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朝、5時30分体操着に身を包み私達は集まった。まだみんな眠そうで私が女の子を起こしに行っても三奈ちゃんなんかは暫く起きそうになかった。

「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を行う。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる仮免の取得」

そして具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だと言葉を重ね、入学してすぐにやった体力テストでやったらしいボール投げを爆豪くんに投げさせる為にボールを爆豪くんに渡し、彼はそれを勢いよく投げ飛ばした。

「くたばれ!!!」

……くたばれ…。

爆破と共に投げ飛ばされたボールは一瞬にして見えなくなり、相澤先生がスマホの画面を私たちに見せた。そこには今投げたボールの飛距離が記録されており、入学時とあまり変わらない記録が記されてある。予想よりも伸びてなかったその記録に何人かの生徒が狼狽えるが投げた本人、爆豪くんの方がしっくりきてないように見える。

「約3ヶ月間様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから今日から君らの個性を伸ばす。死ぬほどキツいがくれぐれも…死なないように」

そう言って始まった訓練は地獄のようで、阿鼻叫喚というぴったり当てはまる叫び声が彼方此方から聞こえてきてまさに惨状だ。

個性の限界突破。これが今回の課題で、それぞれ限界を超える個性の使用で唸り声を上げている中、私は使えば使う程魔力が溜まり使用枚数も増えるという、皆から見たらただのチート個性なので1番伸び代がある“移(ムーブ)”の精度をひたすらに上げている。

と言っても、これだけだと飽きちゃうから砂藤くんや百ちゃんのお菓子が無くならないように“甘(スイート)”でお菓子とかも作るんだけどね。

これにB組とプッシーキャットの残りのメンバーも加わり大所帯の合宿となり、強化訓練が終わる頃には死屍累々となっていた。

「皆大丈夫…じゃないよね」
「佐倉は精度を上げるだけだもんなァ」
「流石魔法少女チート個性だぜ」

罪悪感が酷い。切島くんと上鳴くんの疲れきった表情に申し訳なさが酷く、苦笑いしか出来ないでいるとプッシーキャットのラグドールさんとピクシーボブさんが大量の野菜やお米をテーブルに置いて待っていた。

「さぁ!昨日言ったよね!世話をやくのは今日だけだって!!」
「己の飯くらい己で作れ!!カレー!」
「イエッサ……」

死にそうな声で返事をしたクラスメイトを哀れに思ったが一人だけ張り切っている生徒がいた。それは我らが委員長の飯田くんである。

「世界一うまいカレーを作ろう皆!!」

お、オー…と普段元気な人達が腕を空に向かって上げるもその声はやはり死んでいて、少しの休憩を与えようと両手を叩き注目を集める。

「そしたら皆先にさっぱりしてきなよ。その間に私が進めてるから」
「しかしそれだと分担が偏りすぎてないか?」
「そうかも知れないけど、皆体操着に土埃とか汗とか垂れ流した状態で料理したくないでしょ?」
「確かにそうだけど、柚華ちゃんは大丈夫?」

納得しない飯田くんが納得するように説明を加えるとお茶子ちゃんが心配そうに声をかけてきてくれたが、正直心配なのはこっちだ。顔を真っ青にしてフラフラしてる人を料理させたくない。

「大丈夫だよ皆程疲れても動いてもいないから。先生も良いですよね?」
「あぁ、時間通りに動くなら好きにしろ」
「はい、決定!飯田くん皆の引率よろしくね」

先生の許可を貰い、飯田くんの背中を無理矢理押すと皆がぞろぞろと施設の方に歩き出し、飯田くんは張り切って指揮を取ってくれるようになったので、私は夕食のカレー作る為腕捲りをして手を洗った。

先ずはお米からだ。

お米を数回水で研ぎ、飯盒の中に入れて適量の水を加えて吸水させる為に放置する。30分以上は吸水させないと芯が固くなってしまう。それをぱっぱと全員分終わらせて野菜を割と小さめに切って根野菜から鍋の中に入れて牧に“火(ファイアリー)”で火をつけ焼いていく。

「お前予想通り手際いいな」
「…色んなところで野宿とかしてますからね必要最低限分は何とかなりますよ」
「そうか。それで先程お前が言っていた土は木に弱い。…陰陽五行説か?」
「そうですよ。よく知ってますね」

相澤先生は何かをメモしながら私に話しかけ、返事をするとそのまま会話がなくなった。手伝ってはくれないのかと納得しつつも野菜を切る手を止めないでいると賑やかな声が近づいてきた。
もう帰ってきたのかと時計を見ると30分位しか経ってなくてゆっくり休めたのか心配になってしまう。

