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控室に移動すると意外と人が集まっていたが見知った顔がなく、雄英の中で私が一番最初だったらしい。

……知らない顔ばかりで緊張する。

きょろきょろとあたりを見て落ち着ける場所がないか見ていると奥の方にターゲットを外すキーがあり、ボールバックと一緒にそれを返却して壁際に設置している椅子に座って深く息を吸い込んだ。私が動くたびに視線が張り付いてくる。

早く誰か来て欲しい。

私のそんな願いが届いたのか、扉が開き焦凍くんが入ってきた。
少しだけ悩ましげな顔をして入ってくる焦凍くんに近づき、おめでとうと声をかけると焦凍くんは一瞬だけ驚いた顔をしたが、目元を緩めて柚華さんも。と笑った。

「やっぱり柚華さんの方が早かったな」
「たまたまだよ。それよりもあっちでターゲットを外せるから外しておいでよ」

焦凍くんは頷いてターゲットを外し戻ってくると私の隣の席に座り、ある一点を見ていた。どこを見ているのかと視線の先を辿ると夜嵐くんを見ていることがわかった。確かにさっきから元気よく誰かと話してる…というか一方的に話しかけている。

夜嵐くんも推薦を受けたって相澤先生が言っていてからその時に知り合ったのだろうか?

でも、なんだか違う気がする。

夜嵐くんは焦凍くんの方をちらりと見るや否や鋭く睨みつけた。

2人の間に何かあったんだろうと首を傾げると夜嵐くんが私に気づいて大きく口を開けるが、何も話しかけずにさっきまで話していた人と会話を続けた。

「焦凍くん、夜嵐くんと何かあったの?」
「…わかんねえ」
「わかんないって…夜嵐くん焦凍くんの事睨んでいたのに思い当たることないの?」

小声でそう聞くと焦凍くんは顎に手を当て思い出そうとしているが、全く思い出せないらしく困った様子で耳を疑うようなことを口にした。

「推薦の時にいたかも覚えてねえ。というか推薦の時の事をそんなに覚えてねえ」
「……嘘でしょ?」

焦凍くんは真剣な顔で私を見る。どう見ても嘘をついているように見えなくて、そもそも嘘をつく理由なんて何一つとしてないこの状況で焦凍くんの言葉を疑う必要なんてない。でも冗談を言われた方がましだと思える。

少し前の事なのに覚えてないなんて…。彼はそんなに記憶力がないわけじゃない。
……今と違って炎司さんに復讐するだけに必死だったあの時の彼なら、周りを見ていなかったのかもしれない。その時に夜嵐くんに何かしてしまったんだろう。

「彼、夜嵐くんもしかして嫌な思いしているかもしれないね」

ぼそっと漏らした私の声に焦凍くんは何も返事をしなかった。

それからというもの雄英生が続々と控室に入ってくる。その度にほっと息を吐く。だけど、開いた扉から見えた顔に息を飲む。

…来た。真堂くん。

傑物学園の生徒と一緒に控室入ってきた真堂くんを見つめると、私の視線に気が付いた彼が爽やかにウィンクを飛ばす。本当は1人になった所を話しかけたいのだが、中々それは難しそうだ。

どうにかならないかと椅子に座りながら考えていると、隣に座っていた焦凍くんが立ち上がり夜嵐くんの方に向かって歩いて行った。

「俺、なんかしたか?」

夜嵐くんは鋭い目つきで焦凍くんを見て、さっきまでとは違い静かな声のトーンで返事をした。

「いやぁ、申し訳ないっスけど…エンデヴァーの息子さん。俺はあんたらが嫌いだ。あの時より幾らか雰囲気変わったみたいっスけど、あんたの目はエンデヴァーと同じっス」

その言葉の真意を聞こうと腰を上げるが、腕を掴まれ椅子に戻される。

誰が私の腕を掴んだのだろうかと横を見ると、機嫌よさそうに笑って私を見る真堂くんがいた。

「今いいかい?」

その言葉に焦凍くんの方を見るが夜嵐くんは学校の人に呼ばれたのか、既に焦凍くんの前にはいなくなっていたので、私は真堂くんの方を見てこくりと頷いた。

「さっきの話なんだけど君を怖がらせるつもりじゃなかったんだ。まぁ動揺してこの試験に落とされたらいいなとは思っていたけどな」
「…性格悪いって言われませんか?」
「さぁ?…それで俺が言いかけた事なんだけど、神野事件の被害範囲について一部の君のファンが騒いでいるんだ。被害があれだけで済んだのは君が魔法を使ったからじゃないのかって」

わかる人はわかってしまうのだろうか。それにしても一度記事を消したのにそれでもまだ私について騒がれているなんて。

それにしても…。

「真堂くんって私の事どこまで知っているの?」
「君がただのコスプレーヤーじゃないって事と、君が使っている個性は俺たちのモノとは違うって事だけさ」

その答えに黙っていると、今度は真堂くんが私の顔を覗き込んで爽やかに笑いながら質問を投げかけた。

「君はどこから来たのかな」
「私は…っ!」

答えようとして開けた口を誰かが手で覆い、急には止められなかった言葉ははっきりとはしない音としてその場に消えた。

「そんな怖い顔しないでよ!轟くん」
「この人になんの用だ」

後頭部に触れる衣服に頭上で聞こえる焦凍くんの声に驚きを隠せず、一瞬頭が真っ白になる。

「佐倉ちゃんと話してただけだよ!また今度話そうね」
「んんん!」

遠慮しますと言いたいのに焦凍くんが私の口を塞いでいる為、うまく言葉にする事が出来なかった。だけど私の返事を最初から求めてなかった真堂くんは椅子から腰を上げて私達に背中を向けながら手を振り、傑物学園の生徒の中に入って行った。

それを見送った焦凍くんが私の口から手を離したので、首を回して焦凍くんを見上げると、眉間のしわが深く、睨むように真堂くんが歩いて行った方を見ている。

「しょ、焦凍くん…あの」
「柚華さん…言いたい事わかっているな」
「……はい」

なんで試験をする前に私に心労が降りかかるんだろうか。ただ私はこの仮免許を無事に取得したいだけなのに。

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