71




更衣室で戦闘服に着替えを済ませて、説明会会場に入ると既に多くの人がいて、熱気に溢れていた。

さっきの真堂くんの言葉は一旦忘れようと頭を振って自分の手で両頬を挟むように叩くと、前に立っていた焦凍くんが後ろを振り返る。

「…大丈夫か?痛くねえか?」
「大丈夫!上手く気持ちが切り替えられなくてね」
「なんかあったのか?」

あの人が私の何を知っているのかわからない状態で焦凍くんにあのやり取りを伝えても、焦凍くんを困らせるだけだ。だったら落ち着いた時に話した方がいいに決まってる。

「緊張しちゃってて…集中しないといけないのに」

焦凍くんは一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、納得したように、そうか。と言って前を向いた。

きっと誤魔化したって分かったんだろうな。

「えー…ではアレ仮免のヤツをやります」

今にも死にそうな声がマイクを通して会場全体に広がった。前を見ると目の下に隈をつけた男の人が立っていて、今から試験の説明がされるのだなとすぐにわかった。

「あー…僕ヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠よろしく。仕事が忙しくてろくに寝れない…!人手が足りてない…!眠たい!そんな信条の下ご説明させていただきます」

これが所謂社畜ってやつなのだろうか。
疲れを一切隠そうとせずに説明をする目良さんを見て、ふとそんなことを思った。

「ずばりこの場にいる受験者1540人一斉に勝ち抜け演習を行なってもらいます」

ざっくりとした説明に会場全体に困惑した空気が流れる。それでも次の説明を求める声が上がらないのは、ここにいる人が落ち着いて行動できるヒーロー志望者ばかりだからだろう。

「現代はヒーロー飽和社会と言われ、ステイン逮捕以降ヒーローの在り方に疑問を呈する向きも少なくありません」

確かにステインの言うことも間違ってはいないと思うが、でもそれは完全なる理想論だとも思う。ヒーローとは何なのかを根本的な考え方から変えようと間違ったやり方で変革を求めてた人だと、私は思っている。

「まァ…一個人としては…動機がどうであれ命がけで人助けしてる人間に"何も求めるな"は…現代社会に於いて無慈悲な話だと思うわけですが…とにかく…対価にしろ義勇にしろ多くのヒーローが救助・敵退治に切磋琢磨してきた結果、事件発生から解決に至るまでの時間は今、引くくらい迅速になっています。君たちは仮免許を取得し、いよいよその激流の中に身を投じる。そのスピードについて行けない者ハッキリ言って厳しい」

そして目良さんは今まで話していた声よりは生きている声で高らかに宣言した。

「よって試されるのはスピード!条件達成者先着100名を通過とします」

その発言に会場全体に動揺が広がり、至る所から不満と焦りの声が上がる。

「待て待て1540人だぞ?!5割どころじゃねえぞ!!」
「まァ社会で色々あったんで…運がアレだったと思ってアレしてください」

試験の条件達成者が狭すぎる上に、通過って事はその先でもふるいにかけられるのか。

目良さんは第一の試験内容を説明してくれた。3つのターゲットを自分の身体の、ただし常に晒されている所に付け、6つのボールを他の人に当てる。当てられたターゲットは発光して3つすべて発光したらアウト。3つ目を発光させた人が倒した人となり、2人倒したら勝ち抜き出来る。

ルールは単純明快だ。だだ通過人数が少ないから焦りが判断を鈍くさせて仲間割れをさせやすくなる。それにボールの数も合格ラインぴったり。つまり闇雲に使用しても駄目だ。他の人からボールを取っても取られちゃ駄目って事だ。

「えー…じゃ展開後ターゲットとボール配るんで、全員に行き渡ってから1分後にスタートとします」
「展開?」

轟音がして壁と屋根の間に隙間ができて光が差し込む。何事かと警戒をしていると文字通り建物が展開して目の前には色んな地形が広がっていた。

「各々苦手な地形、好きな地形あると思います。自分を活かして頑張ってください」

あまりに無駄に大掛かりな会場に思わず目を大きく見開く。
なんでこんなにお金も時間も人員もかけてるの?とそんな疑問が頭の中を巡っては消えていく。

周りの生徒がばらばらに動きだし、私もどこかに動こうと足を前に出すと前に立っていた焦凍くんが後ろに振り返り、私の肩を掴んだ。

「柚華さん、俺…」
「2人も皆と一緒に固まって動こう!」

焦凍くんが何かを言おうとしたタイミングで緑谷くんが私達に話しかけてきて、内容を聞くことが出来なかった。

「緑谷…」
「わかった。だけど爆豪くん達行っちゃったよ?」
「悪い、俺も大所帯じゃ却って力が発揮できねえ」

轟くんは私の肩を掴んだまま緑谷くんの誘いを断り、私の顔を見る。その顔は真剣で真っ直ぐ私の目を射抜いている。

「柚華さん俺は一人で行く。だからまた後で」
「うん、また後でね。お互い頑張ろうね」

焦凍くんが小走りで私達から離れていく。

体育祭で手の内が晒されている分この会場にいるどの生徒よりも不利な立場にある。つまり雄英が真っ先に狙われる。そして狙う人間は初対面の人間と組むよりは同じ学校の人達と組んだ方が良い、だから学校対抗戦になる。

