05




焦凍くんとお買い物した日から何日か経った。あの日のうちに炎司さんがスマホを私に与えてくれた。そしてリカバリーガール?と言う女の人のところに行くように言われたので本日行くことにした。勿論、学校側には今日行くことを伝えた。今日、焦凍くんはいつも通り学校に行ったので私は鉢合わせしないようにと午後に雄英高校に行くことにした。何でもリカバリーガールは雄英高校の養護教諭らしいのだ。学校側には私の事はそれとなく伝えてあると言われたので安心して行くことが出来る。
私の事を秘密にするつもりはないけど、聞かれない限り言いふらすつもりもない。が、何か聞かれても上手く説明できる気がしないから、先方に私のことが少しでも伝わっているなら多少下手の説明でもなんとかなるだろう。


あの日のように魔法を使って高校の前まで飛んで移動した。この方が速いしお金もかからない。経済的だ。
高校の校門の前に降りてインターフォンを探すけど見当たらない。どこにあるのかと校門の前をうろうろしてもなにも見当たらない。叫んだら人来るのかな?でも、叫ぶのは恥ずかしい。もしかしたら門の先にインターフォンがあるのかも知れないと一歩踏み出すと警報音が耳を劈くように鳴り、下から壁がせり上がってくる。

「な、なんじゃこりゃぁっ!」

踏み出した足を慌てて引っ込める。セキュリティが凄すぎる。

なんだこの鉄壁は。

もうどうやって校内に入っていいかも分からない。これ魔法使っていいのかな?“抜(スルー)”を使えばこの壁くらい簡単に抜ける事は出来る。けど一歩踏み入れた事で警報音が鳴り、鉄壁が出てくるくらいだ外部からの侵入を拒絶しているのだろう。無理やり入ったら立派な不法侵入になってしまう。さて、どうしようか。

「あーあ、派手にやっちまったなぁ」

鉄壁の向こうから声が聞こえた。学校の人がすぐ傍にいるんだとわかって私は声をあげた。

「すみません。やってしまいました」
「君はアレかい?今日来る予定だったリスナーの佐倉かい?」

リスナー?ではないと思うけど佐倉は私の名字だ。今日来る事はちゃんと伝わっていたようでよかった。でもどうして誰も校門の近く立っていなかったんだろう。時間もちゃんと伝えたのに。

「今、セキュリティを解除するからちょっと待ってな」
「ありがとうございます」

壁がなくなるとサングラスをつけた金髪の外見がうるさい人が立っていた。この人は教員なんだろうか。事務員さんでは絶対ないよね。外見がアウトだもん。でも教員でもアウトな感じだけど。
そう言えば雄英の教員は皆プロヒーローなんだっけ。そしたらコスチュームの関係でなんでもいいんだろう。なるほど、この人は教員か。

「んじゃ、さっさと移動するぜ」
「はい」

移動しながら、なんで門に誰もいなかったのか教えてくれた。数日前にマスコミが押し寄せて来て大変な事になったようで、教員を一人置いたらマスコミに万が一嗅ぎつけられた時囲まれてしまう。それなら警報鳴らして監視カメラで確認したほうがいいって事になり、誰も置かなかったらしい。
そんなこんなで名前かも分からないヒーローの後を着いていくと1つの部屋の前で立ち止まった。どうやらこの部屋にリカバリーガールがいるようだ。

「あの、ありがとうございます。すみませんがお名前伺ってもいいですか?」
「Hey!君俺の事知らないのかよ!…そうか違う世界から来たんだもんな」

プレゼント・マイクと名乗ったその人は私の事を有り得ないものを見たかのように驚きはしたものの、すぐに事情を思い出し自己紹介とラジオの宣伝をすると背を向け手を振りながら来た道を戻っていった。なんだか一人でも騒がしい人だ。
取り敢えず目の前の扉をノックした。すると中からお年を召した女の人の声で返事があった。リカバリーガールなんだよね?ガールって若い女の人のことだよね?
取り敢えずはと扉を開けるとお婆さんが中にいた。

