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「突然の爆発失礼しました!!お久しぶりですね!ヒーロー科の…えーーー…全員お名前忘れました」
「み…みどりりやいずいずく…」
「飯田天哉だ!体育祭トーナメントにて君が広告塔に利用した男だ!!」

緑谷くんは心臓両手で押えながら自分の名前を教えるが、動揺してなのか全くもって名前が言えておらず、飯田くんは体育祭の時に余程の事があったみたいでそれを引き合いに出して名前を教えたが発目さんは一ミリも思い出す気がないようで、開発に忙しいからと工房の中に戻って行く為に私達に背中を向けた。
だけど、緑谷くんが改良したいんだと声をかけると、瞬間移動したのかなと疑うレベルの速さで戻ってきて、緑谷くんは必至の抵抗なのか目線を逸らしている。

この人、なんて言うか自分に正直すぎて凄い。

「うわ…」
「柚華ちゃん大丈夫?」

心配そうに声をかけてくれたお茶子ちゃんにへらりと笑って頷くと、パワーローダー先生が工房の中に入るように促してくれて、私達は中に足を踏み入れた。工房の中はまるで夢が詰まった研究室のようで心躍る。

パワーローダー先生が戦闘服をいじる許可証を持っているらしく大がかりなもの以外は頼めば直してくれるそうで、緑谷くんが早速改良してもらいたい場所を相談するとパワーローダー先生がそれくらいなら簡単だからと頷いてくれた。

「やったねデクくん!」
「うん」

お茶子ちゃんと多少の混乱を残しながらも朗らかに喜んでいると、緑谷くんがピタッと動きを止めた。

「はいはい、成程」

発目さんがペタペタと緑谷くんの身体を服の上から触り何かを確かめていた。

凄いなこの子。恥ずかしさとかないのかな。それともこれくらいが普通なのかな…。私が焦凍くんに触るのとか結構躊躇するのに。そんなに仲が良くないなら尚更緊張しないのかな。

兎に角巻き込まれないように隅によって発目さんの行動を見てると彼女がとても発想が自由だって事がわかった。常識なんてものがなくこの世に出来ないことはないとでも言うかのように、追加から次へと自分が作った発明品を出てくる。パワーローダー先生は病的に自分本位だと評価していたが、その後に発目さんのことを客観的に評価してとても褒めていた。

イノベーションを起こす人間は既成概念に囚われない、か。

クロウさんもそんな人だったのかな。なんてぼんやり皆のやり取りを見てると今度はお茶子ちゃんが襲われかけていた。

工房の見学をしたくてここまで来たけど私はここにいてはいけないかも知れない。私は私のやれることをしなくては。皆に置いていかれる。

その確信が深く胸の奥に突き刺さる。

私は1人開発工房を出て着替える為に更衣室向かった。制服に着替えながら私はどう進化していいのか考えるけど答えなんて出てこない。

侑子さんに相談してもいいのかな…、でも自分で考えなさいって一刀両断されそうだ。

重たい溜息を吐きながら更衣室から出ると焦凍くんが丁度目の前を通り過ぎ声をかける。

「焦凍くん」
「柚華さん、着替えたのか?」
「うん、焦凍くんはこれからかな?そう言えば開発工房に行った時は気をつけてね」

発目さんを思い出して焦凍くんに忠告するときょとんとした顔で小首を傾げられる。唐突にそんな事を言われても意味わかんないよね。ごめんね。

「サポート科の発目さん凄いから。もう、なんと言うかすごいから」
「よくわかんねえがわかった」

帰んだろ?着替えんの待ってろ。と行って焦凍くんは男子更衣室の中に入っていく。時間もいい具合だし昼休憩として寮でご飯を食べるのもいいかもしれない。確か寮の冷蔵庫に何か入っていたはずだし何とかなるだろう。

暫くiPhoneを弄りながら待っていると男子更衣室の扉が開き、焦凍くんが出てきた。きっちりネクタイして出てくるあたりしっかりした人だと好印象を受ける。隣に並びながら寮まで歩くこと5分。

私は台所に立ち共同の冷蔵庫の中を確認して2人分のお昼ご飯を作る。と言っても時間が惜しいので手抜き料理になってしまうが、焦凍くんは文句を言うことなく美味しいと言いながら食べてくれた。

「ご馳走様」
「お粗末さまでした」

寮の共同スペースは広いのだが今は2人しかいない。
普段は賑やかなこのスペースも今は静か過ぎるくらいに穏やかな時間が流れてる。

「焦凍くん」
「なんだ?」
「えっと、呼んでみただけ」
「そうか」

息を吐き出すように笑う焦凍くんの表情は穏やかで、胸がとくんと音を立てる。

焦凍くんがテーブルの上に置いている手を伸ばして掌を私に見せた。なんだろう。と首を傾げて焦凍くんの目を見ると焦凍くんは、私の名前をなんとも愛おしそうに呼んだ。

「柚華さん」
「…っ」

テーブルの上で開いた手をもう1度軽く動かし、アピールする。手を重ねて欲しいのか…な、と思い手を伸ばし焦凍くんの掌に重ねる。手の甲を彼が親指でゆっくりと撫でるのでなされるがまま、赤くなった顔を隠すことも出来ずにいた。

「なんか、照れるね」
「そうか?」
「そうです」

なんともない顔で私の目を見る焦凍くんの顔は酷くいつもと同じ顔で、私だけが意識しているのかと思ってしまう。

「照れはしねえけど、なんか落ち着くのに落ち着かねえな」
「矛盾してない?」
「ん、けど柚華さんといるとそんな感じがいつもする」

そんなこと言われたら、焦凍くんも意識してくれてるんだって嫌でもわかってしまう。私の事を想ってくれているんだとわかってしまう。

掌から伝わる焦凍くんの温もりに微睡む昼下がり、夏休み中の圧縮訓練で靄にかかった気持ちが晴れるような気がした。

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