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バスに揺られ、到着したこの場所は国立多古場競技場。仮免試験会場だ。

響香ちゃんがぎゅっと目を瞑って深呼吸をしている。緊張の所為で話す声もいつもよりも少し声色が高い気がする。

実際問題、仮免取得に向けて頑張っていたとはいえ、実際に会場に来るといよいよなんだと緊張してしまう。胸の奥がゾワゾワするというか、落ち着かない感じがする。

「緊張してんのか?」
「焦凍くんは…してなさそうだね」

隣に立つ焦凍くんが不思議そうな目で私の顔を見るので私も彼の顔を見返すと、無表情に近い表情になった。落ち着いていて普段と変わりない焦凍くんが羨ましい。

「普段の実力を出せば大丈夫だろ」
「私、こういう試験の時っていつも緊張しちゃう」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ…多分」

焦凍くんと雑談していると相澤先生が皆に言い聞かせるように口を開き、激励してくれた。

「この試験に合格し仮免許を取得できればお前ら志望者は晴れてひよっこ…セミプロへと孵化できる。頑張ってこい」
「っしゃぁ!なってやろうぜひよっこによォ!!」
「いつもの1発決めて行こーぜ!!」

雄英にいる限りいかなる時でも受難は降り注ぐ。それをこの校訓の精神で乗り越えていく。この試験も同じだ、またこのPlus ultraの精神で乗り越えていくんだ。

切島くんが大きな声で活気づけるように叫ぶ。

「Puls!」
「ultra!!」

皆が一緒になって片手を空に向けて伸ばすが、知らない男の人の大きな声が聞こえ、活気づいた雰囲気が一瞬にして困惑したものになった。

誰だろう…この人。

誰よりも大きく元気な声で校訓を言った帽子を被った男の人を諌めるように、同じ帽子を被った少し細身の男の人が声を出す。

「勝手に他所様の円陣に加わるのは良くないよ、イナサ」
「ああ、しまった!!どうも大変失礼致しました!!」

イナサと呼ばれたその人は大袈裟な程後に仰け反り、大袈裟な程頭を下げて大きな音を出して地面に頭がぶつかりながらも大きな声で言葉ハキハキと謝罪の言葉を口にした。

「ひぇっ」

1連の謝罪の動きに恐怖に似た何かを感じで思わず声が出る。この人なんか凄い。

「なんだ、このテンションだけで場を乗り切る感じの人は!」
「飯田と切島を足して2乗したような……!」

確かに上鳴くんと瀬呂くんの言った通りだと思う。疲れないのかと疑問に思うほどのテンションに異常な程に動きが大きい。常識的なところがあるんだろうが、テンションと動きでその常識さも掻き消されてしまっている。

未だに頭を下げているイナサという男子に警戒していると爆豪くんがぼそっと声を漏らす。

「東の雄英、西の士傑」

そんな言葉がある程、この人達はすごいのかと感心していると私達の周りにいた他校の生徒の誰かが興奮したような声で話しているのが耳に入った。

「数あるヒーロー科の中でも雄英に匹敵する程の難関校、士傑高校!!」

雄英と同じくヒーロー科においてのエリートコースの人たちってことか。だけどやっぱり高校によって色が違う。私達は割と自由にやらせてもらっているけど、向う、士傑高校の生徒は制服の乱れなく、両手を後ろ手で組みきちんと並んでいる。

帽子と相俟って軍隊みたいだ。

「一度言ってみたかったっス!!!プルスウルトラ!!自分雄英高校大好きっス!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス!!よろしくお願いします!!!」

勢いよく上半身を起こしたイナサさんの頭からはドロっと血が流れてて、気休めにもならないだろうけどと思いながらも近づきハンカチを渡そうと近寄った。

「あ、あの血が出てるのでこれどうぞ」
「血っスか?!平気っス!」
「いや、平気でも止血しないとダメだからこれ使って!」
「イナサ行くぞ」

私は無理矢理ハンカチをイナサさんの額にあて、逃げるように背を向け皆の輪の中に入る。皆の話題はやっぱりイナサさんで相澤先生が透ちゃんの質問に答えていた。

「夜嵐、昨年度…つまりお前らの年の推薦入試をトップの成績で合格したにも拘らず、何故か入学を辞退した男だ」
「え?!じゃあ1年?!ていうか推薦トップの成績ってことは…」

実力は焦凍くん以上のものなのに、大好きって言ってた高校を辞退したって事?何でそんなことを?

