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「皆さん長いことお疲れ様でした。これより発表を行いますが…その前に一言、採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり…危機的状況でどれだけ間違いのない行動を取れたかを審査しています。取り敢えず合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認下さい…!」

登壇の上で目良さんが今試験の説明をしてくれている間、私は焦凍くんの後ろ姿をぼんやりと眺めていた。寂しそうなその背中が私の胸をぎゅうっと締め付ける。

画面に映し出される名簿の中から自分の名前があるかどうかを探すと、割とすぐに見つかった。そして焦凍くんの名前を探したが予想通り名前はなく、私の前に立っている焦凍くんも予想していたのか、動揺してるようには見られない。

ふと横を見ると夜嵐くんが焦凍くんに近付いてきて、焦凍くんの名前を呼んだ。

「轟!!」

険しい顔で焦凍くんの顔を見る夜嵐くんは勢いよく地面に叩きつけるかのように頭を下げ、大きな声で焦凍くん向かって謝罪をするが、焦凍くんは突然の行動に一瞬固まってしまう。

「ごめん!あんたが合格を逃したのは俺のせいだ!俺の心の狭さの!ごめん!!」
「元々俺の撒いた種だしよせよ。お前が直球でぶつけてきて気付いたこともあるから」

焦凍くんは思い出したのだろう。夜嵐くんとの間に何が起こったのか。よかったと思う反面何があったのかが気になりもする。

周りにいたクラスの皆が焦凍くんが落ちた事にびっくりして心配そうに声をかけたりしている中、峰田くんがとんでもない言葉をかけてしまった。

「両者ともトップクラスであるが故に自分本位な部分が仇となったわけである。ヒエラルキーくずれたり!」

そう言って峰田くんが腕を伸ばして焦凍くんの肩をポンと叩く。それを飯田くんが引き離して峰田くんの頬をぎゅっと両手で挟める。

「柚華ちゃんは声掛けないの?」
「三奈ちゃん…、かけないよ。こればっかりは自分の今までの過ちが今になって自分に返ってきただけだから」
「慰めたりとかも?」
「しないかな。平たく言えば自業自得。私の知ったことじゃないもん」

他の人に冷たいと言われても考えを変えるつもりはない。大好きな人だからこそこれから先を見据えて行動できるような人になって欲しい。適当な言葉をかけて慰めたくない。

三奈ちゃんはへらりと笑ってそっかと呟いた。


その後私達は採点の詳細が記されたプリントを貰い、それぞれが自身に足りなかった部分を確認していると、目良さんが落第者には特別講習を開き、合格したら仮免を交付すると言ってくれた。

「やったね!轟くん!」
「やめとけよ、な?取らんでいいよ楽に行こう?」

緑谷くんが自分の事のように喜び、峰田くんがヒエラルキーがまたもや崩れるのが怖いのか、講習に行くことを辞退するように促すが、そんな言葉を焦凍くんが聞き入れるわけもなく、安心した表情で穏やかに宣言する。

「すぐ……追いつく」

こうして私達の仮免試験は終了した。

寮に帰るためにバスに乗り込む為駐車場に向かって歩いていると、Msジョークが相澤先生に合同練習をしようと話を持ちかけた。

合同練習となると同じ学年の人とかな?それとも…。

「俺たちまた会うかもしれないね!」
「…真堂くん」
「嫌そうな顔してんな。てか佐倉ちゃん免許は?」

私の肩に手を置き、私の手元を見て真堂くんは首を傾げる。ついさっき貰ったばかりなのだから殆どの人は嬉しくて仮免許証を手元に持っているはずと思ったのだろう。

「私まだヒーロー名決めてなくて」
「へぇー。何にするの?」

何にしようかと考えている最中ではあるが、いくら考えても1つの名前しか頭に浮かばない。だからそれにしようと思う。

私のヒーロー名は、さくら。

「あ、先生呼んでる。俺行くわ!…っと、俺あんたの存在信じるわ!そんで今度会った時にでも教えてよ!あんたが考えたヒーロー名」
「うん、ありがとう!真堂くんのもね!」

爽やかな笑顔を残して真堂くんは去っていく。手を振りそれを見送っていると、元気のいい夜嵐くんの声が聞こえた。

「轟!また講習で会うな!けどな正直まだ好かん!!先謝っとく!ごめんな!」
「こっちも善処する」

焦凍くんの返事を聞き、手を振りながら帰ろうとした夜嵐くんは私を見つけるとまた戻ってきた。何事かと身を構えると申し訳なさそうな顔をして血塗られたハンカチを出した。

「あんたに借りたハンカチどうしたらいいっスか?血塗れになってるんスけど…」
「捨ててもいいよ」
「けど、勿体ねえっス」

捨ててもいいと言ったが、人のものを捨てるのは抵抗があるのだろう。だからと言っても夜嵐くんが使っててって言っても困らせるだけだし…。

「そしたら今度洗って返してよ。お互いヒーロー目指しているんだから何れ何処かでまた会うだろうし」
「それでいいんスか」
「うん。血まみれのを返されるよりまし」

わかったっス!!と元気よく頷き、今度こそと走って帰っていく。

そうして私達も帰路についた。

寮に着いても興奮冷めやらぬようで皆が共用スペースで談笑してる中、私は焦凍くんに呼び出され焦凍くんの部屋の中にいる。
畳ばりの上に座布団を敷きその上に正座で座る。目の前で胡座で片膝を立てて座る焦凍くんの表情は落ち込んでいるような、怒っているような、微かに忙しなく表情を変化させている。

