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朝何事もなく1階共用スペースで朝食をとり、皆とも何事もなく会話する事も出来、焦凍くんにも変わった様子というか、誰にも揶揄されていなかったので、誰にも見つかることなく自室に戻れたんだろう。

今日も今日とて圧縮訓練をしている。私も今日も今日とて暇をしている。否、何をしたらいいのかわからないのだ。そんな私に先生方は焦らなくともいいと言ってくれたが、正直焦る。先生方も私に対するアドバイスのしようがないのも理解しているからそこに文句を言うつもりはないし、焦るなと言ってくれるだけでもとても嬉しく感じる。

私に出来る事…。私にしか出来ない事ってなんだ。
魔法だ。それしかない。それを鍛えようにもクロウさんは完璧とも言える状態で私に渡してくれた。

つまり…。
この手詰まり状態から抜け出せない、という事だ。


「これは…緑谷くんとの訓練にかけるしかないかな」
「何の話だ」
「相澤先生!」

気配を全く感じさせずに相澤先生は私の背後に立ち、話しかけたので驚いて思わず大きな声が出た。

「緑谷がどうかしたのか」
「緑谷くんに個人訓練に付き合ってほしいと言われて」
「まあ、あいつらしいな…あんまり遅くまでするなよ」
「はい」

相澤先生は基本的に私にアドバイスをしてくれない。それは私の能力を尊重してくれるからだと思っている。あの人は侑子さんと電話した時も私の能力について聞くことはなかった。興味ないからじゃない。個性とは違う能力を持て余しているからでもない。真剣に私と私の魔法に向き合っているからだ。
私が何か魔法を使う時必ず先生は何かメモをしているのを何度も見たことがある。そして私の事についてネットで調べているから、侑子さんと魔力の性質が違う事も知っている。
だから先生が何も言わないってことは私が私自身の力で何とか出来るって信じてくれているんだろう。

その期待に応えたいのに何もできないこの状況が悔しい。

「佐倉、焦るな」
「はい」

相澤先生の言葉に俯きながらも答えると、肩にポンと手を置かれそのままオールマイト先生の所に歩いて行った。


その日の夜、緑谷くんと訓練をする為に体育館γを借りて向き合った。目の前に立つ緑谷くんの顔は少しすっきりしたような顔をしていて、なんだかそれが羨ましく感じる。

「それで、どういう風に訓練しようか。接近戦?それとも遠距離?」
「本当に何でもアリなんだね…凄いや」
「凄いのは私じゃなくて、このカードを作ったクロウさんだよ。私はその恩恵を受けているだけ」

それに甘えて何もしてこなかったのは私だ。

「そんな事ないと思うけどなぁ」
「ありがとう。それでどうする?」
「何でもいいよ。僕はこのスタイルを自分のモノにしたいから」
「そっか。そしたら遠慮なくいくね」

お互いに距離を取って目の前の対戦相手を見据える。お互いに自分の個性や能力を知っている分やりずらいが、それは相手も同じ。実力的に言うと私が負けるわけがないのだ。が、油断はできない。

「光の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ。契約のもと柚華が命じる!封印解除(レリーズ)!」

鍵を取り出し呪文を唱えると、鍵が風を纏いながら回転して光を発しながら大きくなり杖になる。それを両手で持ちカードを発動させる為の呪文を唱える。

「"地(アーシー)"!」

カードから巨大な龍が出てきて地面に潜る。そして緑緑谷くんの足元を崩しながら出現して彼を飲み込もうと大きく口を開けるが、緑谷くんは咄嗟にそれを避けて龍の頭を勢いをつけて蹴り飛ばす。

「流石だね」

だが、蹴ったところで"地(アーシー)"が消えたわけじゃない。緑谷くんを襲おうと左右から土でできた龍が出現する。

「さて、どう避けるのかな」



結局緑谷くんの体力が底に着き今日の訓練は終了した。
地面に寝そべって肩で息をする緑谷くんに近づき声をかけると、緑谷くんは私の声が聞こえなかったのかブツブツとひたすら独り言を呟いている。

「あそこであの蹴りは相手に隙を与える事になってしまった。それよりは躱して体制を立て直した方がずっといい。でもそれだと着地場所を先読みして崩される可能性だってある。それなら…」
「大丈夫?」
「あ!!すみません僕…」
「緑谷くんは感覚で覚えるよりは頭で考えて動くタイプなんだね」

相手の特徴や立ち回りかたを考えたり先読みして行動してる。爆豪くんもそっちのタイプだ。彼も頭で考えて攻撃している気がする。対戦したことはないが今までの訓練を見ていたらわかる。

「ヒーローノートだっけ?沢山書き留めているんでしょう」
「うん。将来の為に書き溜めてて…あ!佐倉さんのページもあるよ!」
「それは恥ずかしい。けど嬉しい」
「でも今日また新しく追加しないと…」
「今度私にも見せてね」

