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林間合宿当日、着替えを入れた鞄を肩に背負いながら学校に向かい、軽い先生の説明を聞いてバスに乗りこんだ。
今年は例年と違う合宿所になったみたいで、と言うのも先日緑谷くんが死柄木という敵(ヴィラン)連合の人と接触したらしくこれ以上敵との接触を増やさないようにって言う配慮だと思う。

バスに乗りこみ何処か空いてる席に座ろうと見渡すと焦凍くんに手招きされたので隣に座る事にした。バスに揺られ、どんどん景色が変わっていった頃隣で焦凍くん頭がかくんかくんと揺れはじめた。眠たそうに目を閉じて頭を揺らす焦凍くんの顔にゆっくりと手を当てて、私の方に引き寄せると、焦凍くんは抵抗すること無く素直に応じて私の肩に頭を置いた。

「眠いの?」
「んん」
「ついたら起こすね。おやすみなさい」

事が切れたかのように焦凍くんは静かに眠りに入ってく。周りははしゃいで騒がしいのにそんな中でも寝れるんだと吃驚しながらも私も息を吐き出し力を抜いた。

暫く揺れること凡そ1時間。バスは休憩所に着いたのかブレーキをかけエンジン音が止まった。窓から外を見ると山道にいるらしく森林が広がっていて、建物らしきものは見えない。

「着いたぞ、降りろ」

相澤先生の言葉にぼちぼちと生徒が立ち上がりバスの外に出始めたので、焦凍くんを起こすためにさりげなく揺らすと、起きていたのかパチっと目が覚めて、行くか。と言って立ち上がった。

バスから降りるとやっぱり何もなくてこんな所で休憩するのかと思ったら、近くにいる相澤先生がボソッと呟いた。

「何の目的もなくなら意味が薄いからな」

どういう事なのかと説明を求めるよりも見たことのない女の二人組が相澤先生に話しかけ、相澤先生は頭を下げて、ご無沙汰してます。と挨拶をした。

「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」

「ワイルド・ワイルド!プッシーキャッツ!!」

誰?この人達…。

「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ」

ビシッとポーズを決めた2人を相澤先生がさらっと紹介すると、興奮しきった緑谷くんが余りある情報を提供してくれ、この人達がすごいヒーローなんだと言うことがわかった。ただのコスプレしてるお姉さんじゃなかった。
見た目によらずキャリアが12年とベテランヒーローなんだと緑谷くんの説明で分かったのだが、その緑谷くんはプッシーキャッツの一人に殴られていた。

「心は18!!」

12年のキャリアで心は18なのかー。年齢何となく分かってしまい、私もいつか彼女のようになるのかなと遠い目をしていると相澤先生に話しかけられた。

「なんですか?」
「お前にはやってもらいたい事がある」
「分かりましたけど、内容は?」
「今から始まる訓練の最後尾に常にいてほしい」

万が一にもないとは思うが保険はかけとくに越したことはないからな。
と続けた先生の言葉にこの合宿がいかにハードなのか察しがついてしまった。プッシーキャッツのショートボブの人が割と遠い山の麓を指さして、あそこが合宿所だと言った。つまり先生は私に逃げ出す者がいないか、道から逸れてしまった生徒がいないかを見てもらいたいのだろう。

「分かりました。もし見つけたらどうしますか?」
「うまく誘導しろ」
「了解です」

生徒達が不穏な空気を察してバスに戻ろうと後ずさりし始めるとショートボブの人がにやりと笑い尻尾を揺らす。

「バスに戻れ!!早く!!」

切島くんが戻るように叫びながらバスに向かって走り、何人かの生徒が既にバスに向かって走っていた。

「12時半までに辿り着かなかったらキティはお昼抜きね」

完全に背を向けた状態でバスに走ってる生徒を苦笑いながら見てると緑谷くんに虚偽の年齢を教えていた髪の長い女の人が両手を地面につき土砂崩れを起こした。

「悪いね諸君。合宿はもう始まってる」
「封印解除(レリーズ)!“跳(ジャンプ)”」

迫り来る土砂崩れを間一髪の所で高く跳ね上がって避けたが、私以外の生徒は引き起こされた土砂崩れが大きな津波のようになりそのまま飲み込まれてしまったようだ。

「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から3時間!自分の足で施設までおいでませ!この…魔獣の森を抜けて!」

