったいどうしたいのだろうか。

焦凍くんと学校に行き、演習試験が赤点じゃない事に驚きつつも授業を受けているとそんな考えもすっかり忘れ、私はなんの違和感もなくこの生活に甘んじていた。

「今日の実習もキツかったねー」
「もう、くたくただよ」

今日の実習が終わり、USJから帰る時に強烈な違和感を感じた。胸の奥が騒がしいと言うか、嫌な気配しかしないそれに足を止めた。

「柚華さん?」
「焦凍くん…皆を連れて逃げて」
「どうしたの柚華ちゃん」
「逃げて!」

USJの階段下の広間に空間の亀裂が生じ、何体もの傀儡が出てくる。人型の傀儡のお腹には見たことのある、出来れば一生目にしたくなかった紋章があり、コレが誰の仕業なのかがすぐに分かった。

「なに、あれ」
「飛王が…なんで此処に」

逃げてと言っても異様な光景に生徒誰一人が動くことが出来なかった。個性の所為による異形型の人間は見た事は多々あるが、この傀儡はそんな物じゃない。人の形をしたナニカなのだ。

「何があった!」
「なんの騒ぎですか?!」

誰かが先頭にいた先生を呼んでくれたのだろう。相澤先生と13号先生が戻って来てくれたが、2人も見たことがない傀儡に目を開いていた。

「先生、これは傀儡と言って人ではありません。傀儡に付いている札を燃やすか斬るかすれば動かなくなります」
「お前に関係しているのか?」
「多分、説明は後でします。今は!」

相澤先生は生徒達に指示を出してる最中に爆豪くんが我先にと飛び出していった。

「爆豪くん!」
「要はその札を燃やせばいいんだろ?俺向きじゃねえか!!」

確かにその通りだが、その好戦的な態度は直した方がいいと思う、なんて思わなくもない。

私は傀儡に対して不向きな生徒をひと塊に集まってもらい、“盾(シールド)”で覆った。何があってもこの中から出ないようにと伝え、杖を“剣(ソード)”に変えて広間に飛び出した。

「佐倉待て!」
「ごめんなさい。けどアイツらが狙ってるのは私だから!」

先生の制止の声を振り切って飛王の傀儡を何体も倒していくが、何かがおかしい事に気が付く。

なんで、数が減らないの?

色んな場所から爆発音や雷の音や傀儡が倒れる音が聞こえるのに、傀儡の数が一向に減らない。“跳(ジャンプ)”を使い高く跳ね上がり遠くを見ると空間の亀裂から際限なく傀儡が出てきている。このままだとこちらの体力だけが消耗される。これじゃ何体倒しても意味がない。

“剣(ソード)”や“撃(ショット)”“矢(アロー)”等の攻撃系の魔法を使ってもキリがないくらいに次から次へと傀儡が出てくる。息が切れて、呼吸が整わなくなってきた。

「柚華さん!!」
「っ?!」

焦凍くんの声に咄嗟に振り返るとすぐ後ろにいた傀儡が炎によって燃え尽きた。焦凍くんの炎に助けられたんだとわかり、辺りを見渡し皆を見るとやはり私と同じように体力を削られ、肩で息をしていた。

