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3日目、昨日に引き続き個性を伸ばす訓練を生徒40名が行っている。汗だくになりふらふらしながら訓練しているがその中でも一番きつそうなのが補習組の人達だ。軽く目が死んでいる。大丈夫かと聞かなくても大丈夫ではないとすぐにわかってしまう位にきつそうだ。

私も早くこの“移(ムーブ)”を使えるようにならないと…!

昨日はひたすら使って移動したが予想より短い距離かつ、命中率が8割だった。これだと使い物にならない。何度使っても何も変わらない、打開策は何かないのか。
……そう言えばクロウさんはこのカード一つ一つに性格や魔力があると言っていた。つまり私が求めているレベルにこのカードの魔力が追い付いていないから出来ない。不完全のままなんじゃ。

一か八かだがやってみて損はない。

「光の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ。契約の下柚華が命じる。封印解除(レリーズ)!」

“移(ムーブ)”のカードを取り出し、前方に投げて杖をカードに当て魔力を移すイメージをする。大丈夫。何があってもこの子達は私の傍にいてくれる。

「今ここに我が力を受け活躍を見せよ!“移(ムーブ)”!」

宙に浮いていたカードが私の目の前で光を集めながら回りだし目が眩むほどの光を発して私の手の中に納まった。カードに描かれたイラストには何の変化もないので本当に魔力を与えられたか不安になり試しに使ってみようと思い、何を目的にしようと周りを見渡すと色んな人に見られていた。

「え…?」

そんなに見られているなんて思わなくて動きが一瞬止まるとA組の殆どの人が集まってきて一斉に質問攻めにあう。さっきまでの疲れはどこに行ったの?と逆に質問したくなる勢いに圧倒されてしまう。

「オイオイオイ!なんだよ今の!」
「新しいカードとかできたん?」
「佐倉さん今度はどんなカードなの?!」
「皆さんそんなに質問攻めしはいけませんわ!一人づつ、まずは私から!」
「佐倉新しいカードとか作れんのか?!」

このままだと埋もれてしまう。たかが数人だが勢いが勝てない。誰かいないかと必死に首を回すと一瞬焦凍くんと目が合い、一か八かで“移(ムーブ)”を発動させた刹那視界が一気に変わり私は焦凍くんの目の前に移動していた。

やった。成功した!

「なんなん今の?!」
「佐倉瞬間移動も出来んのかよ!」
「ほんとチート個性だなぁ」
「お前ら喋ってないで訓練しろ!!」
「イエッサー!」

相澤先生の一喝で生徒が訓練に戻り私は成功出来た喜びを噛みしめていた。

出来た、そしてわかった。このカード達のポテンシャルは魔力で変わる。生かすも殺すも私次第だという事に。でもこの仮説が正しいとして、このカードを使う時の私の魔力の消費量は変わるのだろうか。今の感じだと前とそんなに大差がないように感じるが、それだけ私の魔力の貯蓄量が増えているから感じないのか、本当に消費量が変わらないのかわからない。

でも、この学校にいる限り嫌でも魔法を使う羽目になるのだから関係ないか。

「柚華さん?」
「あ、ごめんね邪魔してるね」

焦凍くんから距離を少し取ると彼は無言で自分の個性の訓練を続けた。黙々と訓練を続ける彼に負けていられない。私も次のカードの訓練しないと。


時間はあっという間に過ぎていき、夕食の時間になりそれぞれ準備に取り掛かった。私は何をしようかなと周りを見ると、昨日と同じく踵に可愛らしい衝撃がきて、振り向くと案の定洸太くんが私を睨みながら立っていた。

「どうしたの?」
「お前本当に本物なんだな」
「そうだよ。さっきの見て納得してくれたのかな?」

洸太くんは一つ頷くと私の顔をきつく睨みながら小さな握り拳を作り何度も私の体を叩いた。多少は痛いが洸太くんも手加減しているのがわかり、本当は優しい子なのかと微笑ましくなった。だけどこのままだと私が痛いだけなので、やめてもらおうと洸太くんを抱き上げると大人しくしてくれた。