土砂崩れが収まった頃に私がゆっくりと降り立つと確かに魔獣が出そうな森の光景が眼前に広がっていた。

「凄いね」
「なんで柚華ちゃんはそんなに綺麗なん?」
「あぁ、避けたからね。巻き込まれたくなくて」
「流石ですわね」

制服についた土埃を落とすのを手伝っていると峰田くんが叫びながら森の中目掛けて走り出すのが見えて、そっちに集中すると四足歩行の厳つい獣が峰田くんの行く手を阻むように立っていた。

「マジュウダー!!」
「鎮まりなさい獣よ、下がるのです」

動物を操る個性を持った口田くんが命令しても目の前の厳つい獣が歩みを止める事はなく、前足をあげて口田くんに振り下ろそうとしたが、それを飛び出していった、緑谷くん、爆豪くん、飯田くん、そして焦凍くんが壊して止めた。

戦闘慣れしてるだけあって、飛び抜けて反応が速い。そのまま4人は振り返ることなく森の中に走り去っていく。そしてそんな4人を見て士気が上がり生徒全員が森の中に消えていった。

私は先生に与えられた仕事をこなす為に歩きながら大丈夫かどうかを確認して行くことにしたが、このペースだと何時間あっても辿り着く気がしなかったのでカードを取り出して呪文を唱える。

「樹々よ我を助ける術となれ“樹(ウッド)”」

木の枝がいろんな方向に伸びて人がいないか、物が落ちてないかを探してくれる。これで走りながら移動出来る。そんな事を考えていたら地面の土がひとりでに動き出し先程見た獣を作り出した。

「あーと、退けてって言っても退けてくれないよね。ごめんね」

獣が歩き出すよりも先に私の出した木の枝が土獣に巻き付き締め付けていく。締め付けられている獣も必死に暴れるが最後は形を崩し砕け散った。陰陽五行説において土は木に弱い。だから“樹(ウッド)”が負けるわけがない。

その後彼方此方いろんな所を走ったり跳ねたりしたが、逃げ出したり迷ったりしてる生徒はいなく、戦闘中に落としたであろう、誰かのネクタイとちぎれたボタンを拾っただけだった。

皆そろそろ施設についた頃合だろうと思い走る速度を上げて森を抜けると、疲れきった皆の後ろ姿が目に入った。立っているのも精一杯といった感じで、既に日は傾いていた。

「3年後が楽しみ!ツバつけとこ!!」

土を自在に操っている人が叫びながら手をばたつかせていたが、私との距離が遠すぎて何をしているのかまではわからなかった。
私は相澤先生に落し物と報告をしようと動き出すと、土を操っていた女の人と目が合って指を指された。

「そして飛び抜けて凄いのがそこの貴方!」

私の前にいた生徒全員が一斉に後ろに振り返り私を見た。その光景に吃驚して一瞬肩をビクつかせたが、相澤先生に近づこうと一歩踏み出す。

「瞬殺。そんな言葉がぴったりだと思ったのは初めて。貴方も経験値によるものかしらん?」
「……土は木に弱いですから」

相澤先生に近づく為、生徒で出来た紅海のような壁の間を歩くと叫び声が上がった。

「佐倉後ろ!!」

上鳴くんが叫び緑谷くんが飛び出したが、緑谷くんよりも早く木の枝が土獣に巻き付き粉々にした。振り返らずに相澤先生に落し物を渡すと、ご苦労と褒められた。

「私の土魔獣を一瞬で壊すなんて、将来有望ね!」
「ありがとうございます」

相性的な問題で私の方が強かっただけなので褒められても余り嬉しくはないが、素直に受け取っておこう。

それよりも私達を睨み、監視するかのような目で見る小さな男の子に目がいき、鋭い視線にどうしたものかと考えていたら、緑谷くんが誰かの子供なのかと訊ねた。

「あぁ違う、この子は私の従甥だよ!洸太ほら挨拶しな!これから1週間一緒に過ごすんだから」

洸太と呼ばれた男の子に緑谷くんが挨拶をすると勢いよく拳を突き出して緑谷くんの急所とも呼べる場所に当てた。緑谷くんは変な声を出して倒れてしまい駆け寄ると飯田くんが洸太くんを責めた。

