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「焦凍くん!!」

彼の力のない身体が倒れ込んでくる。それを抱え込み、呼吸を確認する。吐かれる息は浅く短く苦しそうなものだった。
そんな焦凍くんにとどめを刺そうと小狼くんが剣を振り上げ無情にもそれを振り下ろした。

「“盾(シールド)”!!」
「っく!」

それを盾で弾いて小狼くんと距離をとる為“火(ファイアリー)”で小狼くんに攻撃する。小狼くんは大きく飛び上がり、私たちとは少し距離の離れた所に着地した。その隙にと先生や何人かの生徒が焦凍くんの周りに集まった。

「轟くん!」
「大丈夫だ。少しよろけただけで痛みはそんなにない」
「けど血がっ!」
「それよりもアイツが先だろ」

目を向けた先にいる小狼くんと私が知っている小狼くんは全く同じなのに、全く違う。あの人は誰なんだろう。あの小狼くんは何者なんだ。

「柚華ちゃんアレって…」
「私が一緒に旅してた時の小狼くんだと思うけど…彼にはそんなに高い魔力を感じなかったのに、今は…」

どこかで感じた事があるような。

「来るぞ!!」

相澤先生がそう叫び、小狼くんは呪文を唱えていた。見たこともない文字のようなものが四方から焦凍くんを目掛けてくる。

「“盾(シールド)”!」

見えない盾が生徒達全員を覆うように広がり、小狼くんの攻撃から身を守った。身を守ったところで状況は何も変わらない。小狼くんを止めないとこのまま殺されてしまう、そんな鋭い殺気を小狼くんから感じた。

兎に角私に出来ることは、皆を守り小狼くんを倒す事だ。絶対に傷つけさせやしない。

「柚華ちゃんこの盾っていつまで持つのかしら。私達は外に出れないのかしら」
「大丈夫だよ。私の守る意志が小狼くんの攻撃よりも勝っていたらこの盾は絶対に壊れないから」

梅雨ちゃんの言葉にそう返すと、梅雨ちゃんは静かに首を横に振った。その意味がわからず返答できないでいると緑谷くんが苦笑いしながらたどたどしく話した。

「佐倉さん、僕達皆ヒーロー志望なんだ。だから困ってる人がいたら助けたいんだよ」
「そうだせ佐倉!俺達は仲間なんだからよ!」
「私達にも手伝わせてよ」

皆の言葉に私は気づかされた。迷惑をかけないようにと、私が絶対に守るんだという気持ちが先走って皆のことを信じてなかった。ここにいる全員がヒーローであることを。

「お前の魔力を!」
「“水(ウォーティー)”!」

小狼くんの攻撃は私の水によって相殺され消え、盾も消えた。小狼くんが素早い動きで駆け出し、他の人には目もくれず私に向かって剣を振り下ろす。

「“剣(ソード)”!!」

小狼くんの剣を細剣で受け止めると、爆豪くんと切島くんが小狼くんに殴りかかった。小狼くんはそれを後ろに跳ねて躱して手に持っていた剣を捨てた。

「降参してんのか?」
「んなわけねぇだろ!」

小狼くんは左掌に右手で作った拳を当てて何かを引き抜くようにゆっくりと離していくと、掌からはさっきまで持っていた剣とは違う形をした剣が現れた。

「なんだよ、どうなってんだよ」
「やっぱりおかしいよ」
「あぁ?何がおかしいんだよ!」

小狼くんは魔力を持ってなかった。でもあんな事が出来るというのは魔力がある証拠だ。さっきの攻撃といい、明らかに知ってる小狼くんじゃない。

それにあの目の色…。

「ねぇ2人共、彼の…小狼くんの目何色だった?」
「…茶色と碧眼のオッドアイ」
「すげぇな爆豪!良く見えたな!」
「敵(ヴィラン)の身体的特徴見るのは基本だろうが!!」

小狼くんの目の色は両方琥珀のような茶色の目だった。それが今は片目だけ碧眼になっている。そして懐かしいこの魔力は恐らく、考えたくはないがファイさんのもの。
ファイさんの魔力の源がもし目だとしたら殺したか、目だけ食べたかのどちらかだ。

「柚華ちゃん、僕が見てたアニメだとあの小狼って人の目は確か両目とも同じだったと思うんだけど…」
「あまり考えたくないけど、ファイさんを殺して目を食べて魔力を手に入れたか、殺しはしないで目だけ抉りとって手に入れたかのどちらかだと思う」
「何それ…残酷すぎるやろ」

どちらにせよもう私の知ってる小狼くんじゃないし、彼がここに来た理由もわかった。
狙いは。

「柚華さんの魔力が狙いか」
「そうだと思うよ」

焦凍くんの言葉に小さく頷き、小狼くんの事は一旦皆に任せて、相澤先生に今回の彼の目的を話した。

「先生」
「事のあらましはだいたいわかった」
「小狼くんなんですが、とある次元に飛ばそうと思います。彼を倒すのは私達じゃないから」
「飛んだ先の人達が被害に遭う事は?」
「正直ないとは言えないです、けど、ここにいたら皆怪我だけじゃ済まないから」