「どうして私を叩いたの?手、痛くなかった?」
「何故ヒーローを目指してんだ」
「守りたいと思う人がいて、その為にこの力を使うには資格がいるから…かな」
「死んだらどうすんだよ」

もしかしてこの子の両親はヒーローで、そして殉職してしまったのかもしれない。だから洸太くんはこんなにヒーローを毛嫌いしているんだ。残された人の気持ちを考えたことあんのかって言いたいんだ。

「私はね、死にたくないからだから強くなりたいんだ」
「強くても皆死ぬんだろうが!!」

洸太くんは私の首筋を強く噛み、一瞬緩んだ腕から飛び降りて森の方に走って行ってしまった。あんまり遠くに行かないようにと声をかけたが果たして洸太くんに届いていただろうか。


夕食を食べ終えお楽しみの肝試しの時間になった。三奈ちゃんがテンション高く拳を上に突き上げながら、肝を試す時間だ!!と燥いでいると相澤先生が補習授業だと言って補習組の人達を捕縛用武器で連れ去ってしまったので、残った16人で行う事になった。
プッシーキャッツの説明によると先攻で脅かす側なのはB組で直接接触禁止で個性を使用して脅かしてくる。私達は2人1組で3分おきに出発ルートの真ん中に名前を書いてある札を持って来てゴール。

「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」
「普通に汚い」

私達は公平を期すためくじでペアを決めて見事焦凍くんとペアにならず、緑谷くんとペアになった。

「僕でなんかごめんね」
「なんで?」
「だって轟くんと付き合ってるんじゃ…」
「あぁー、いいの私最後に出発する人とが良かったから」

この合宿が始まる少し前、土砂崩れが起こる前に相澤先生に常に皆の後ろにいろと言われた。あれはこの合宿を敵(ヴィラン)が襲ってくる可能性が1%でもあったから私にそう言ったんだろう。あの時は迷子や脱走者落し物係かと思ったが、そうではないような気がしてきた。

「柚華ちゃん怖くないん?」
「うん。だってこれ偽物でしょ?私本物に慣れているから」
「そんな慣れ嫌なんやけど…」

どんまい四月一日くん!お茶子ちゃんに嫌われちゃったね。なんて四月一日くんの顔を思い出しながらエールを送るとお茶子ちゃんが私の首筋の噛み跡に気づいてしまい、小さいながらも黄色い悲鳴を上げた。すぐ隣にいた緑谷くんは何事かとお茶子ちゃんを見て、彼女が指差している私の首筋を見て顔を一瞬にして顔を赤くさせた。

「コレッ!2人ってもうそんな…っえぇ?!」
「麗日さんきっと犬かなんかだよ!」

騒ぐ2人にどうしたのかと焦凍くんが近づいてきて私の首の噛み跡を見てしまった。別に隠そうとは思ってなかったが、説明も面倒だしできればバレたくはなかった一件である。

「…誰にやられた」
「え?轟くんじゃないの?」
「…洸太くんにこう、かぷっと」

2人は焦凍がつけたものじゃないとわかると緑谷くんは少しほっとしていた。クラスメイトの恋愛沙汰とかあんまり生々しいところは見たくない年頃だもんね。
それに対して年頃のお茶子ちゃんは明らかに落胆していて、女の子だなと笑みが零れた。

「あの子供か…2回目だな」
「ん?痛い思いするのってこと?」

確かに2日連続で痛い思いをしているな。なんてぼやっと考えていると焦凍ペアが出発するようで集合がかかっていた。

「気を付けて」
「柚華さん」

名前を呼ばれて腕を引っ張られる。抱きしめられるのかと思いきや洸太くんの噛み跡がある首筋に痛みが走る。かぷりなんて可愛らしいものじゃないそれに思わず目が潤む。

「行ってくる」

満足そうに笑い焦凍は肝試しに参加する為背を向けて歩き出す。残された私は、お茶子ちゃんの黄色い悲鳴と顔を真っ赤にした緑谷くんに挟まれながら赤面した顔を隠す為にしゃがみこむ。耳まで熱い体温に焦凍を恨まずにいられない。

「最悪だ」

でも、小さな子供にまで嫉妬してくれる焦凍くんが嬉しかったりしてる自分も最悪だ。


 
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