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俺の好きな人は休日も忙しくしている。朝起きて冬美姉さんと朝食の用意をして食べ終えると洗濯や掃除といった家事をこなす。俺が手伝うかと聞いても、お世話になってるんだからこれくらい当たり前だよ。と笑顔で返ってくるから何も言えなくなる。

俺たちは家族なのに何処が遠慮しているのはやっぱり家に置いてもらっているという認識が強いのだろう。

せめて昼飯くらいは自分でやろうと思っても柚華さんがやって来て作ってしまう。それに急いで作るね。なんて言われたら俺は台所に立ち寄らねえ方がいいのかと考えてしまう。いつかちゃんと料理のやり方を教わらないといけねえ。

午前から昼過ぎにかけて家事をする柚華さんに掃除を手伝うと言ったら“鏡(ミラー)”使ってるから大丈夫だ。と言われてしまう。
俺だって一緒に掃除したい。

あの人はよく俺に身体を休めることも大事だと言うが柚華さんの方が体を休めた方がいいと思うんだが間違ってねえはずだ。それでもあの親父が柚華さんが雄英に入って家事が出来る時間が格段に減った事を気にして掃除婦を雇おうかと検討していたからその内柚華さんの身体が休まる日が来るはず。

柚華さんはいつも夕飯を食べてからトレーニングを開始する。道場の近くにあるトレーニングルームで汗を流しながら身体を日々鍛えている。俺はそれを横目に見ながらいつも一緒にトレーニングして道場で手合わせをするのが日課だ。
体力も擦り切れて道場の床に座り込むと柚華さんは徐に着ていたTシャツを脱いでタオルで身体の汗を拭く。これも彼女の日課だ。
最初は何いきなり脱いでんだと焦ったが、柚華さんが八百万にお揃いのチューブトップを貰ったと嬉しそうに話してくれた。可愛らしい笑顔だったが、正直胸しか隠れてねえし腹見えてるしで他の人の前ではその姿になって欲しくないって言うのが俺の正直な感想だ。

手合わせのあとは柚華さんが先に風呂に入る。最初の方は渋っていたが、そこを押し切って何度も先に入らせてたら諦めたのか今では抵抗せずに入ってくれるようになった。疲れてるんだから風呂くらいは最初の方に入れてやりたい。

だが、柚華さんは次に俺に風呂に行かせようと俺を呼ぶために風呂上がりの姿で俺の前に現れる。これは俺の誤算だった。
熱で紅くなった頬に潤む瞳、濡れた髪から伝わる雫、惜しげもなく出された白い足に緩い襟から見える鎖骨、柚華さんの風呂上がりは毎回俺の理性を揺るがす。その肌に触りたくて手を伸ばすがタオルで拭ったとはいえ汗まみれの手で触れるのははばかられる。だから俺は余り目を合わせないようにして足早に風呂場に向かう。

風呂から上がると柚華さんは大体自室に籠って勉強をしている。予習復習を怠らない人だ。よく皆より年上なんだからそれなりの成績を維持しないと、先生にも炎司さんにも申し訳ない。と話していたのを思い出した。あんな親父のことなんて気にしなくてもいいのに…、と彼女に言っても困ったように笑うだけで何も変わりはしないのだろう。柚華さんは意外と頑固でやると決めた事は投げ出さないタイプの人間だ。

学校でもその性格はあまり変わらないが、何処かクラスの奴らに対して一歩引いたように感じるのはきっと、彼女が本来の年齢より下の学年にいるからだ。だが、瀬呂や上鳴なんかはそこがいいとくだらない話をしていた。

「ぶっちゃ、佐倉の事どう思う?」
「年上の優しいお姉さんって感じがいいよな」
「いやいや、オイラ的にはあの戦闘服が堪んねえぜ」

戦闘訓練前後の更衣室での会話は大体女子の話か自分たちの課題の話だ。後者がメインの時はいいが前者の時は気が気じゃない。

一層の事俺の家に住んでて婚約もしてると言ってしまおうか。

「俺佐倉がフリーなら狙っちゃおっかなー」
「マジかよ!てかあいつフリーなのか?」
「俺はてっきり轟と付き合ってんだと思ってたぜ」

上鳴にとられるつもりなんて甚だないが狙われるのは癪だ。これは言ってしまった方がいいんじゃねえか?

「どうなんだよ轟」
「…付き合ってねえけど一緒に住んでる」

何秒か間が空いて男子の叫び声が更衣室に響いた。爆豪がキレて怒鳴りながら何度も爆破してたが、切島や瀬呂達がそんなのお構いなしに俺に接近して、どういう事だと詰め寄った。

「あいつが現れたのは俺の家だったからそのまま住んでる」
「てことは何か?お風呂でばったりみたいな事もしてんのか?!」
「ちくしょー!マジでイケメンなんなんだよ!イケメンだとそんな特典まであんのか!?」
「んなくだらねえ特典はねえし、そんな状況になった事もねえよ」

着替え終わりそうそうに更衣室を出ると柚華さんが頬を赤くしたまま突っ立ってて首を傾げると、恥ずかしそうに笑いながら髪を弄る。

「皆に言ったんだね」
「あぁ、悪い」
「ううん謝らないで。元々焦凍くんが口止めしてたんだし、私はどちらでも構わなかったから」

その反応に壁越しに話が聞こえたのかと分かり、もう1度謝ると柚華さんは首を横に振りふわりと笑って麗日達のところに走っていった。

「あんた達一緒に住んでたんだね」
「あぁ、面倒だから言わなかったが言わない方が面倒な事になりそうだったからな」

先日ネットで柚華さんの存在が騒がれたりして怒りのままに峰田を氷漬けにしてしまったし、言わないでネットからバレるよりはこのクラスのヤツらには俺の口から言いたい。それが牽制になるなら尚更だ。

「轟…あんた意外と独占欲強いんだね」

耳郎が俺の感情に気が付いているのか呆れた顔をして言葉を漏らした。そこで俺は初めて自分の独占欲の強さに気がついた。

そうか俺は独占欲が強いのか。

確かに柚華さんが俺じゃない男と楽しそうに話していたりしていたら、隠すことなく顔を歪めるかもしれない。いや、するだろう。俺にだけ笑って欲しいし俺だけに触ってほしい。望みばかりが果てしなく増え続けていつか俺と柚華さんを潰してしまうかもしれない。そうなったら俺は柚華さんを手放すことが出来るのだろうか…。

果てしない望みが俺がなりたいヒーローへの妨げになってしまわないだろうか。ヒーローになる事と柚華さんを手に入れる事、俺はどっちが大事なんだ…?



放課後いつものように並んで帰るその途中、少し時間を貰い公園に立ち寄った。まだ小さい子供が遊具で遊んだり走り回っている姿を眺めながら備え付けのベンチに座り、これからの事を、2人の事を話した。

「俺は柚華さんが好きだ。その気持ちは変わんねえしこれからも好きでいる自信がある」
「うん、あのね…私もね漸く答えが出たよ」

目を細めて唇に弧を描かせ笑う柚華さんに言葉が詰まった。答えとは俺の告白の事だ。彼女の唇がゆっくりと形を変えて音を出す。
俺はそれを聞きたくて仕方なかった言葉をこれから言おうとしてくれている。

「私は、」

俺が失くしていた夢を取り戻させてくれた柚華さんを、俺は絶対に進む道の妨げにはしない。
この人がいれば俺はなんだって乗り越えられる。いくらでも強くなれる。
この人はきっと俺をヒーローにさせる為に帰ってきたんだと、そう思えるから。

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