うん。ガールではない。

「中にお入んなさい」
「はい」

促されるまま近くの椅子に座ると、リカバリーガールからいくつかの質問をされた。問診代わりなのだろう。何をするのか聞かされていない分変に緊張をしてしまう。

「今日はねぇ、エンデヴァーから足のレントゲンを取るように言われているんだ」
「レントゲンですか?特に痛みとかないのですが」
「…あんた、何も知らされてないんだねぇ」

そのようですね。

リカバリーガールに可哀想な人を見るかのような目で見られながらも、レントゲン室で足の骨を撮り終えると外の様子が騒がしくなっていた。何人もの人が行ったり来たりしている。リカバリーガールもその事に気づいたようで騒がしいと言うと廊下に出て行った。
微かに聞こえた話だと校内に敵(ヴィラン)が侵入したようですぐに戦えるヒーローをかき集めているらしい。怪我人もいるらしくリカバリーガールにも来て欲しいとの事だが、移動の車の関係上乗る席がないらしい。

私の出番ではないだろうか。

二人の話に割り込むように声をかけた。

「それなら私がリカバリーガールを移動させましょうか?私空飛べますし」
「君は一体何者なんだい?」
「えっと、エンデヴァーさんの所でお世話になっている者です」
「そうさね、この子に連れて行って貰うことにするよ」

最初は私の事を怪しんで鋭い目で私を見たが、リカバリーガールがそう言うとその場は綺麗に収まり、私はリカバリーガールを連れて飛ぶことになった。

「場所はわかっているんですよね?」
「あぁ、さぁ行くよ」

彼女を抱えて外に出て呪文を唱えた。

「封印解除(レリーズ)!」

鍵を杖に戻し立て続けにフライを呼び出す。背中に羽を生やし、もう一度リカバリーガールを抱えて飛び立つ。
どこに向かうのかは彼女が指示してくれるのでその通りに飛ぶと次第に爆発音が聞こえてきた。どうやらあのドームの中で敵が暴れまわっているらしい。
一番大きな爆発音がすると同時にドーム状の屋根の一部に穴があいて濃い青紫色の何かが飛び出して空の方に飛んでいった。

「このまま建物内に入ります!しっかり掴まっててください」
「はいよ!」

高度を落として羽をなるべく扉に当たらないように体に巻きつけて素早く中に入った。中には怯えて泣き出している生徒に、肘の皮がなくなり血肉がむき出しになっているボロボロの男の人が横たわっていたりしていて、見るのも悲惨な状況が目前に広がっていた。

「降ろします!」

ゆっくりと一番重症であろう男の人の近くに降ろすとリカバリーガールは持ってきた道具で今出来る最善の処置をし始めた。まだ増援のヒーローは来てなかった。私の方が早く来てしまったらしい。そして階段の下に沢山の悪人面がいる。あの中に生徒がいないならひとまとめにやっつけちゃえるんだけど。

「リカバリーガールが来てくれた!」
「相澤先生が!相澤先生がっ!」
「あの女の人誰だよ?!リカバリーガールを連れてきてくれたから敵ではないんだろうけど」
「委員長が連れてきてくれたのか?!」

生徒が各々話し出す。委員長って誰だ。それよりもこの状況を打破しようと蛙みたいな可愛い感じの女の子に状況を聞いた。

「ねぇ、階段下の広場に人が沢山いるけどあの中に生徒はいるの?」
「あそこには生徒はいないはずよ」
「ありがとう」

捕縛したほうがいいのか、無力化したほうがいいのか。いや、捕縛だ。確か炎司さんがヒーローの資格がないと攻撃出来ないと言っていた。血が出ると流石に言い逃げできない。“矢(アロー)”が使えない。なら“撃(ショット)”や“雷(サンダー)”で動きを止めて、捕縛したほうが確実だ。

私はサンダーを呼び出すために階段の近くまで移動した。後ろで生徒が何かを言っているが今は無視させていただく。

「彼の者たちに雷を!サンダー!」

下の広場にいる敵に向かって無差別に雷が何本も落ちる。本物の雷よりは格段に威力は劣るが当たれば常人なら気絶は必須だ。それでも、無差別ゆえに全く当たらない敵もいるのでもう1つのカードを呼び出す。

