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夏休みという名の合宿を目前に控えたある日、いつも通りに焦凍くんと一緒に学校に行くと教室が騒がしく、何かあったのだろうかと扉を潜ると騒がしかった教室が一転して静まり返ってしまった。

え。何事なの?

固まる私を他所に焦凍くんはすたすたと教室の中に入り自分の席に座ってしまった。流石焦凍くん。自分のペースを乱さない。なんてくだらないこと思える余裕が出来た。
席に着くも私の顔と手持ちのスマホの画面を行ったり来たりさせてる皆に苦笑いしていると梅雨ちゃんが話しかけてくれた。

「ケロっ、今いいかしら?」
「皆の行動に関係あるのかな?」

梅雨ちゃんにそう聞くと上鳴くんと響香ちゃんが顔に影を落としたまま私にそれぞれのスマホの画面を見せてくれた。画面には私の後ろ姿と私がたまに出てたというアニメの画像が比較画像として出ていて、どういう事なのかと3人の顔を見ると、話ずらそうにしながらも話してくれた。

「えっと、これは?」
「佐倉今ネットで騒がれてんだよ。あのアニメの完璧なコスプレイヤーとして」
「最近後つけられてるとか感じたことないの?」

最近はなんかもう色々ありすぎてそこまで周りに気を配ってなかったからつけられててもわからないな。
そう伝えると上鳴くんが私の肩を掴み勢いよく揺さぶった。

「お前いいのかよ!大事な情報とかも流れてんだぞ!」
「だっ、いじな…情報?」

激しく揺れる視界にニヤリと笑いながら私を見る峰田くんと目が合った。

「佐倉お前、良い体型してんだな」

良い体型、してんだな…?

私の肩を揺さぶる事をやめた上鳴くんの顔を見ると逸らされ、響香ちゃんの顔を見ても逸らされる。他の人の顔を見るも逸らされ、峰田くんだけが私の顔を見てにやにやしていた。

嘘でしょ?体重とかバレたってこと?

「嘘でしょー!!」

机に顔を伏せて絶望していると切島くんが慰めるように元気な声を出していた。

「バレたっつっても予想だからよ、公式で出てたわけじゃねぇからさ」
「…公式で出てない」
「まぁ、このクラスの奴なら忘れてくれるって」
「俺は忘れねえぞ!!」

忘れる…。そうだ、記憶から消せばいいんだ。

勢いよく伏せていた顔を上げて切島くんの手を握りお礼を言うと、切島くんはきょんとんとしたあとに、元気出たみてぇだな。と笑ってくれた。

「そうだよね!忘れればいいんだよ」
「柚華ちゃん…?峰田くんは残念ながら忘れないと思うよ」

性欲の権化である峰田くんだって忘れさせることが出来るそれが魔法だ。あのカードさえあれば無敵だ。
お茶子ちゃんの心配に笑顔で返すと、百ちゃんまでもが私を心配したので、鞄から1枚のカードを取り出して見せた。

「“消(イレイズ)”」
「そのカードがなんだって言うんですの?」
「確かそのカードって物を消すことが出来るんだよね」

でも物しか消せないんじゃ、と緑谷くんが続けたのでニヤリと笑いそれを否定した。

「この子はね大体のものは消せるのよ」
「おい、まさかそれって…」
「やめろ佐倉!オイラの記憶からお前のスリーサイズを消さないでくれ!!」

皆が察してる通りこのカードは記憶を消すことも出来る。寧ろ出来ないのは過去の出来事位だ。首にぶら下がっている鍵を取り出して掌の上に置き息を吸った。

「頼む!意外とある豊満な胸のサイズを消さっぎゃぁぁぁぁ!!」

視界の端で峰田くんが全身凍りついていた。あまりの出来事に呪文を唱えることをやめて、氷の主である焦凍くんの顔を見るとかなりイラついていて、出した氷と同じくらい凍てつくような目で峰田くんを見ていた。
流石に可哀想になり溶かしてあげてとお願いすると、頷いて左の高熱を浴びせたので氷は溶けたが峰田くんは焼けてしまった。

焦げた匂いをさせながらも峰田くんは女体と呟いていたので多分大丈夫だろう。申し訳ないがこれはもう自業自得としか思えない。それは私だけではないようで、上鳴くんは馬鹿だなー。と笑っている。

チャイムが鳴りぞろぞろと集まっていた人達が自分の席に移動して、相澤先生が教室に入ってきた。一瞬峰田くんに目を寄せたが何もなかったかのようにホームルームをはじめたので、先生も峰田くんの性格をよくわかっている。