焦凍くんの顔を見ると少しだけ険しい顔で夜嵐くんの後ろ姿を見ていた。夜嵐くんのことを知っているのかと思って話しかけようとしたが、相澤先生のヒーロー名を呼ぶ女の人の声が聞こえ口を閉じた。

「テレビや体育祭で姿は見てたけど、こうして直で会うのは久しぶりだな」

相澤先生に女の人が親しげに話しかけていることに驚き、思わず相澤先生の顔を見るが、先生はにこやかに笑う女の人と対照的に物凄く嫌そうな顔をしている。

「結婚しようぜ」
「しない」

物凄く軽いノリで相澤先生に結婚を持ちかけたが、先生は食い気味でお断りしていたので、これは2人の挨拶みたいなものなんだろうか。なんて考えていると、ヒーローオタクの緑谷くんがあの女の人について説明をしてくれた。

「スマイルヒーロー、Msジョーク!個性は爆笑!近くの人を強制的に笑わせて思考・行動共に鈍らせるんだ!彼女の敵退治は狂気に満ちてるよ!」

狂気に満ちた敵(ヴィラン)退治…。あんまり見たくない。
でも相澤先生ととても仲がいいみたいで、相澤先生に何を言われてもMsジョークさんはにこやかに笑っている。

「弄りがいがあるんだよな、イレイザーは。そうそうおいで皆雄英だよ!」

相澤先生を弄りがいがあると断言出来るこの人は凄い人だと思う。あの先生を弄れるってだけでも凄いのに。

Msジョークさんは後ろを振り返り、受け持ってる生徒を呼ぶとぞろぞろと生徒が歩いてきた。

「おお!本物じゃないか!!」
「すごいよすごいよ!テレビで見た人ばっかり!」
「1年で仮免?へぇ随分ハイペースなんだね。まぁ、色々あったからねぇ、流石やる事が違うよ」

爽やかな男の人を先頭に、興奮で頬の色を赤く染めた女の子が爽やかな男の人の肩を叩き、その横には髪の長い男の人がいる。

「傑物学園高校2年2組。私の受け持ちよろしくな」

どんな個性を持ってる人達なんだろうか。
たまたま目の前にいる爽やかな男の人を見ていると、パチンと綺麗なウィンクを頂いてしまった。

「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね」
「えっあ」

真堂くんは緑谷くんの手を両手で握りながら握手をする。握手をされている緑谷くんは突然の事に驚いて声も出ないでいると、真堂くんは立て続けに色んな人と握手を交わしながら労いの言葉をかける。

「しかし君たちはこうしてヒーローを志しているんだね!素晴らしいよ!!不屈の心こそこれからのヒーローが持つべき素養だと思う!」

物凄く爽やかな男の人だということ以外分からない。そんな真堂くんは爆豪くんに近づいて話しかける。

「中でも神野事件を中心で経験した爆豪くん。君は特別に強い心を持っている。今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」

握手を求めて真堂くんは右手を差し伸べたが、爆豪くんが素直に握手に応じるわけがなく、差し伸べられた手を弾くように払い拒絶した。

「フかしてんじゃねえ。台詞とツラがあってねえんだよ」

真堂くんは一度にやりと笑う。

切島くんが爆豪くんの代わりに真堂くんに謝ると爽やかに良いんだよと笑って許してくれた。

「ねぇ轟くんサイン頂戴。体育祭かっこよかったんだぁ」
「やめなよミーハーだなぁ」

轟くん、と単語が聞こえ、焦凍くんの方を見ると明るそうな女の子にサインを求められていて、焦凍くんは、はぁ…となんとも戸惑ったような、気の抜ける返事をしていたが峰田くんが食い気味に自分のサインもあげますと女の子に話しかけていた。

やっぱり焦凍くんってモテるんだよね…。
寮生活になる前も通学中に知らない女の子から話しかけられたりしてたし。

少しだけ胸の奥がザワついていると、誰かが後から私の肩に手を置いた。

「轟くんって君の彼氏なの?」
「へ?」

耳に馴染みのない声に驚き後ろを振り返ると、人の良さそうな笑顔で私を見ている真堂くんがいた。

「えっと?」
「あぁ!ごめんね、吃驚させたね!」
「…何か用でも?」

真堂くんが無差別ではなく私に話しかけてきたってことは、私に何か用があるってことだ。雄英全体に対する事だったら何も私じゃなくてもいい。

「そんなに警戒しないでよ!佐倉柚華ちゃん?」
「っ!」
「なんで名前を知ってるかって顔だね。君有名人だよ」

体育祭に出てない私は誰にも名前を知られていない筈。なのにこの人は私の名前を知っている、それはきっと私が出てたっていうアニメを見ていたからだろう。いやもしかしたらネットか何かで見たのかもしれない。

「有名人って言うのは?」
「佐倉ちゃんネットとか見ないの?一度は記事が消えたけどそれも不思議だって話題なんだよ!それに…」
「おい、コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」

真堂くんの声を遮るように遠くから相澤先生の指示が出る。また今度だねと爽やかに笑う真堂くんの衣服を掴み話しかける。

「この続きは必ず後で聞きます。…だからお互いに健闘しましょう」

私は真堂くんの返事を聞かずに相澤先生のもとに急ぐ。さっきまでは焦凍くんのことで胸がザワついていたのに今は自分の事でザワついている。

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