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梅雨ちゃんと私を囲むように抱き合い、涙を流しながらその日は皆と分かれ、それぞれの部屋に向かったのだが私は焦凍くんに呼び止められ、場所を移して2階女子寮。つまり私の部屋で話すことになった。

「どうかした?」
「…俺があそこに行ったこと俺の口から伝えるべきだった」
「例えそうだとしても私怒ってたと思うよ」

ローテーブルを挟み、向かいに座ってる焦凍くんはそうじゃねえと首を振り私の顔を見た。

「俺の口から伝えたかったんだ。誰からか聞いたとかじゃなく。…そうしなきゃいけねぇって思ってたんだ」
「うん…ごめんね盗み聞きして」

黙って首を横に振る焦凍くんにあの場では言えなかった本音をぽつりと漏らした。

「あのね、私あの場にいたの…神野区にいたんだよ」
「は…?」

勢いよく顔を上げた焦凍くんの顔は驚きに満ちていて微かに吐息が漏れるかのように音を出した。

「警察と先生とエンデヴァーさんにお願いしたんだ。私を連れていってくださいって」
「なん…で」
「悔しかったからだよ。あの合宿で私相澤先生から阻止しろって言われたの。だけど出来なかった…それがとても悔しくて、だから直談判したの。半分脅しだったけど」

相澤先生の言う正規の手続きを踏んだとは言い難いが。

「沢山の死体を目にしたよ。私がやってた仕事は民間人の避難誘導や救出がメインだったから」

重軽傷者の人達を沢山目にして、声をかけて手当をした。だけど中には私が見つけるよりも先に命尽きてしまった人もいた。

「柚華さん…俺」
「私はね!焦凍くんが無事でよかったって今心底思ってるよ。あの場にいたんだって知って瓦礫に埋もれてた、道端にいた死体と貴方を重ねてしまった」

焦凍くんがもしヒーローだったら私の心構えも変わったのかもしれない。だけど今焦凍くんは私と同じ学生で尚且つ年下だ。私は焦凍くんを失うのかもしれないという恐怖が今になって襲ってくる。

「すまねえ…何度謝っても足りねえとは思う、けど泣かないでくれ」
「え…?」

泣いているの?

私は焦凍くんの言葉で初めて今泣いてる事に気づいて、慌てて涙を拭った。変なところを見られてしまった。早く泣き止まないと。そう思えば思う程涙はとめどなく溢れて頬を伝って流れていく。

「ごめんね、私のこと見ないっ…!」

いつの間にか隣にいた焦凍くんに腕を引かれ、そのまま私は焦凍くんの腕の中に収まった。背中や腰に回された腕に痛いほど締め付けられ、耳元で何度も焦凍くんが私の名前を呼ぶ。

「柚華、柚華、ごめん」

回された腕の痛みに切なげに呼ぶ声に彼は私の側にいるんだと、ちゃんと生きてここにいるんだと安堵する。

「よかった、生きて帰ってきて、くれてっ!」
「あぁ、ただいま…柚華さんもおかえり」
「っ!ただいま」

両腕を焦凍くんの背中に回してしがみつく様に抱きしめる。胸に顔を埋めたままなりふり構わず涙を流した。




抱きしめ合ったままいったいどのくらいの時間が過ぎたのだうか。1時間?それとも10分?1分だったりするかも知れない。長い間抱きしめ合っていたような気もするが、とても短い間のような気もする。

顔を埋めていたところから離すと焦凍くんの指が目尻に残った涙を掬った。

「なんか…恥ずかしいね」
「そうか?俺は泣き止んでくれてよかったって思ってる」
「それは申し訳ないです」
「けど、泣くほど不安にさせちまったんだな」
「それは…」

もういいよ。と続けるはずだったが焦凍くんが私の唇にそれを重ねることによって口から出ることなく戻ってしまった。一瞬だけ重なったそれに驚きに固まっていると焦凍くんが声を殺したようにくつくつと笑った。それが嫌で顔を顰めると人肌より暖かい手でするりと頬を撫でられる。

「柚華さんも無事でよかった」
「うん、うん!」

私の手よりも大きい焦凍くんの手が私の頬をすっぽり覆って親指の腹で私の目尻を撫でた。頬から伝わる焦凍くんの温もりにもっと触れていたくなる。

「これから先、こんな心配を2度とさせないとは多分言えねえ。でも絶対に柚華さんの所に帰ってくる。だからこの先も俺の傍にいてほしい」
「……プロポーズみたいだね」
「何れは結婚するんだからいつ言ったって変わんねえ」

結婚、する気なのか…。

炎司さんに言われた時は焦凍くんの反抗的な態度を見て、まぁ何れこの話もなくなるだろうなって思っていたからすんなりと受け入れることも出来た。でも焦凍くんを好きになって、今は好き同士でいる。
結婚というワードが急に現実味を帯びてきて、肩に重くのしかかる。

返事をしない私を心配して焦凍くんが声をかける。

「柚華さん?」
「なんか…急に現実味が帯びてきて、戸惑ってる」

私でいいのか?こんな事を言ってくれるのはもしかして今だけなのかも。考え出したら不安が尽きない。それでも焦凍くんと歩む未来は手放したくないから。

「今は、ゆっくり歩んでいこうね」
「あぁ」

私達はもう寄せ付け合うように抱き合い、お互いの温もりを感じ合いそして惜しむようにゆっくりと離れた。

「焦凍くん、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」

焦凍くんの後ろ姿を見送り私は眠りについた。

色んなことがこの短期間でおきて、目まぐるしく環境が変化していく中、明日からは変わらない日常が待っているんだ。
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