相澤先生は少し考え込むと、飛ばす方法はと聞いてきた。私の考えを尊重してくれたのだろう。

「魔法陣を私が作ります。その間だけでも足止めして欲しいんです」
「わかった」

私は相澤先生が皆に指示を出す声を聞きながら小狼くんによって出来た炎の海の中掻き分けて距離を取り、杖で地面に魔法陣を書き出す。書き慣れた魔方陣でも一つ間違えれば足止めしてくれている皆の努力が水の泡になってしまう。
それに、次元を移動させる為に大量の魔力を消費させる事になる。これ以上魔力を消費すると小狼くんをあの場所に送ることが難しくなってしまう。

「焦らず素早く正確に」
「それも呪文か?」
「っ!…焦凍くん」

声が聞こえ驚き振り返るといつもの無表情の彼が立っていた。

なんで、ここに。

「どうして」
「時間稼ぎして欲しいってことは今の柚華さんは無防備って事だろ。何かあった時に守ってやりたいだろ」
「でも血が…」
「もう痛くもねえ。今は書くことだけに集中してろ」

込上がってくる涙を流さないようにぎゅっと目を瞑り頷き、魔法陣を書くことだけに集中した。背中は心配いらない。焦凍くんが守ってくれる。大丈夫、私は私しか出来ない事をするだけだ。

何度も爆発音が聞こえ、緊張感がどっと高まる。震える手に情けなくなり自分を叱咤する。
あと少し、もう少しなのに。

「クソっもう来やがった!!」

間近に迫った小狼くんの魔法を防ごうと焦凍くんが
氷壁を作り、それを盾替わりにするが、防ぎりれなかった攻撃魔法が焦凍くんの体を傷つける。

「焦凍くん!!」
「大丈夫だ!柚華さんは俺が守るから!」

顔を上げた先の焦凍くんの背中はあの時から見ていた夢と重なる。この世界に来る前から見ていた、焦凍くんがボロボロの姿で私を守るように敵に立ち向かうあの夢は今日、この日の出来事を見せていたのか。
私は守られる為にこの世界に来たのだろうか…。
そんなのはダメだ。守られてばかりじゃ何も出来なくなってしまう。私だって誰かを守るんだ。

「守ってみせる。皆を、焦凍くんを!」

手に力を込めて魔法陣を書き上げ、小狼くんに向かって叫んだ。

「小狼くん!私はここにいる!」
「柚華さん?!」

私は魔法陣の真ん中に無防備に立ち叫んだ。小狼くんは焦凍くんを蹴り、焦凍くんがしゃがみこんだ隙に私に向かって駆け出し剣を振り下ろした。

「柚華さん!!」

焦凍くんの叫び声が痛いくらいに身体に響いた。
振り下ろされる剣を避けて呪文を唱えた。

「風よ戒めの鎖となれ“風(ウィンディー)”」

両手に翼を纏った女の人がカードから出て来て小狼くんを風で包み込むように、だけど逃れないようにきつく拘束する。

「っ離せ!」
「貴方をはじまりの国に玖楼国に送る。貴方がどうして私の魔力を狙ったかはわからないけど、私の知ってる貴方はそんな人じゃなかった」
「俺は、サクラの羽根を…」
「貴方のサクラ姫は今の小狼くんを見て喜ぶのかな」

魔法陣が目を閉じてしまうような眩い光を発し、小狼くんを浮かび上がらせる。

「行け!そして気付きなさい!」

小狼くんは風に包まれながらも私の目に手を伸ばした。最後の悪足掻きだと言うように、それしか目に入ってないとでも言うように懸命に腕を伸ばすが、焦凍くんが高熱を放つ事によってそれを阻止した。

小狼くんは最後まで抵抗しながら玖楼国に飛ばされた。その姿はまるでそれ以外の意思は全て取られたような、もっと言えばその意志のみ植え付けられたモノのようだった。

全てが終わったことに安堵の息を吐き、力が抜けたようにぺたりとその場に座り込む。

「終わった…」
「あぁ」

目の前に差し出された焦凍くんの手を掴みその姿を見ると、戦闘服の所々が破け、赤黒く血が固まった部分もあれば、微かに血が流れている所もある。

「ごめんね、怪我させちゃったね。皆にも」
「ん。けど守れてよかった」

小狼くんから私を守るその姿は正にヒーローに見えた。なんて冗談めかして言えば焦凍くんの顔がみるみる赤くなっていき、伝染したように私の顔も熱を持った。

かける言葉を間違えたのかも。

なんて声をかけようか考えあぐねていると、三奈ちゃんやお茶子ちゃんや梅雨ちゃんが勢いよく私に抱きつき、受け止められずそのまま押し倒されてしまった。

「柚華ちゃん魔法使いみたいだった!!」
「やったよ!終わったよぉ!」
「格好良かったわ柚華ちゃん」

目の前に広がるガラス張りの天井から見える空は綺麗な空で私はやっとこの戦いの終わりを実感した。

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