「どうしよう…これじゃ」
「皆下がりなさい!」

13号先生が私達の前に立ち傀儡達を次から次えと吸い込んでいく。それを見てあの空間の亀裂も吸えるんじゃないと思い、13号先生に声をかける。

「先生!あの空間の亀裂も吸ってください!」
「いや、けど所詮は空間だから」
「お願いします!」

13号先生は空間の亀裂に向かって手を伸ばして吸引した。すると空間はみるみるうちに歪み消えていった。やっと終わったと誰しもが膝をついて安堵の息を吐いた。

「柚華さんアイツらはなんだ?」
「…そうですね、私からしたら敵ですね」

飛王。クロウ・リードさんと同じリードの名を持ったその男はこの世界の理を壊そうとしている。それを止める為の力を今この杖に宿しているんだ。

「…敵って何かされたのか?」
「されたと言うか、なんと言うか…」

焦凍くんからの質問に手間取っていると相澤先生に声をかけられ、皆の前説明する事になった。

「佐倉もう一度聞く。アレはなんだ?」
「アレは傀儡と言って、私の様な“力”を持った人間なら作れる操り人形のようなものです」

すると緑谷くんが恐る恐る手を挙げた。

「あの、操っているのって飛王・リードだよね?僕柚華さんの事を知ろうと思ってアニメ見たんだけど」
「あ!俺も見たぜ」
「私もー!」

緑谷くん筆頭に何人かの生徒が見てくれたと言ってくれて、じんわりと何かが暖かくなった。ありがとう。とお礼を言って話を進めようとすると不満そうな顔をした焦凍くんが視界に入った。

「そうだね。まちがいなくあ傀儡のお腹にあった紋章は飛王のものです。飛王は己の野望の為に力ある人達を利用する為様々な事をしてきました。そして、私まで利用しようとこの世界までやって来たんだと思います」
「お前の魔力を利用するつもりなのか?」
「…正直魔力だけならいいんです。きっと魂やこの身体をも利用しようとしてるんだと思います。サクラ姫や小狼くんみたいに」

私の魔力は元々私が持っていたものだと侑子さんが言っていた。だから相性云々で言うとそんなに合わないと思う。でも私の写身を作るなら話は別だと思う。確信がないだけに強くは言えないが。

「その飛王の目的って何なの?」
「正確な事はよくわからないの。世界征服とかそういったものではないと思ってるんだけど」

人として許されない事をした。その報いを受けさせる為に小狼くん達が色んな世界に渡りサクラ姫の記憶の羽根を探し歩いている。私が知っているのはこの程度の話だ。

ちゃんと答えられないなんて情けない。

「柚華ちゃん後ろ!」

梅雨ちゃんの声に後ろに振り返ると、傀儡が出て来ていた空間の亀裂よりも大きな亀裂から1本の腕が私に手を差し伸べるように伸びていた。

「何なん…あれ…」

明らかに男の人の手であるそれに全力で警戒していると、手の持ち主であろう男の人の声が広間に響いた。

“柚華お前はそこにいるべき存在じゃない。お前は私に使われてこそ真価を発揮する”

会ったことは一度もないがそれでもわかった。この声は飛王の物だ。

「お前の物にはならないよ」
“ほぉ、なら無理矢理にでも手に入れようではないか。お前が手に入ればあの魔女を永遠のものに出来る”

あの魔女ってもしかして侑子さんの事?永遠のものってどういう事なの?

どちらにせよ人が永遠の者になるなんてそんなの巫山戯ている。人は生まれた時から死に向かって歩き出しているのだ。それはこの世の理で絶対に変えちゃいけないもの。それこそ変えられるのは神と呼ばれる存在だけだ。

「永遠って人が死なねえって事かよ」
「そんなの出来るわけがないですわ」

そう、出来るわけがない。けれども飛王はそれをしようとしてる。その為にサクラ姫や小狼くんまで…。

昔夢を見た。初めて予知夢というものを見た時の事だ。1組の男女が透明な筒の中に入っていた。真ん中で透明な壁に遮られお互いに触れられず、声も聞けずただそこに悔しそうにしながら、泣きながら待つ。そんな夢を。
侑子さんに聞くとそれは予知夢だと教えてくれ、杖に魔力を蓄えなさい。と言った。最初はわけもわからずやっていたが今なら分かる。この男の企みを阻止する為だと。その為の力だと。

「私はお前のものにはならない。そして私の力がお前の企みを阻止する力になる」
“阻止?笑わせるな。私のモノにならないお前は今ここで魔力を取られ、そして死ぬのだ”
「柚華さん!!」

何を言っているのだと思った時にはもう遅く、私の身体は焦凍くんの叫び声と共に彼に引き寄せられた。

「っ!!」

気がついた時には焦凍くんの肩から血が流れていて、目の前には黒い衣服に身を包んだ小狼くんが立っていた。その胸には飛王の紋章が描かれており、小狼くんが持ってる剣には血がついていた。

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