緑谷くんは恥ずかしそうに笑いながらも了承してくれた。

いい加減起き上がった方がいいのではないかと思い、緑谷くんに手を差し伸べると彼は薄く頬を染めながらも手を取り上半身を起こした。

「ありがとう」
「いえいえ、新しいスタイルは掴めそう?」
「うーん。まだ少し違和感あるんだけど、でも早く慣れたいって思うよ」
「そっか」

緑谷くんの背中に付着していた土埃を叩き落として、立ち上がるとまたお礼を言われた。律儀な子だと笑みが漏れる。

「そうだ佐倉さんて剣と羽以外に同時にカードを使用できるんですか?」
「……した事ないからわかんないな」

2つカードを同時使用はしたことがない。それどころか考えたことも無かった。今の私の状況を打破できるものかもしれない。
緑谷くんのその言葉に一縷の光が見え、彼の両手を取りお礼を言う。

「ありがとう!」
「へ?」
「やっぱり緑谷くんって凄いね!」
「へ?」

全力で訳が分からないという顔をして首を傾げる緑谷くんの腕を上下にぶんぶん振って何度もお礼を言う。それくらい私には想像もつかなかったものを与えてくれたからだ。何度か上下に腕を振っていると緑谷くんの顔が赤くなり言葉になっていない言葉を出した。

「あぁあの!そろそろ手…っ!手をぉ!」

何かを伝えようとした緑谷くんの声は体育館の扉を開ける音が聞こえたとこで意識がそちらに向き、最後まで聞き取れなかった。
それよりも私の耳によく馴染んだ、低い声が私の名前を呼ぶ。

「柚華さん」
「あ、轟くん!」

なんでこんな時間に焦凍くんがこんな所にいるんだろうか。緑谷くんの両手を拘束したまま首だけを回して横目で焦凍くんを見る。だけど目が合わずどうしたのかと声をかけようとしたが緑谷くんが焦ったように私に声をかけた。

「さ、佐倉さん離してっ」
「あぁ、ごめんね。忘れてた」

ぱっと手を離すと緑谷くんは自身の手を胸に当てて深い息を吐く。ほんのりと赤く染まっている頬に悪い事をしたと反省していると、焦凍くんが私の隣に立って訓練は終わったのかと緑谷くんに聞いた。

「うん」
「そうか」
「それじゃあ帰ろうか」

寮に向かって歩き出したものの私と焦凍くんの真ん中で歩く緑谷くんが妙にそわそわしてる。

「緑谷何かあったのか?」
「…今日の佐倉さんのカードのデータをノートに早く残したいなって…僕走って帰るね!それじゃまた明日!」
「緑谷くん?!」

緑谷くんは私たちの返事も聞かないまま走り出してしまった。

気を使われたのかな。

「行っちゃったね」
「ああ」

完全に太陽が沈み月が遥か頭上に光を受けて輝いている、そんな時間帯に私と焦凍くんはぽつんと立ち尽くしてしまったが、緑谷くんの後を追うように歩き出す。

私のペースで歩いてくれる焦凍くんに優しさを感じて口元が緩む。

「何笑ってんだ?」
「焦凍くんは優しいなって思って」
「…そうか?」

そうだよ。なんて左手で口元を隠しながら笑うと、ふとある事に気がついた。利き手は右手なのにどうして左手が出てきたんだろうと。そして右側に立つ焦凍くんを見てすぐに答えがわかってしまった。

普段は手を繋いでいるからだと。

私の右手と彼の左手が繋がるから、意図的に左手を使っていたのが癖になったのだと。

今は肩と肩が何かの弾みで触れそうなのに触れないそんな距離感で並んで歩いている。下に伸ばされた手だって触れようと思ったら何時でも触れられる位近くにいるのに、繋がらない。

「ねぇ」
「なんだ」
「手、繋いでもいいかな?」

伝えたはいいものの、恥ずかしさが私を襲い焦凍くんを見ていたはずなのに今は足元を見ている。
私の右手が暖かい手に包まれ、咄嗟に焦凍くんの顔を見ると彼は真っ直ぐに前を見据えて歩いている。
絡まる指に胸の鼓動が早くなっていく。

「なんか緊張しちゃう」
「…今更だろ」

うん、そうだね。そうなんだけどね、焦凍くんに触れられたりすると心臓が落ち着かないの。他の人は平気なのに。


「やっぱり…なんか落ち着かねえな」

項に手を回して空を仰ぐ焦凍くんを見て私も空を仰ぐ。

落ち着かないのに心の底から安心出来る。

そんな気持ちが堪らなく好きで、こんな気持ちは焦凍くんにしか抱けなくて。

寮までの5分弱の道程を2人きりで歩けることが嬉しくて、こっそりと緑谷くんにお礼を言った。

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