「ショット!動ける敵に撃て!」

「すげぇ…なんだあの女、何者なんだ」
「あの人どこかで見たことがあるような気がするわ」

ショットが数人の敵を気絶させた。これで半分位の敵を捕縛できる。ウィンディで一纏めに捕縛してしまおう。

「風よ、戒めの鎖となれ!ウィンディ!」

カードから髪の長い女の人が現れ、地面に気絶して転がっている人たちを浮かび上がらせ竜巻をおこして一つにまとめあげる。瞬間、後ろから銃声と歓喜の声が上がる。増援が到着したようだ。隣に先程案内してくれたプレゼント・マイクが立ち高音の声を上げると階段を上がってきてた敵が耳を抑えて倒れていく。それでも何人かは立ち上がろうとしたのでウッディで檻を作りその中に先程ウィンディで捕縛した敵共々入れていく。それを見たプレゼント・マイクはニッと笑い片手を上げたので私も片手を上げるとハイタッチをされた。うん。テンションが高い。
すると今度はコートを来た人が何体も飛び出していった。なんじゃありゃ。

奥の方で黒いモヤが大きくなって消えていった。恐らくアレが今回の黒幕なんだろう。なんの目的で来たかはわからないけど子供にこんな恐怖を与えるなんて、死ぬ思いをした生徒だっていただろうに、何を考えたらこんな酷いことができるのだろう。

私がこんな事考えても仕方ない事はわかっているけど、考えずにはいられない。

いつの間にか隣に立っていたはずのテンション高いヒーローはどこかに行ってしまったようで、次々にこの場に集まってくる生徒に居場所がなくなり慌てて広場の隅に寄った。元気に帰って来る微かに傷のついたムキムキの赤い髪の生徒がリカバリーガールに話しかけていた。何かを話し終えるとリカバリーガールは私の方に歩いてきた。

「どこかに移動しますか?」
「悪いね。頼んでもいいかい?」
「この場所に居づらかったので」

もう一度フライのカードを発動させ、リカバリーガールを抱っこして飛び立った。真っ直ぐに行けばいいとの事で気づかれない程度に少しフラつきはするものの急患がいるであろう目的地に到着した。なんか壁が出来ているけどここなんだよね?
リカバリーガールを降ろしてちらりと壁を除くと、緑色のもさもさした髪の生徒の四肢があらぬ方向に曲がり倒れていた。その光景に思わずひきつる声が出た。

「ひぃっ!」

リカバリーガールはボロボロの生徒に近づき唇をすぼめるとその唇が伸び、少年の頬に吸いついた。

ん?伸びた?

すると少年の体が徐々に回復していくようで関節が正しい方向に戻っていく。リカバリーガールの個性は治癒なのかとここで初めて知る。
少年は状況がわからないようで頭をブンブン振り回して周りを見ながら、言葉にならない疑問をぶつけている。少年の疑問を代弁するように四角い体の人がリカバリーガールに訪ねていた。

「あなたがどうしてここに?」
「彼女に連れてきてもらったのさ」
「あぁ、あの彼女ですか」

四角い男性が私の方を見たので一応お辞儀をすると、優しく笑って声をかけてくれた。

「私の名前はセメントス。リカバリーガールを連れて来てくれてありがとう」
「佐倉柚華です。大した事はしてませんので」

セメントスさんは私の頭に手をやり撫でると優し気な声で生徒がいる所に行くように行った。私はその指示に従う為にリカバリーガールに一声かけてもう一度飛び立った。4大元素カードを2枚も使ってしまい魔力が残り少ないため、リカバリーガールを連れて戻れるか不安だった為正直ホッとした。

入口近くの広間に生徒が一箇所に固まって賑やかに語り合っていた。最後の方しか知らないけどあんな事があったのに皆タフだなと感心せざるを得ない。

どこに降り立とうか広間を見渡していると見慣れつつあるツートンカラーの少年を発見した。そうかこの生徒たちはヒーロー科の生徒だったのか。それならあのタフさにも納得だ。いや、納得できない。ついこの間まで中学生だったのに、いきなりこんな危険な目にあってそれでも誰かと語り合えるなんて、そのメンタルの強さはヒーローに必須なものだろう。確かに金の卵なわけだ。

それにしてもどこに降りようとドームの屋根スレスレを旋回してると、焦凍くんがふと上を向いた。チャンスと思い、思いっきり手を振ると気づいてくれてみんなの輪から離れて一人になった。

