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5者面談があった週の休日、クラスの皆とショッピングモールに誘われたが焦凍くんと先に約束していた予定があり、申し訳なく断らせて頂いて今は病院の前にいる。

「緊張する」
「…行くぞ」

焦凍くんに促されるまま病院の中に入り、彼について行くととある病室の前で止まった。

ここが焦凍くんのお母さんがいる病室か。

ゆっくりと深呼吸をして隣に立つ焦凍くんを見る。彼は1回頷き扉をノックして静かに開けた。
ふわりと風が肌を撫で通り過ぎていった。窓を開けて雪のような白い髪を靡かせている女の人が焦凍くんのお母さん。

「お母さん」
「あら、焦凍…そちらは?」
「初めまして、佐倉柚華と言います」
「俺の婚約者だ」

突然何を言っているのかと焦凍くんの顔を見ても、至って真剣な表情をしていて、初対面の人を連れてきてそんな事言われてもお母さん困るだろうに、どうやって訂正しようか考えていると、今度はお母さんが納得したように笑った。

「あぁ、前に来た時に言ってた方ね。そうこんなに可愛らしい方なのね」
「ん」
「…いや、え?」

焦凍くんのお母さん既に私の事知ってたの?と言うか私の事婚約者だって言ってたの?付き合ってもいないのに?

あれ?おかしい。

「あ、と、何処までお話を聞いているのか分からないのですが、私は個性はありませんが魔法が使えます」
「話には聞いたわ」
「そうですか。それでお見舞いのお花を出そうと思うのですが、お好きな花はありますか?」

そう尋ねると少し考えるような素振りをしてから窓の外を見た。そこには青々としている葉を付けた木々が見えた。

「春ももう終わっちゃったものね」
「春…、撫子の花はお好きですか?」
「えぇ」

私は首にぶら下がっている鍵を取り出して、掌に置き呪文を唱えると足元に魔法陣が浮かび上がり強い光を放った。

「光の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ。契約の元柚華が命じる。封印解除(レリーズ)!」

掌にあった鍵が光を集めながら周り出して、次第に大きくなり杖になる。それを右手できつく握り、カードを取り出して杖をカードに当てた。

「花よ、彼の者に撫子の花束を。“花(フラワー)”」

焦凍くんのお母さんが座っていたベッドの上にピンク色の撫子の花束がゆっくりと落ちた。
焦凍くんのお母さんは花束をすくい上げるように両手で持ち上げ柔らかく目を細めた。その表情は微かに焦凍くんに似てて親子なんだと血の繋がりを感じた。

「ありがとう。とても綺麗だわ」
「いえ、事前に準備したかったのですが焦凍くんのお母さんの好きな花が分からなくて…」
「焦凍くんのお母さんなんてみずくさいわ」
「お前の親にもなるんだから、お義母さんでいいだろ」

焦凍くんの言葉に彼のお母さんが頷いた。
なんでもう結婚するみたいな話が進んでいるんだろう。訳がわからなくて首を傾げると焦凍くんが近くの椅子に座り少しだけ嬉しそうな表情をして、お母さんと話し始めた。

彼のお母さんは焦凍くんが来る日は飲み物を用意しているらしく私には紙パックの飲むヨーグルトを彼にはいちごみるくを用意していた。
私個人としては焦凍くんがそれを持つこと自体に違和感しかないのだが、焦凍くんはそれを受け取り口をつけた。

「楽しそうに学校生活を送ってるのね」
「あぁ、今度は林間合宿に行くことになった」
「そうなの。ヒーローになる為に頑張っているのね」

病室に漂う穏やかな時間に心癒されながらも気まずさだけは感じていた。やっと距離を近づき始めた親子の時間を私が邪魔してるんじゃないかと心配になる。

「あの、」
「お母さん、そろそろ帰る」
「もうそんな時間?また来てね。柚華ちゃんも連れて」

私が口を開くと同時に焦凍くんが立ち上がり、帰ることを告げた。焦凍くんのお母さんは終始柔らかい笑みを見いせていたが、時折瞳を潤ませて言葉を詰まらせていたのが印象的だった。

病室から出て家に帰る道のりはいつものように会話がなく、病室とは違った穏やかさがあるだけだった。2人の歩く速度は遅くて暮れなずむの夕日を遠くに感じながら前に進むその足は、まるでもう少しだけこのままでいたいと言っているかのようにゆっくりとした足取りだった。

このまま、このまま焦凍くんと同じ時を過ごせるのだろうか。

それは向こうを見捨てたことになるのだろうか。
私はどこにいたいのだろうか。

彼の成長する姿を見たいと、あの時見た夢の意味がわかるまでいると決めたのは私だ。だけど彼へと向かう気持ちは変わり、あの夢も実現してしまった今、私はここにいてもいいのだろうか。
帰る術を持っていて、帰る場所もあるのに。

私が本当に帰りたい場所は…。

「何処なんだろう」

小さく漏れた声は空気と触れ合い消えていった。
隣に立つ焦凍くんを見上げると自然と目が合い立ち止まった。小首を傾げて私を左右で色の違う目で見る焦凍くんを見て、じんわりと胸の奥に温かさが広がる。

あぁ、好きだな。

「焦凍くんと一緒にいたいな」
「っ、今の!」

焦凍くんの驚いた顔を見て一気に顔の熱が集まった。失敗した。ポロっと口から出てしまった。今更口に手を当てても出てしまった言葉は戻っては来ないのに手を当ててしまう。
止まっていた足を無理矢理動かして走り出すと、すぐに捕まった。最早走り出してすらいなかったと思う。

「逃げるな」
「わ、忘れて!聞かなかったことにして!」

焦凍くんの手が私の腕を掴んで離してくれない。触れるている場所が熱い。咄嗟に見た焦凍くんの顔は頬を染めて嬉しそうに目を細めて、口の端を少し上げて笑っていた。

「無理だ。忘れねえ」
「なん、で」
「俺も柚華さんと一緒にいてえ」

焦凍くんが掴んでいた私の腕をするりと撫でて、手を取り自分の頬に当てる。私に触れる全てが熱いと感じるのにそれが心地よくも感じてしまっている。

「焦凍、くん」
「好きだ。好きなんだ」
「うん、知ってるよ」

囁くように愛の言葉を言う彼を愛おしく思い、指で頬を撫でた。さっきまでの焦りはどこかに消え失せたが、心臓はいつもより早く時を刻んでいる。

焦凍くんと一緒にいたい。彼が私を必要としなくなるまででもいいからそばにいたいと思う。

指が絡められ、繋がれた手を下ろしてゆっくりと歩き出す。肩を並べて歩く影は2人の真ん中で繋がってて、緊張と安心と恋心を2人が共有してるみたいだった。
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