大丈夫だよと声をかけても焦凍くんは心配なのか、私が寝付くまで側にいてくれるようになってから2日。緑谷くんの謹慎が解け息を巻いた緑谷くんが教室に入ってきた。あまりの形相に飯田くんがどうしたと口にすると、緑谷くんは鼻から荒い息を吐きながら硬い握り拳を作って言った。
「この三日間でついた差を取り戻すんだ!!」
なんとも緑谷くんらしい返答だった。そして相澤先生が教室に入ってきてインターンの話をしてくれることになったが、先生は廊下に向かって入っておいでと話しかける。
誰か連れてきたの?
「職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらう。多忙な中時間を合わせてくれたんだ、心して聞くように。雄英生徒の中でもトップに君臨する3年生3名…通称ビック3の皆だ」
そんな名前で呼ばれてる人達がいる事に驚いた。雄英高校ってヒーローを目指すなら誰もが門を潜りたいと思っていて、入学の倍率は毎年とんでもない事になっていると聞いた。その中でも選りすぐりの人達だけが門を潜る事を許される。その中でもトップレベルというのだから、どれだけすごい人達なんだろう。
相澤先生の声で入ってきたその3人に尊敬の眼差しを送ると教室が俄にざわつく。
「では手短に自己紹介よろしいか?天喰から」
天喰さんは教室にいる生徒を睨みつける。その視線の鋭さに教室全体に緊張感が走り、体が痺れるような、ビリっとした感覚が背筋を走る。
なんか…怖いかも…?
「駄目だミリオ…波動さん…。ジャガイモだと思って臨んでも頭部以外が人間のままで依然人間にしか見えない。どうしたらいい、言葉が……出ない」
カタカタと震えだした天喰さんは辛いと、微かな声を出し、帰りたいと言って私たちに背を向けてしまった。
え、え?
天喰さん男の先輩で大きい人なのに今は小さく見える。
そんな天喰さんに追い打ちをかけるように、彼の隣に立っていた女の先輩が明るい声で自己紹介を始める。
「あ、聞いて天喰くん!そういうのってノミの心臓って言うんだって!ね!人間なのにね!不思議!彼はノミの天喰環。それで私が波動ねじれ。今日はインターンについて皆にお話してほしいと頼まれてきました」
天喰さんと違って緊張しないのか、自分の自己紹介ついでに天喰さんの名前も教えてくれた。この人はどんな話をしてくれるのかと思ったら、彼女は注意が逸れたのか、目の前にいる障子くんに話しかけた。
「けどしかし、ねぇねぇ、君はなんでマスクを?風邪?オシャレ?」
「これは昔に……」
障子くんが質問に応えている最中に波動さんは違う人が目に付いたのか、体をずらして明るい表情で話しかける。
「あら、あとあなた轟くんだよね!?ね!?なんでそんな所を火傷したの?」
「…!?…それは…」
焦凍くんも応えようとしたが、それを遮って色んな人に色んな質問を投げかけはじめてしまった。その姿は先輩ながらも幼稚園の子供のように見えた。
峰田くんも髪の毛の事を聞かれて、息を荒くセクハラの発言をした時は本当に、本当に引いてしまったが。
相澤先生は波動さんの言動に合理性に欠くね。と呟くともう1人の男の先輩が焦ったように汗をかき、大きく手を動かして任せてください。と大きな声で返事をする。
先輩は片手を腰に当て、もう片方の手は耳の後ろによく聞こえるようにあて、上半身を倒して大きな声で私達に質問した。
「前途ーー!!?」
ぜんと?前途…多難?