ありがとうございます。

そう思わずにいられない。彼の隣に降りようと高度を落とすと焦凍くんは赤い髪の少年に話しかけられたようで輪に戻ってしまった。拠り所がいなくなってしまった今、もう降りることすら諦める。私は一対一なら話せるが、一対多数は緊張しちゃって話せないんだ。
生徒がそんなに興味ないと思うって?ちらほらと私のことが下で話題に上がっているのよ。

結局プレゼント・マイクさんを見つけて彼の背中、生徒から見つからない場所に降り立った。先生には鼻で笑われてしまったが気にしないことにする。
縮こまって先生の背中越しから焦凍くんを見ると何故か不満そうに私を見ていた。解せぬ。

5分もしないうちに警察がドーム内に入ってきて生徒をドームの外に誘導した。お陰で縮こまらずに済む。

「佐倉リスナーはあれだな!ヘタレだな!」
「人が気にしていることさらっと言わないでください」

塚内と名乗っていた警部が敵が入っている木の檻の前で立っていたので、檻を解いた方が良いのかと思い話しかけた。

「あの、これ解いた方がいいですか?」
「君がやったのかい?」
「えぇ、まぁ」

警部は数人の部下を連れてくるとお願いするよと言った。
私は木に触れてありがとうと言うと檻が一本の木になってカードになり私の手元に収まった。警察に人たちは気絶している敵に手錠をかけると持ち上げて次々と運んでいった。

「これは、君の個性かい?」
「個性ではないです」
「個性ではないとはどう言う意味だい」

話していいのかと考えてしまう。私が何か言うことによって轟家に迷惑をかけてしまうかもしれない。黙りになった私を見た塚内警部が私の頭をゆっくりと撫でた。

「無理しなくてもいいんだ。ただ君はまだ子どもだ、周りを頼ってもいいんじゃないのか?」
「今は説明出来ないです。でも必ず説明します」

待ってるよ。と柔らかく笑ったその人は部下に指示を出す為にか、入口の方に歩いて行った。

私も保健室に戻ろうと警部を追うように外に出た。まだレントゲンの結果を聞いてないのだ。聞いて帰らないと炎司さんに聞かれた時に何も答えられない。いや、敵と戦ってましたので聞く機会がなくそのまま帰宅しました。でもいいのかな?
……いやいや、良いわけが無いでしょ。リカバリーガールが今日は相手できないって言うのであればそれでもいいかもしれないけど、何も聞いていないのだから私が判断することでは無い。
そう結論を出すと、ドームの外に出ていたようで、ヒーロー科の生徒が私を見ていた。
目を輝かせている人もいれば、遠慮なく睨みつけてくる生徒もいた。特にミルクティーに金を混ぜたような色のツンツンした髪の生徒は私を威嚇するように鋭い視線を向けている。焦凍くんと初めて会った日もそんな視線を向けられていたなと一瞬ぼんやり考えた。

まぁ、今睨んでいる金髪の彼の方が人相もあいまって余計に怖いけど。

「えっと…」

どうしたらいいのかが普通にわからない。飛んで行ってもいいのかな?真っ先に見つけた焦凍くんは我関せずを決め込んでいる。酷い。

どうしようか視線を彷徨わせていると、目の前の生徒から一斉に声をかけられた。

「アンタ何者なんだ?!」
「そんなに強いのにうちの生徒じゃないの?」
「ナイスファイトだったぜ!」
「格好よかったわ」
「あなたの個性ってなんなん?私あんなに色んなのが出せる個性初めて見たよ!」
「ていうか、あんたさっき飛んでたよな!真っ白の羽で!」
「うるせえぞ!テメェら!!」
「おめぇが一番うるさいわ」

うん。元気だ。そして質問が一気に来すぎて何が何だかわからない。同時に話しかけられても聖徳太子じゃないから聞き分けるなんて出来ない。ジリジリと近寄ってくる生徒に負けじとジリジリと後退する私を見かねたのか、焦凍くんが口を開いて何かを言おうとした。が、先生による一喝で生徒は渋々バスに乗りこんで行った。バスが発車して見えなくなるまで窓から沢山の生徒が手を振ってくれたので、私も出来るだけ笑顔で手を振り返した。

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