その後というと私は段々と怒りも冷めてきて、昼休みにはすっかり何もなかったかのように振る舞うことが出来た。ついでにと思い自分のiPhoneで自分の名前を検索すると色んな情報が出て来た。所謂これがエゴサーチって奴なんだろうか。

えーと、あった私のプロフィール。

スクロールして内容を見ていくも峰田くんが忘れたくなかったサイズは割と数字が違っていてひと安心した。更に指で画面を下から上になぞると私が雄英の制服を着た後ろ姿の画像が出てきた。隣には焦凍くんが映っていて、記事には“佐倉柚華がこの世界にやってきたのか?”“雄英体育祭2位の轟焦凍との関係は?!”等と書かれていて、このままだと轟家まで迷惑をかけそうだったので遠慮なくカードで消去させて頂いた。

それにしてもコスプレイヤーとかって書かれてたけど私のコスプレしてる人っているのかな?流石にそこまでは調べはしないけど、嬉しいような恥ずかしいような複雑な心境でである。

「何顔赤くしてんだ?」
「なんか恥ずかしくなっちゃって」

焦凍くんに話しかけられてエゴサーチした事を話すと、ほっとしたように息を吐いていた。峰田くんに私のサイズを知られて怒ってたからだろうか。なんて自惚れなんだろうな。
それでもよかったと笑う焦凍くんを見て自惚れじゃないかもしれないと思ってしまう。

「安心したの?」
「ん、好きな奴のそういう姿を他の奴に想像されたりすんのは、俺の精神衛生上あんまよくねえ」
「…っ、うん」

私の髪をひと房手に取り指を滑らせながら言う焦凍くんに目が動かせなくなる。元々赤かった頬が更に熱を帯びてくる。
目の前の焦凍くんが口を開いた瞬間、違う人の声が聞こえた。

「2人って付き合っとるん?」
「ふぁ!」


自分の背後から聞こえた声に肩がビクッと跳ね上がり、一瞬心臓に負荷がかかった。よく吃驚すると寿命が縮まる気がすると言うが今まさにそれだ。
誰だろうと後ろを振り返ると、そこにはお茶子ちゃんが申し訳なさそうに立っていた。

「驚かせるつもりは無かったんだけど、なんかごめんね」
「ううん。私こそ申し訳ない」
「なんか2人いい雰囲気だったからつい…」

良い雰囲気とは男女関係に見えるという意味なのだろうか。そうじゃなきゃ付き合ってるのか。なんて聞きはしない。

一応男女関係は、ない。いや私は焦凍くんの気持ちを知ってて恐らく焦凍くんも私の気持ちに気がついている。それに付き合ってからするであろう恋人同士の行為は既にしている。ならば答えはyesなのか?
でもここでそう答えるとお茶子ちゃんだけではなく焦凍くんにまであの時の答えを言う事になる。

私の出すべき答えは…。

「付き合ってないけど…」
「けど?」
「あっ、の…私が、」

今の私を鏡で写すときっと顔を真っ赤にして酷い顔をしてるに違いない。だけどそんな私の顔を目の前にいるお茶子ちゃんは可愛いと言った。両手を上下に振り興奮しきったような顔で何度も可愛いと言ったのだ。

「めっちゃ恋する乙女やん!何それきゅんきゅんするわー!!」
「柚華さん俺の方に振り返ってくれ」
「可愛くないし振り返らない!」

可愛いと連呼するお茶子ちゃんの言葉を信じて焦凍くんが私の肩に手を置いて振り返るように、と言うがその言葉とお茶子ちゃんの言葉を否定した。
熱くなった顔を両手で扇いでいると、お茶子ちゃんが2人共お似合いだね。とニコッと笑いいなくなった。

手を振りお茶子ちゃんを見送ると後ろから両頬を温度の違う両手で挟まれた。こんな事をする人はこの場に1人しかいなく、ぐりんと振り返る。

「焦凍くん…?」

私の目に映った焦凍くんの顔は幸せそうに目元を緩ませ、薄く笑っていた。

「ん、まだちゃんと気持ちを聞いたわけじゃねえが、結構嬉しいもんだな」
「沢山待たせてるよね」
「俺は柚華さんが誰かや何かと比べてそれでも俺を選んでくれるのが嬉しいから、だからちゃんと納得する答えが出るまで待つ」

沢山の幸せの中に鈍く痛む罪悪感を感じた。私は彼が好きだ、だから言葉にして伝えたい。でも伝える事によって私がいた世界を捨てる事になるのだろうか。私は彼を、焦凍くんを選んでもいいのだろうか。

好きだと伝えるのがこんなにも難しいとは思わなかった。

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