いきなりの質問にクラス中が困惑して、誰も答えないでいると、先輩は勢いよく体を戻して答えを自分で言った。
「多難ー!!っつってね!よぉしツカミは大失敗だ!」
3人ともなんとも個性的な人達で、本当にこの人達がビック3なのかと至る所で疑問の声が微かに聞こえる。
「まぁ、何が何やらって顔してるよね。必修てわけでもないインターンの説明に突如現れた3年生だ。そりゃわけもないよね。1年から仮免取得…だよね、フム。今年の1年生っですごく…元気があるよね…。」
先輩は真剣な顔つきで独り言のように呟くと、何を思ったのか俺と戦おうと言い出した。相澤先生の許可もおりて、私達はジャージに着替えて体育館γに集合した。
カードは本から出してポケットに入れておいた。
何度か跳ねたり、大きく足を動かしてみたが落ちそうにないので、今度から戦闘服のポケットに入れておいてもいいかもしれない。正直太ももに本を括り付けるのはめんどくさい。
「コレはこれでいいかも」
よし、と気合を入れると壁に額をつけ、相変わらず私達に背を向けている天喰さんがミリオさんに止めるように促す。
「ミリオ…やめた方がいい。形式的にこういう具合でとても有意義です。と語るだけで充分だ。皆が皆上昇志向に満ち満ちているわけじゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない」
「あ、聞いて、知ってる。昔挫折しちゃってヒーロー諦めちゃって問題起こした子がいるんだよ。知ってた?!大変だよねぇ、通形ちゃんと考えないと辛いよ。これは辛いよ」
つまり2人が言いたいのは、先輩と自分達との実力の格の差を思い知ってそのまま折れたら2度とヒーローを目指さなくなってしまう。だからやめるべきだと言いたいんだろう。それに反発するように常闇くんと切島くんが声を出す。
「待ってください。我々はハンデありとはいえプロとも戦っている」
「そして、敵との戦いも経験しています!そんな心配される程俺らザコに見えますか……?」
準備運動を終えた通形さんは、いつでもどこからでも来ていいと言った。一番最初は誰だ?と声をかけると、切島くんが俺!と声を出して手を上げるが、緑谷くんが前に出てきて、切島くんが一番最初を譲る。
緑谷くんが軽く体を動かして、低く身を屈めると切島くんが近距離の人達に声をかける。
「近距離隊は一斉に囲んだろうぜ!!よっしゃ先輩。そいじゃあご指導ぉーよろしくお願いしまーす!!!」
長距離でも近距離でもない私は暫く様子を見ようと近距離隊の後。長距離持ちの人達の辺りに下がると、通形さんの着ていた服がはらりとすり抜けるように落ちた。
「ひゃっ!」
それを隙と感じた緑谷くんが通形さんの顔面に蹴りを入れるも、まるで空気を蹴ったかのようにすり抜けてしまう。追撃するように青山くんのレーザービームと瀬呂くんのテープを出すが、それも通り抜けてしまう。
「通り抜ける個性?」
兎に角皆が攻撃をしている間に杖に戻そうと呪文を唱えると、響香ちゃんの真後ろに現れ、そのままお腹に重たい一撃を与え、ついでとばかりに隣にいた上鳴くんの鳩尾あたりに拳を入れて、響香ちゃんのイヤフォンジャックで2人をぐるぐる巻きにしてしまった。その勢いのまま長距離の人達の鳩尾に一撃を入れて、倒していく。まさに一瞬の出来事だった。
「お前らいい機会だ。しっかりもんでもらえその人…通形ミリオは俺の知る限り最もNo.1ヒーローに近い男だぞ!プロを含めてな」
相澤先生の言葉が聞こえてきたが、正直それどころじゃない。このままここにいると私も鳩尾を殴られてしまう。
通形さんと目が合ったと思ったら、彼は何処にもいなくて、来ると思った時にはもう私の真後ろにいた。
「次は君だ!」
「“移(ムーブ)”!」
離れている焦凍くんの方へと瞬間移動しようと呪文を唱えた一瞬、通形さんの拳がお腹を掠めたが倒れ込むような痛さではなく、掠っただけの痛さだった。
「怖い!」
「柚華さん?!」
焦凍くんの前に着地する予定が、少し距離のある所に着地してしまったので、小走りで焦凍くんに駆け寄ると焦凍くんは驚いた表情をしていた。
「通形さん殴る時手加減してくれない」
「けど、すげえよあの人…一瞬で半数以上を…No.1に最も近い男」
「おまえは行かないのか?No.1に興味ないわけじゃないだろ」
ごくりと生唾を飲む焦凍くんに相澤先生が声をかけると、焦凍くんは仮免を取ってないからと断る。それを見て相澤先生は私の顔をじっと見た。
焦凍くんが丸くなったのは、私の所為じゃないです。
「逃げられちゃったか。でもあとは近接主体ばかりだよね」
通形さんの個性は私の“抜(スルー)”と似ている気がするが、私の“抜(スルー)”は周りを透過させてすり抜ける事が出来るが、恐らく通形さんのは彼が透過するんじゃないかな?でもそれだとあの瞬間移動はどうやっているんだろうか?
