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焦凍くんが不慣れな手つきで私の眠気を誘い、そのまま私は深い眠りに落ちた。でもその日は夢を見た。出会った頃よりもずっと大人びた顔立ちをしたサクラちゃんが目の前に立っている。

「今度はちゃんと会えたね」
「柚華ちゃん…」
「ごめんね、皮肉を言ったつもりはないの。ただ嬉しくて」

申し訳なさそうな顔をするサクラちゃんに両手を振って否定すると首にぶら下がっている鍵が揺れた。

今日、私はこの鍵と離れることになるのか。

侑子さんに言われ、魔力を貯め続けた大切な杖。

私は鍵を首から取り両手で握りそれをサクラちゃんに向かって腕を伸ばす。

「これを貴方に」

握った鍵をそのままサクラちゃんに受け取ってもらおうと腕を伸ばす。サクラちゃんは驚いた顔で私を見てゆっくりと首を横に振った。

「でもそれは貴方の、柚華ちゃんの大切なものでしょう?」
「だけど、サクラちゃんにも大切なもの。大丈夫、私にはカード達もいてくれるし私を支えてくれる仲間たちもいる。だからこれはサクラちゃんが受け取って」

サクラちゃんの手を取り鍵を乗せると、落ちないようにぎゅっと握ってくれた。きっとこの鍵は飛王の野望を、世界を守る道具になる。そう思えば離れるのも惜しくない。

「どんなに辛くても、どんなに悲しくてもサクラちゃんの小狼くんを…貴方の大切な人達を信じて。それが皆の幸せだから。絶対、大丈夫だよって信じて」
「柚華ちゃん…」

酷く悲しげに笑うサクラちゃんの手に私の手を重ねて言葉を続ける。

「私とあなたは半分だけ同じ。半分だけ同じ魂、半分だけ同じ名前。だけど異なる存在。例え写し身だとしてもサクラちゃんはサクラちゃんだよ」

サクラちゃんは優しげに笑って頷き、私の手を握った。
きっとこれが最後の呪文になる。

「光の力を秘めし鍵よ。真の姿を我に示せ、契約のもと柚華が命じる封印解除(レリーズ)!」

サクラちゃんの手の中で鍵が光を発しながらくるくると回り、次第にそれは大きくなり杖となってサクラちゃんの両手に収まる。

「この杖、お父様の魔力を感じる」
「お父様…?」
「クロウ・リード…私のお父様の名前よ」
「え?待って、その杖からその力を感じるってことは…!」
「だけどお父様じゃない力も感じる…暖かい」

サクラちゃんはそれだけ言うと私の杖をしっかり握ったまま桜の花弁となって消えてしまった。

「柚華ちゃんありがとう」
「大丈夫。絶対大丈夫だよ」

私はゆっくり目を瞑って、寝た時と同じように意識を深く沈めた。


朝、目を覚ますと首にぶら下がっていた筈の鍵がなく、無事に渡せたんだなと安心した。それと同時に込み上げてくる悲しさもあって目尻から頬を伝うように雫が零れた。

「さぁ、今日も頑張ろう」

先ずは職員室に行こう。相澤先生に鍵を与えたことを言おう。そして焦凍くんにも話そう。杖はなくても一応魔法は使えるが、今までみたいにそう何度も使えるわけじゃない…と、思う。こればっかりは試したことがないから予想もつかない。

朝、職員室により相澤先生に事情を説明すると、放課後また来るように言われ、暫くの間あまり魔法を使わないように言われたので、実習中も極力魔力を使わないようにしていたらすぐに皆にどうしたのかと聞かれてしまった。

そりゃ、突然杖を使わなくなったらどうしたのかってなるよね。

説明を暈しながら伝えるとあまり納得した顔はしてくれなかったが、説明する気がないのが伝わったのか、あまり無理をしないでね。と皆に言われた。

そんな中あの説明に絶対納得してない焦凍くんが放課後話しかけてきた。

「柚華さん」
「相澤先生の所に行くから一緒に行こうよ」
「…あぁ」

1人1人説明するのはめんどくさい上に時間の無駄でしかないので、焦凍くんを誘うと頷いてくれて一緒に職員室に向かった。

「佐倉です。相澤先生はいらっしゃいますか?」
「来たな…轟も一緒なのか」
「はい。彼にも話を聞いてもらいたいので」

相澤先生は私の後ろに立っていた焦凍くんを見て一瞬驚いた顔をしたが、聞いてもらいたいと話すと納得してくれた。

「場所を移す」

そう言った相澤先生の後をついて行くと1つの小さな小部屋のような所で、室内は窓から光が差し込んで、白い壁が橙色に染まっている。

先生を向かい合って座ると、先生は私に何があった?と話すように促す。

「私が侑子さんの元で暮らしていた時ある夢を見たんです。透明な筒の中でさくらちゃと小狼がお互いに触れ合えず声も聞こえずただ泣いている夢を見たんです」
「その夢が何かあるのか?」

相澤先生の言葉に頷くと焦凍くんが小さな声でぼそっと呟いた。

「予知夢、か」
「多分…確信はないけど。でも侑子さんに聞いたら杖に力を蓄えなさいとだけ言われたんです。そして飛王に襲われた時にこの杖はあの人の野望を阻止するものになるんだって分かって、そして今日サクラちゃんに夢で会い託したんです」

相澤先生は面倒くさそうに片手を頭に回して、わさわさと動かし、軽い溜息を吐く。

「お前が今後その飛王って奴に狙われる可能性は?」
「0、ではないと思います」

あの時見た夢の頬を伝う生温い液体の感覚も、肉を裂くような感覚もないけれど、でもはっきりと覚えている。私があの人に捕まった先の未来には希望なく絶望しかない。

「私は何がなんでも捕まる訳にはいかないから」
「…些細なことでも何かあったらすぐに言え」
「はい」
「轟もだ。お前が一番佐倉の側にいるんだからな」
「はい」

私と焦凍くんが頷くと、先生はそれと、と言ってさらに言葉を続ける。

「お前達にはないと思うが、間違っても不純異性交遊、不健全性的行為とも言うな。それだけはするなよ」

相澤先生は何を言っているのかと理解ができない。今私は何を言われたんだ?
フリーズしてる私を構うことなく焦凍くんが、相澤先生に返事をした。

「言われなくても分かってます」
「そうか、それじゃ俺は行くからお前達も早く寮に帰れ」

私の後ろにある扉がパタンと音を立てて閉まり、その音で頭が回り始める。すると途端に焦凍くんとの甘い時間を思い出して、頬に熱が集まり自分でも分かるほどに熱く赤くなる。

「な、なんで…?!」
「落ち着け柚華さん」
「落ち着いてられないよ!なんでそんなに冷静なの?!見られてたりしてたってことなの?!」

焦凍くんが私の肩に手を置き深呼吸するように言うが、深呼吸しても恥ずかしさは治まらないし、何なら薄らと視界もぼやけてくる。

「柚華さん、個人の部屋には監視カメラは付いてねえし、先生は俺達が付き合っているから言っただけで何かがあったから言ったわけじゃねえ」

たしかにその通りだ。監視カメラが置かれてる場所は分からないが、個人の部屋には置かれてないって言っていた気がするし、そもそも広間や人目のつくところで何かをした事があるわけでもない。

そっか、先生の先生らしい忠告か。よかった。

熱くなった頬の熱が冷めないまま、頭だけは冷静になり逆に何故そんな事に気が付かなかったのか疑問に思うほどになった。静かになった私を見て焦凍くんが帰ろうと言ってくれ、それに頷き私達は立ち上がって小部屋を後にした。

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