06




バスに揺られてる生徒を見送った後、教師の肩に乗る犬なのか狸なのか鼠なのかわからない校長先生から話しかけられた。

「君のことはエンデヴァーから聞いたよ」
「はい」
「君の能力は素晴らしい。君さえよければ学校はいつでも君を受け入れるよ」

但し、試験は受けてもらうけどね。とウィンクを飛ばすと教師に声をかけて去っていった。能力を誉められたということは、恐らくヒーロー科にって話だろう。その他に何の科があるのかは知らないが。
この世界は個性という能力を持った人が溢れる超人社会。やっていける気がしない。出来るなら静かに暮らしていきたい。炎司さんのお家にご厄介になってる時点で無理なのかもしれないが。

今は自分がどうありたいかよりは、どのような立場に置かれているのかを把握しないといけない。


先程通った上空を引き返すように飛び、少しだけ迷いながらも保健室にたどり着くことが出来た。扉の前でノックをすると中からリカバリーガールの声がしたので中に入ると、堀内警部と先程の重症の少年がベッドに座って、その少年の手前のベッドにはカーテンで顔は見れないけどガリガリに痩せた男性がいた。

「レントゲン結果を聞きに来ました」
「部外者がいるから明日にするかい?」
「私は聞かれても問題有りません」

そう答えると少年とガリガリに痩せた男性は目に見えて慌てだした。堀内警部はそんな2人を見て苦笑いをしてコホン。とわざとらしく咳払いをした。

「私は彼女に簡単な事情聴取をしたら部屋を後にするよ。その方が部外者も少なくなる」

私はそれに納得したので彼の問いかけに頷いた。堀内警部は簡単な事情聴取だけすると本当に去ってしまった。

「それでは結果の方をお願いします」
「ちょっと待ってください!それって僕達が聞いちゃまずいんじゃっ!」
「good job!!よく言った緑谷少年!」

緑谷と言われた少年が勢いよく静止の声をかけると寝そべったままの痩せた男性が拳を握り親指を立て少年を褒めていた。
私はリカバリーガールに続けてください。と一蹴すると2人はあきら様にショックを受け、プルプルと震えていた。

「本当にいいのかい?」
「私はどんな結果が出ても気にしませんし」
「あんたが気にしなくても周りは違うのさ」

リカバリーガールはレントゲン袋からレントゲンを取り出して棒で足の小指の関節のところを指した。

「ここに関節が2個ある。あんたは無個性だ」
「はぁ」
「まぁ、確にあんたからしたら大したことじゃない。けど。けどあの子の反応を見てご覧なさいよ」

そう促されるまま緑谷くんの方を見ると目を丸くさせ口元に片手を当て、薄らと涙を浮かばせていた。

そうか。個性とは個人のステータスになるのか。

それは彼を含むヒーロー科の彼らには重大な事で、個性を持っているのが第一条件なんだろう。そこからヒーロー向きの個性を持ってればそれだけステータスが高くなる。逆に不向きな個性はステータスが低くなる。無個性なんて論外の域だろう。だから緑谷くんはあんなにも悲しそうな顔をしているのか。

……でも。

「私には関係ありませんね」

そう笑いながら言うとリカバリーガールも笑って頷いてくれた。緑谷くんは状況についていけてないみたいで私とリカバリーガールの顔を交互に見ていた。

「緑谷くん…だったよね?」
「はいっ!」
「私にはね個性とかって本当に関係ないんだ。ヒーローを目指してない云々より根本的に必要ないんだよね」
「あのっ、それってどういう意味ですか?!」

さっきの様子とは打って変わり興奮しきった様子で質問してきた。ベッドから乗り出さんとするその勢いにすかさずリカバリーガールが少年を注意した。

「すみません」

しゅんと落ち込んでしまった彼に、ごめんね。と謝ると首が取れるんじゃないかというくらい、ぶんぶん横に振って否定してくれた。リカバリーガールはその様子を見てため息を吐いていた。

「詳しくは教えられないから、少しだけ見せるね」

緑谷くんはコテンと首を傾げた。何のことだかわかってない様子で私の事を見ている。可愛げのあるその仕草に思わず笑みがこぼれた。すると今度は顔を真っ赤にするものだから尚更微笑ましく思える。

「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に現せ。契約のもと柚華が命じる。封印解除(レリーズ)!」

足元に魔法陣が浮かび下から風が吹き上がる。首から下げた鍵を杖に戻して“花(フラワー)”のカードを出してもう一度呪文を唱える。

「彼の者たちに花束を与えよ“花(フラワー)”!」

3人の頭上でポンと音を立てて花束が現れそのまま落ちた。リカバリーガールは器用に両手で受け止めたけど、残りの2人は顔面キャッチをしてしまった。落とす所の微調整を忘れていた。当ててしまった2人には申し訳ない。