その後先輩は地面に沈んたり、出てきたりをしていたが、結局先輩のワープの理由を対戦中に知ることは出来なかった。
「とぁまぁー、こんな感じなんだけど俺の個性強かった?」
強いか弱いかで言ったら弱いよりの個性だろう。実際、先輩から逃げ切れる手はいくらでもあるが、先輩を倒すのは骨が折れそうだ。つまり、個性に対する熟練度がずば抜けて高い。
「すり抜けるしワープだし!轟みたいなハイブリッドですか?!」
三奈ちゃんの質問に通形さんは透過の1つだとおしえてくれた。そして、ワープは個性を使った応用だと。
「全身個性を発動すると俺の身体はあらゆるものをすり抜ける!あらゆる!即ち地面もさ!」
ということは地面に沈んだのは、落下してたって事か。
お茶子ちゃんも同じ事を思ったのかそれを口にすると通形さんは笑って頷いた。
「そう!地中に落ちる!そして落下中に個性を解除すると不思議なことが起きる。質量のあるモノが重なり合う事は出来ないらしく…弾かれてしまうんだよね。つまり俺は瞬時に地上へ弾き出されるのさ!これがワープの原理」
角度を変えれば弾かれた先を狙うことも出来る。と言っているが、それってどれだけ大変なんだろう。何もかもを透すってことは酸素も吸えない、ただ落ちていくだけ。
雄英の中で一番下まで落ちた通形さんはどれだけ努力してトップまで登りつめたのだろうか。
「この個性で上に行くには遅れだけは取っちゃダメだった!予測!!周囲より早く!時に欺く!何よりも予測が必要だった!そしてその予測を可能にするのは経験!経験則から予測を立てる!」
学校では手に入らない一線級の経験が手に入る。だからインターンをやるべきだと通形さんは固く握り拳を作って力を入れて教えてくれた。
衣服から伸びる逞しい腕には沢山の傷の跡がある。きっと個性の練習やインターンの時に出来たものだ。
インターンか…都合が合えばやってみたいものではあるが、素性のわからない私を受け入れてくれる所はきっとエンデヴァー事務所だけだ。でも今エンデヴァーさんは後処理に追われてそんな相手をしてる暇はなさそうだし、どうしようか。
それに気になる事もある。“移(ムーブ)”の事だ。仮免の時から調子が悪いというか、魔法が噛み合わなくなってきている気がする。感覚がずれているというのか、使っている時違和感があるし、実際着地場所も予想とは違う所に着地してしまう。
これは早急に何とかしないと。
放課後焦凍くんに声をかけて“移(ムーブ)”の確認をしたが百発百中の確率で予想の地点に行かない。これは絶対におかしい。
当たり前のように焦凍くんが私の部屋に座り、“移(ムーブ)”について一緒に考えてくれた。
「体調の問題じゃねえのか?」
「体調はいいよ。眠くもないし」
原因不明だ。それに気になるのが“移(ムーブ)”ただ1つって所だ。このカード以外に異常も違和感もない。他のカードと“移(ムーブ)”の違いと言えば、私の魔力を与えたか否かだ。
「力を与えたから使いずらくなった?」
「魔力のことはよくわかんねえが、その作った奴と柚華さんの魔力って同じなのか?」
「…と言うと?」
「違う性質のものでも魔力という点は同じ、だから使えるが、性質の違いがあるから実力を発揮しない」
焦凍くんの言葉に重大なことに気が付いた。
そうだ。そうだよ。私は飛王に狙われた時にこう思ったんだ。性質が違うから操り辛いんじゃないかって。
……でも、待って、私は確かに旅の途中でクロウさんのカードを全部自分のカードに作り替えた筈。じゃないと倒せない敵がいたから。でも“移(ムーブ)”は使いずらくなっている。なんで?私のカードに作り直して力を入れただけなのに。
焦凍くんがもう寝ようと声をかけてくれ、ベッドに潜り焦凍くんに向かってありがとう。と言っても彼はその場から動かなかった。
「そんなに心配?」
「ん」
そんなに心配されなくても今はぐっすり寝れている。大丈夫だと言っても強く断れないのは私も焦凍くんと一緒に居たいから。
あまり寝顔は見られたくないが、寝ないと焦凍くんが寝れなくなるから仕方ない。
その日私は焦凍くんの手を握りながら眠った。
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