カウントダンが開始され私達は緑谷くんを先頭に走り出す。走りながら皆に団体で動くメリットを伝えていると無情にも開始の合図が鳴り響く。

「杭が出ていればそりゃ打つさ!!!」

一斉にボールが私達に向かって飛んでくる。が、私の前に立つ緑谷くんを始め、三奈ちゃんや峰田くん、常闇くんが協力して全てのボールを壊したり弾いたりしてくれた。

「ほぼ弾くかぁー」
「こんなものでは雄英の人はやられないな」
「けどまぁ…見えてきた」

大きな体をした人が自分のボールを両手でぎゅうと握って、そのボールを任せたと言って長髪の男の人にぽいっと投げ渡した。

「これうっかり僕から一抜けすることになるかもだけど、そこは敵が減るってことで大目に見てもらえるとありがたいな」

長髪の男の人がボールを地面に向かって抉るように投げる。

「ボールが地中に入った…?皆気を付けて!」
「皆下がって!ウチがやる!」

響香ちゃんが一歩前に出て両手首に付けているアイテムに自身のイヤフォンジャックをつけて、地面にそのアイテムをつけると、響香ちゃんの心音で地面が抉れ地面に潜っていたボールが飛び出してきた。そしてそのボールが峰田くんの所に真っ直ぐに飛んでいく。

「粘度、溶解度Max!」

峰田くんを守るように三奈ちゃんが腕から溶解液を出して飛んできたボールを溶かす。

皆圧縮訓練で個性の幅が広がって、より強いものになっている。私も負けてられないと、首にぶら下がっている鍵を取り出して呪文を唱える。

「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ、契約のもと柚華が命じる!封印解除(レリーズ)!!」

さて、私はどうしようか。真堂くんみたいに私の事を知っている人が他にもいるかもしれない。となると私も雄英の生徒と同じく個性、魔法の手の内を晒されていることになる。それなら皆といた方が助け合える。

だけど、私達の守りが固いと思った真堂くんが両手を地面につけて周りの人に離れろと叫んだ。

「最大威力!」

真堂くんの周りから地面が抉れていく。その威力はさっきの響香ちゃんの比じゃない。容赦なく地面が崩れたりして纏まっていた皆がばらばらに分断されてしまった。

「ひゃっ!」

押し上げられていた地面が崩れてバランスが取れなくなり下に向かって真っ逆さまに落ちてしまった。

「"浮(フロート)"!」

身体を浮かせるカードを出して背中と地面との接触を避ける。そのまま体制を立て直して足を地面につけて周りを見ると、抉られた地面しかなくて敵も味方もいなかった。私は完全に孤立してしまった、という事で、このまま他校生に囲まれると一気に不利な状況になる。それよりは皆で行動した方が良いのか?

兎に角ターゲットにボールを当てるにしても、状況を把握するにしてもここに留まるわけにはいかない。かと言って“飛(フライ)”で飛び続けるとターゲットを当てられてしまう可能性の方が高い。

「と、なると…」

“跳(ジャンプ)”で状況を把握しに行く方がまだ得策だ。

「“跳(ジャンプ)”!」

高く跳んで周りを見るが真堂くんの所為で地形が複雑になって、跳んでも見難い。

これはもう適当な所に行って、ターゲットを当てた方が早いかもしれない。
そう思い、適当な所に着地すると複数の方向からボールが飛んできた。咄嗟にもう一度跳んでそれを避ける。

「あっぶない!」
「クソ!外したか!」
「けど相手は一人だ!必ずポイントを取れるぞ!」

岩陰から顔を出してきた他校生たちは余裕そうな表情を浮かべている。それもその筈だ。私一人に対して向こうは恐らく10人近くはいる。それも私を囲うように移動している。

これは変な所に着地してしまったかも…。

でもここで焦ると冷静な判断が出来なくなる。私は必ずヒーローになるんだから!

「絶対、大丈夫だよ」

クロウさんに教わった無敵の呪文を小声で呟き、両手に力をいれて杖を握る。

ここから先は絶対に向こうの良いようにさせない。流れは私が支配するんだから。

「花よ!花びらで我が身を隠せ“花(フラワー)”!」

カードから踊り子姿の女性が出てきて大量の花びらを出し私を含め周りの生徒を巻き込んで視界を遮る。視界を遮られた状態で動くわけがない。

「なんだこの花はっ!」
「花びらが邪魔で前が見れねえ!」

そしてもう一つのカードを使って相手の動きを封じる。

「矢よ、彼の者達の動きを封じよ!“矢(アロー)”!」

弓矢を持った少女がカードの中から出てきて私の頭上の遥か上で下に向かって矢を打つ。打たれた矢は1本から2本と倍増し無数の矢となって、私を囲うように立っている生徒に降り注ぐ。

「くっ!!なん…!」
「なんだあの女!」

何人かの衣服が矢に刺さりそのまま地面に縫い付けられている。それを見たまだ動ける生徒が私に攻撃を仕掛けてくるがそれを“駆(ダッシュ)”で躱し、動けない生徒に近寄り持っているボールをターゲットに当てる。

「オイ待てよ!お前まだ1年だろ?!来年があんだろ!」
「そんなの関係ないです。私はなりたいものに少しでも早く近づきたいだけです」

手持ちのボールを1個だけ残して勝ち抜けとなり私についている3つのターゲットが同時に光りターゲットから音声が流れた。

「通過者は控室へ移動して下さい」

- 72 -
(Top)