「グフ!」
「当てちゃってごめんね。えっとお見舞いっていう事で」
「え、何事?!何がどうなっているの?!」

混乱している緑谷くんを申し訳ないが放置して、リカバリーガールにお礼を告げて保健室を出た。そして気づいた。玄関までの帰り道が朧ろ気にしか覚えてない。焦凍くんもうお家に帰ってるかな?電話してもいいのかな?でも、あんな事があった後だもの事情徴収中かも知れない。

また魔力を使うしかないか。

手提げの鞄からハンカチを取り出してまた呪文を唱えた。今日は魔力を使いすぎたから明日の朝早く起きれるか不安になってきた。お世話になっている分なるべく冬美さんの負担を減らしたくて朝ご飯や夕ご飯など食事を含む家事をやっている。この数日やっと慣れ始めたのに疲れて出来ませんでした。なんて言いたくない。やるからには完璧とはいかなくても自分が納得するまでやりたい。きっと冬美さんは笑って休んでてって言ってくれる。それに甘えたくない。これは私の意地だ。

「我を彼の人の処へ案内せよ。名を轟焦凍」

ハンカチを掌に乗せて息を吹きかける。ハンカチは蝶の形になり真っ直ぐ飛んでいった。蝶だから近いな。て云うことは校内にいるのか。蝶の後をついていくと苦戦された校門が見えてきた。校門に慎重に足を伸ばしてつま先だけ地面に着ける。あの鉄壁は外部からの侵入を防ぐのが目的であって中から出る分には構わない。なのにあの光景が頭に植えつけられて警戒してしまう。

「…ふぅ」
「よかったな。何もなくて」

突然聞き慣れつつある声がした。周りを見渡すと校門の外に人影がある事に気が付いて、駆け寄ると焦凍くんが待っていた。いつかの様に肩に蝶を乗せていた。やっぱり彼は私が飛ばす動物に驚きもしない。

「見られてしまいましたか」
「悪ぃ」
「謝ることなんてありませんよ」

彼の肩に止まった蝶に触ると元のハンカチに戻った。それを綺麗に畳んで鞄の中に入れる。焦凍くんはそれを見届けるとゆっくりと歩き出した。私もそれに合わせて歩き出す。前に一緒に歩いた時は焦凍くんが前で歩いて、たまに振り返ってついて来ているのか確認してくれてたけど、今は私のペースに合わせて歩いてくれている。少しづつだけど距離が近づいている気がするのは、決して私の勘違いとかではないと思う。

「今日、なんであそこに、雄英にいたんだ」
「やっぱり聞きますよね…」
「まずいのか?」
「いいえ、ただ説明しづらいなと。えっと、ゆっくりでもいいですか?」

焦凍くんが頷くのを確認してから言葉を選びながら説明をした。リカバリーガールにレントゲンを撮ってもらいに高校に来たこと。その途中で校内が騒がしくなり、事情を聞きリカバリーガールと一緒にドームへ向かったこと、中で少し魔法を使ったこと。校長先生に編入を誘われたこと。保健室で緑谷くんに魔法を見せたこと。そして、私は無個性である事を伝えた。

「そうだったのか」
「私がこんな事聞いても仕方ないのはわかってますけど、あれは偶然ではないですよね」
「そうだな。敵(ヴィラン)も計画して来たと言っていたしな」
「何がしたかったのでしょうね」

焦凍くんは前を向いていた視線をチラリと私に向けるとそれ以上何か言うことはなかった。様子を察するに何か知ってはいるけど、私に話すつもりはない。そんな感じだろう。私もこれ以上何かを聞くことはなく。いつも通り無言の中帰路についた。横並びで歩く事に新鮮さを感じ、自然と口角が上がるのをわかった。
2人の進行方向に長く伸びる影の隙間に焦凍くんとの距離を感じる。今はまだ遠いこの距離がいつかはもう少し近くなるんだろうか。まだ見えぬ将来に思いを馳せ、暮れなずむの夕日の中歩いて行った。



家に着く頃には夕日が見えなくなっていた。リビングに行くとまだ冬美さんは帰ってきてないようでホッと息をつく。2階に焦凍くんと行き、私は自室に荷物を置き、台所に行き料理を作るべく取り掛かる。暫くすると動きやすい服装に着替えた焦凍くんが台所に顔を出した。

私に何か用かな?