「柚華ちゃんありがとう!さっぱりしたよ!」
「任せて悪いな佐倉」
「何を手伝えばいいかな?」

さっきよりも皆の声が元気そうで安心し、ホッと息を吐いて手伝って欲しい事を伝えると皆笑顔でやってくれた。それぞれやる事が見つかったのか指示待ちの人がいなくなり、野菜を切ろうと包丁を握ると後ろから爆発音が聞こえたので爆豪くんが火をつけたんだろう。私が火を付けたところは1箇所だけだから炎系の爆豪くんや焦凍くんは大活躍だ。

色んな所から焦凍くんを求める声が聞こえて嬉しくなっていると踵を誰かに蹴られ、包丁を置き振り返ると誰もいなく、首を傾げると、おい。と下から声が聞こえた。

「洸太くんか。どうかした?」

洸太くんの目線に合うようにしゃがみ話しかけるといきなり頬を抓られ引っ張られた。突然の事に痛みより驚きの方が勝り声が出ないでいると、洸太くんがショックを受けたような顔をして私の頬から手を離した。

「本物…?でも、化粧…化粧だろ?!」
「私普段から化粧してないよ」
「だって俺知ってんだ!アンタみたいな人の事コスプレイヤーって言うんだろ!!」

あぁ、アニメを見ていた子なのかとすぐに分かった。だから私の頬を抓り変装のマスクじゃないか確認したんだ。どう言えば本物だと納得してくれるのか考えていると今度は髪の毛を軽く引っ張られた。地味に痛いが、カツラかどうか確認しているのだとわかりそのままにしてると洸太くんは目を大きくさせて2、3歩後退した。

「何故だ。本物の訳がねえのに」
「残念な事に本物の佐倉柚華なんだ。よろしくね洸太くん」

仲良くしてもらおうと手を伸ばして握手を求めると小さな手で弾かれ、睨まれた。

「ヒーローになりたい奴なんかと仲良くするわけねえだろ」

そのまま洸太くんは走り去ってしまい、私は何かやってしまったのかと追いかけれないでいた。
好いてくれてたのに嫌われてしまったようで切ない。

「柚華さん大丈夫か?」
「大丈夫だよ」

焦凍くんに差し伸ばされた手を取り立ち上がると、焦凍くんは手の甲で抓られた私の頬をするりと撫でた。眉間に皺を寄せてながら心配そうに私を見つめる。

「痛くねえか?」
「子供の力だしそこまで痛くないよ」
「……何かあったらすぐに言えよ」

私に背を向けどこかに歩いて行った焦凍くんを追いかけずにカレー作りを続ける事にした。すると後ろから響香ちゃんに声をかけられる。

「あー、のさ、轟と付き合ってんの?」
「……いきなりの恋愛話」
「いや、だって気になるじゃん!今の見て気になんなかったの委員長と爆豪位だって!!」

最初は耳朶から伸びるイヤフォンジャックを指で絡ませるようにいじらしく動かしていたが、女の子らしく恋愛話に興味があるようで興奮したように詰め寄って来た。答えるのは簡単だが、今は強化合宿に来ているわけだしあんまりそういう話で盛り上がるとダメなような気もするが、まあいいか。と思い響香ちゃんが望む答えを伝えると近くの飯盒から吹きこぼれが出てきたので火が近くなるように移動させる。

「え?マジで?!」
「うん?」
「付き合ってんの?」
「多分。付き合ってとかって言ってないし聞いてないけど、多分付き合ってる」

それ本当に付き合ってるの?って疑うような目線で見てくる響香ちゃんに苦笑いしか出来ないでいると数個ある内の一つの鍋が完成したようで、叫び声が上がっている。

「お互い今はヒーローになることに必死だから」
「そーいうもんなの?」
「人それぞれだよ」

それから私達は夕飯にありつくことが出来た。家で食べるよりは味が落ちるが疲れている体に空腹状態で皆昨日のようにがっついて食べていた。途中瀬呂くんが百ちゃんに心無い一言を言って響香ちゃんに打たれるという事案が起こったが何事もなく夕食を終えることが出来たのでよかった。

「柚華ちゃん先にお風呂に入ってきたら?ここは私達がやっておくから」
「梅雨ちゃん…ありがとう、でも悪いよ」
「そんなことないわ。柚華ちゃんのお陰で私達随分楽できたもの」
「そしたらお言葉に甘えて先に頂くね!ありがとう」

私は皆より一足早くにお風呂を頂く事にしてこの場を後にした。部屋に戻り、寝間着を手にして脱衣所に向かうと洸太くんとすれ違い、すごく睨まれた。あれは絶対に嫌われたと思いながら露天風呂に浸かり、訓練の疲れを解して息を吐いた。

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