「おのれ従甥!!何故緑谷くんの陰嚢を!!」
「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」
「つるむ?!いくつだ君!!」

白目を向けたままの緑谷くんがあまりにも痛そうで魔法で痛みを消すかと聞いてもガタガタと震えて答えは返ってこなかったので、地面に直接顔をつけて倒れているのもよろしくはないだろうと思い、座って緑谷くんの頭を太腿の上に載せると爆豪くんが洸太くんの事をマセガキと鼻で笑っている声が聞こえ、洸太くんの態度と普段の爆豪くんそんなに変わらないんじゃと思ったがそれは私だけではないようで、焦凍くんもそこに突っ込んでいた。

相澤先生が荷物を中に入れて夕食を取るようにと指示を出したのでそれに従おうと緑谷くんの頬をぺちぺちと軽く叩くとはっと目を覚まして飛び起き、顔を真っ赤にさせて私に謝りながら何度も土下座をした。

元気そうでよかった。

緑谷くんの頭を数回撫でると更に顔を赤くして心做しか蒸気まで発している。流石にこれ以上触らない方がいいと思い、立ち上がろうとすると後ろから二の腕を捕まれそのまま上に引き寄せられた。

「行くぞ」
「うん、荷物持った?」
「柚華さんのも持った」

ありがとう。とお礼を言って荷物を受け取ろうとしたら焦凍くんが小声で気まずそうに話し出した。

「あんま他の人に膝枕とかすんなよ。今回のは仕方ないとしてもだ」
「緊急時や介抱ならいいの?」
「本当は嫌だけどそれは仕方ねえからな」

彼なりの嫉妬なのだろうか。緑谷くんに膝枕をして不快な思いをさせてしまったのは申し訳ないが、遠回しでも言葉にして嫉妬したと伝えてくれたりしてくれるのが嬉しい。

「ふふ」
「笑うな」
「ごめんね、嬉しくてつい」

焦凍くんは何も言わないで自分の与えられた部屋に歩いていってしまい、私もそれに倣い自分の部屋へと足を向けた。
荷物を下ろして食堂で空腹時の男子の食いっぷりに軽く引きながら食事を終え、お楽しみのお風呂の時間だ。

この施設のお風呂は露天風呂で景色を楽しみながら疲れを癒すことが出来る。ただ心配なのは男子のと入浴時間が一緒だということだったが、洸太くんが見張りしてくれると言うので安心だ。

「気持ちいいねー」
「温泉があるなんて最高だわ」
「癒されるー」

お湯に浸かり深く息を吐くと峰田くんの大声が聞こえてきて、あぁやっぱり覗きに来るのか。と思わず納得してしまった。性欲の権化だもんね。

「壁とは越えるためにある!Plus ultra!!」
「校訓を穢すんじゃないよ!!」

自分の個性を使って壁をよじ登ってきた峰田くんを間一髪の所で洸太くんが突き落とした。

「クソガキィィ!!」

悔しそうな声で峰田くんが叫びながら向こう側へ落ちていき、洸太くんにお礼を言うと洸太くんも顔を真っ赤にして向こう側へ落ちていってしまった。

あ!怪我しちゃう!

咄嗟に腰を浮かせて立ち上がったが、男子がいる方からナイスキャッチと声が聞こえたので、誰かが受け止めてくれたのだろう。これでゆっくり浸かることが出来る。

こうして林間合宿の1日目が過ぎていき、明日から合宿が本格スタートする。

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