「今日の夕飯はなんだ?」
「なにかリクエストありますか?」
「肉が食いてえ」
「…いつもお肉食べてますよね」
「ん。けどがっつり食いてえ」

今日はあんな事があったしお疲れだろうからあっさりしたものを多めに作ろうと思っていたんだが、どうやらがっつり系をご所望のようで、冷蔵庫からお肉を取り出す。轟家の冷蔵庫には何かしらのお肉が入っていて、冷凍庫にもお肉がストックされている。食べ盛りが2人もいるのだ。消費量が半端じゃない。

「仕込みの時間もないので簡単なものになってしまいますけど、お肉もう一品追加しますね」
「助かる」

もう用事もなくなったし、どこかに行くのかなと思って作業を再開するが焦凍くんは動かなかった。まだ何かあるのかと思いもう一度振り返るとおずおずとした感じで私を見ていた。
何だろう。お散歩に行きたいけど飼い主にまだ慣れてなくて戸惑う小型犬みたいな感じがする。

「他にもリクエストがありますか?」

散歩に行きますか?って聞くところだった。危ない危ない。

「なにか手伝った方がいいか?」

お手伝いをしようとしてくれていたのか。小型犬とか思って申し訳ない。だけど今日はお疲れのはずだから折角の申し出を断る事にする。仲良くするチャンスかもしれないが、彼の身体を思うとどうしても断ることしかできない。

「今日はお疲れでしょうから、ゆっくり休んでください」
「問題ない。どうせ飯食ったらトレーニングするしな」

え。トレーニングするの?体力お化けなの?確かに家に帰ってきても道場か、トレーニングルームに籠っている事が多いけど、でも、え?敵と戦ったんだよね?なのにまだ体力残ってるの?私は焦凍くんを凝視してしまった。彼は何で見つめられているのかわからなかったようで、不思議そうに首を傾げている。
冬美さんが帰って来る時間も迫っていたので手伝ってもらおうと一人分立てるスペースを空けると素直に近寄って来た。夕日の中一緒に歩いた距離よりも今の距離の方が近くなっている。心臓の動きが騒がしくなる。

……あれ?なんで?

冬美さんが帰って来る前にある程度作り終えて無事に夕飯を食べる事ができた。因みに焦凍くんは途中退場してもらった。包丁の持ち方が危なっかしくて見てるこっちがハラハラして作業に集中できなくなってしまったからだ。今日は炎司さんは遅くなるとの事で3人で夕飯を取ったので割と穏やかな雰囲気で過ごす事ができた。たまに4人で食事をとると焦凍くんが殺気立って雰囲気が悪くなる。今までこの雰囲気の中何もなかったようにご飯を食べていた冬美さんを正直尊敬する。

「今日もご飯作ってくれてありがとうね」
「いえいえ。お世話になってますので」

一瞬焦凍君はムスッて顔をしたけど気にしないことにする。でも時間がある時に少しづつ料理を教えていこうと思う。自立した時に何もできないと大変だ。ヒーローは体が資本なんだから。
冬美さんは食べ終えると使った食器を洗って足早に部屋に戻って行った。なんでもやり残してきた仕事を持って帰って来たらしい。社会人は大変だとつくづく思う。

焦凍くんは食べ終わってゆっくりしていると、玄関の開く音がして炎司さんが帰って来たことが分ると舌打ちをしてリビングを出て行った。私は苦笑いしながらそれを見送って炎司さんの食事の準備をする。

「おかえりなさい」

無言で席につき、これまた無言で食事を始めた。私は先程使った食器などを洗って炎司さんがご飯を食べ終わるのを待った。炎司さんは基本的に食事の時は喋らない。なので食べ終わるのを待つしかないのだ。

「柚華どうだった」
「リカバリーガールに見てもらった結果無個性でした」
「やはりそうか」
「それと、校長先生に雄英に来ないかと誘われました」

炎司さんは悪そうな顔をして私を見た。嫌な予感しかしない。何を言われるのか想像ができない。

「お前には雄英に通ってもらう。勿論ヒーロー科だ」
「……あの、私ヒーローになりたい訳ではないのですが」
「お前に拒否権はない。それと、明日から焦凍の練習相手になれ」
「えっ、待ってください!」

いつかと同じように炎司さんは私の話を聞かないで立ち上がると、部屋から出て行った。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。平穏に暮らしたいだけなのに、やっぱり炎司さんのもとで暮らす限り平穏など程遠いのだろうか。それともこの世界、この次元の人には魔力がないからだろうか。
兎に角この事を焦凍くんに伝えよう。私は道場に足を進めた。

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