「あの…?」
「柚華さん、あの男…」

誰のことだ?私の目を逸らして、あの男と呟いたきり何も言わなくなってしまった焦凍くんに、これ以上の情報を聞き出すのは難しいかもしれない。そう思って必死であの男の正体を探す。すると2人の男の人の顔が頭に浮かんだ。

「夜嵐くん?」
「…違ぇ」
「違った。そしたら真堂くんかな?」

夜嵐くんの名前を出すと焦凍くんは緩く首を振ったが、間に変な間があったからこの人の事でも引っかかっているんだろうな、と思いつつも真堂くんの名前を口にしたら焦凍くんの肩がぴくりと動く。

あたりだ。

「彼がどうかしたの?」
「アイツと何かあったのか?控室でなんか言われてただろ」

あぁ、あの時の事か。正直今日という日は余りにも濃い一日だったから数時間前の事なのに昨日のように感じてしまう。

「真堂くん私の存在を疑ってたみたいというか、この世界の人じゃないっていうのは感づいていたみたいで、その事について聞かれただけだよ」
「柚華さんはこの世界の人だろ」

まぁそうなのだが。

「それだけか?」
「うん?」
「他に何か言われなかったか?」

これは心配してくれているのだろうか。焦凍くんは仮免を落第して人の心配なんかせずに落ち込んでもいいのに、私の事を気にかけてくれている。

「心配しなくても大丈夫だよ」
「心配するだろ。好きな奴にちょっかいかけてんだから」

嫉妬だ。焦凍くんが嫉妬している。

少しだけ頬を染めて顔ごと逸らす焦凍くんが余りにも愛おしくて、嫉妬してくれている焦凍くんが余りにも嬉しくて、好きという気持ちが心の中で暴れ始める。

「焦凍くん!好き。私は焦凍くんが好き」
「あぁ俺も柚華さんが好きだ」

腰を上げて焦凍くんの目の前に近づき思いっきり抱き締める。逞しい焦凍くんの胸に頬を寄せて背中に手を回すと、焦凍くんが私の頭と背中に手を回して抱き締め返してくれた。

力いっぱい焦凍くんを抱き締めていると、焦凍くんが私の頬を包むように手を当てたので顔を上げると私の唇に焦凍くんの唇が重なった。

「やっぱムカつく」

焦凍くんは1度唇を離して、低い声でぼそっと言うと噛み付くようなキスをする。唇に歯を立て甘噛みするのに甘やかすかのように舌を這わせる。角度を変えて性急に深くなるそれに息が続かなくなり、空気を吸おうと口を開けると、ぬるりと彼の舌が侵入してきた。

「んんっ!……ふ」

鼻から漏れる声が甘くて、こんな声が自分から出てるなんて信じられない。唇を離そうと、後に頭を引こうとしたが、いつの間にか回っていた焦凍くんの手によって阻められ、それどころか引き寄せられる。私の口内を蹂躙する焦凍くんの舌から逃げるように、自分の舌を引っ込ませると許さないとばかりに焦凍くんの熱いそれが私のものに絡まる。

「しょ、と…くん!…息が!」
「悪い、けど我慢してくれ」

脳内が酸欠でぼんやりしてきた。息ができないと苦情を言うも、焦凍くんは一瞬だけ離して悪いと謝ってからまたすぐに口付ける。

「ふぁ、…ん」

酸欠と与えられる口付けの気持ちよさにいよいよ頭が回らなくなり、背中に回していた手の力が抜けた。

「っ!悪い!」
「ちから、ぬけた」
「悪い…」

焦凍くんの肩にもたれ掛かるように頭を預けて、酸素を取り込もうと、大きく息を吸う。私の頭を撫でながら焦凍くんは何度も謝罪の言葉を口にする。

「悪い。無理させたな」
「そんなに謝らないで、嬉しかったのに…」
「そ、うか」

擽ったそうに笑う焦凍くんの首に腕をまきつけて、ぎゅうっと抱き締めると私の首筋に顔を埋めた。

「あの人に嫉妬した」
「うん」

なんとなく気がついていたよ。

「俺といる時よりも自然体に見えて、取られるじゃねえかって思った」
「うん」

そんなことないよ。私は焦凍くんが好きなんだよ。

「あと、俺仮免落ちたし。くだらねえ意地の張り合いでお互いの足を引っ張りあって…けどそうさせた原因は俺にあって。俺が周りを見れてなかったから」
「今回の試験は仮免は落ちたけど、得たものもあったんじゃないかな?」
「そうだな。あいつと偶然会ったからこのままじゃダメなんだってわかった」

偶然か…。侑子さんが口癖のように言っていたな。

「偶然なんかない、あるのは必然だけよ」
「柚華さん?」

焦凍くんは首筋に埋めていた顔を上げて、不思議そうに私の顔を見る。

「この世の起こる全ての出来事、現象には必ず理由がある。だけど一々止まってどうして?なんで?と考えると前に進めなくなる。だから人はソレを偶然という…ってそんなような事を言ってたなって」
「侑子さんか」

だからきっと焦凍くんが夜嵐くんに会ったのも偶然じゃない。成る可くして成ったものなんだと伝えると、彼は穏やかに笑った。

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