07




道場につくと、明かりは付いているのに中には誰も居なかった。消し忘れかと思い電気を消そうと中に入ると外に人影を見つけて障子を開けて外を見た。焦凍くんが暗い外の中道場から漏れる明かりだけで1人鍛錬していた。本当にトレーニングをしていて呆れた笑みを浮かべてしまう。

「寒くないですか?」
「なんでここに来た」
「伝えたい事がありまして」

焦凍くんは鍛錬を中断して縁側に座ったので、私は予め持ってきたタオルとドリンクを渡すと、彼は素直に受け取ってくれたので、私は少しスペースを空けて隣に座った。話してもいいのかと焦凍くんの方に顔を見ると目が合ったので、顔をそらし自分の膝を見ながら言葉を紡いだ。

「先程炎司さんに雄英に行くように言われました」
「……」
「それから明日から焦凍くんの練習相手になるように言われました」
「あのクソ親父ならいつか言うと思っていた」

俺の予想より遅かったけどな。と言った彼の横顔は無表情に見えて彼の感情を汲み取る事ができない。今彼は何を考えているんだろう。きっと嫌なんだろうな、と思う。

「練習相手になるのは俺もありがたい。お前…柚華さん1人で色んな個性の奴を相手に出来るからな」
「中には戦闘に向かないカードだってありますけどね」

言いなりになるようで嫌なのかと思っていたが、そんな事は無いようだった。後ろ向きだったのは私だった。
少しの後ろめたさから視線を膝に戻してしまう。純粋な戦闘向きのカードは意外と数が少ないので、状況に合わせてカードを使い分けているだけだ。機械相手になら“霧(ミスト)”で金属を腐らせるとか、そうゆう具合だ。
苦笑いしながら彼を見ると、真っ直ぐに私を見ていた。何を考えているのか分らない瞳に息をのむ。台所の時のように距離が近いわけでもない。なのに忙しなく心臓が動き出す。
私は男の子慣れしてないからちょっとした動作にドキドキしてしまう。今までは彼に慣れてないし無意識に警戒していたからそんな事なかったんだろう。

「ど、どうかしましたか?」
「なぁ、なんで雄英の事まで俺に言ったんだ?お前は必要ない事は言うタイプじゃないだろう」
「……なんで、でしょうね。伝えたいと思って…貴方に聞いて欲しかったんです」

焦凍くんは何も言わなかった。でもその方が嬉しかった。彼に答えを求めていた訳ではなかったので、適当な答えを言って欲しくなかった。尤も彼はそんな事を言うような人じゃないが。

彼は誠実な人だと思う。そして繊細な人だ。
私の思っていた事を彼に向かって吐き出したい。誰かじゃなく、在り来りじゃない、上辺だけの言葉を言わない彼に、焦凍くんに聞いて欲しい。

「私本当はこの世界に来る事を知っていたんです。正確言うとある人と会うことを知っていたんです。まさか世界を、次元を超えるなんて思いませんでしたけど」

ちらりと横目で焦凍くんを見た。目を見開き驚きはしたもののまたいつもの無表情に戻った。

「でも、心のどこかでまだこの現実を否定していたんだと思います。今日の出来事が現実なんだと、この超人社会に私は来たんだと実感せざる得なくて…。ごめんなさい。話がめちゃくちゃですね」
「気持ちの整理をつけたかっただけだろ」
「……っ、そうですね」

その言葉を聞くと焦凍くんは立ち上がって、また鍛錬を開始した。私は何もするでもなくその様子を見ていた。貴方に会うことを知っていたんですよ、とは言わなかった。“夢(ドリーム)”が見せた予知夢だから会うことは知っていたけど、どうして迄かは分からない。そんな状況で彼に言うのはあまりにも無責任だ。

暫く焦凍くんの鍛錬を見て、これ以上私がいると邪魔かもしれないと気づき、彼に一声かけて道場を後にした。お風呂で疲れた体をほぐし自室に戻って布団に潜り目をつぶった。




いつもと同じ時間に起き、いつも通りに朝食の準備を冬美さんとして、いつも通りに3人を見送って、家事をやり、空いた時間は勉強に当てる。そして夕飯の準備をしてお風呂に入って寝る。これが私の日常だ。でも、今日の夜からそれが変わる。

「焦凍、柚華。道場に来い」

炎司さんが私たちを道場に呼んだ。今日から焦凍くんの練習相手になるんだ。正直焦凍くんの強さは未知数だ。個性すら知らない。

「今日から柚華がお前の練習相手になる」
「あぁ」
「俺の上位互換としてオールマイトを超えろ。その為にお前を作ったんだからな」

炎司さんのその言葉に酷い違和感を覚えた。オールマイトさんを超えるために作ったって何?なんでそんな事を炎司さんが決めるの?焦凍くんの将来の話なのに?
焦凍くんは炎司さんに何か言うこともなくただ睨みつけていたが炎司さんはその視線をなんとも思ってないようで、言いたいことを言うと道場から出ていった。
あんなことを聞かされた後で隣にいる彼になんて声をかけたらいいのかがわからない。私が聞いてもよかった話ではない事は確かなのだ。どう声をかけようと迷っていたら焦凍くんから声をかけてくれた。

「あいつから俺のことについてなにも聞いていないのか?」
「聞いてないですね、いつも必要最低限の事しか話しませんので」
「そうなのか」

目線を合わせずに会話をする。正確に言うと、私は彼を見てるけど彼は足元を見ている。彼が今どんな顔をしているのかもわからないのが悔しい。彼に対して何も言えない自分が歯痒い。私も焦凍くんにつられるように目線を下にやった。

「俺の事を。アイツの言っている意味を知りたいか?」
「…話したくないのであれば聞きません」

知りたいとは思う、だけど焦凍くんの感情を優先したい。そう思いこちらを見てくれない焦凍くんを見ながら答えると、焦凍くんは弾かれたようにこちらを見た。
やっと、目が合った。

「気にならないのか?」
「気になりますよ。でも私は貴方の気持ちを優先したいから、だから話してくれなくてもいいんです」

驚いたような顔をして私を見た。今まで見てきた表情の中で一番表情が出ていたが私の返事を聞くと無表情に近い顔になり目線だけ逸らした。

「さぁ、訓練しましょう!」
「あ、あぁ」

しんみりした空気を壊そうと少し大きな声を出し手を叩いて訓練を促すと、目線をこちらに向けた彼は少し吃りながらも頷いてくれた。
まずはどんな訓練をするのか決めなくてはならない。

「どうしますか?体術にしますか?それとも個性の強化でしょうか?と言っても、私、焦凍くんの個性を知らないのですが」
「そしたら体術にする」
「分かりました」

そしたら“闘(ファイト)”の出番だ。このカードを使うと、武術の達人になれるが体力は自身の体力を消費するので常に体力を鍛えとかないと使えないカードだ。
最近トレーニングとかしてないからあんまり相手にならないだろうが、精一杯頑張ろう。

「そしたら今日は個性使用不可で大丈夫ですか?」
「お前は魔法使うのか?」
「一枚しか使いません」

焦凍くんは考える素振りを見せるも、頷いて私と距離を取った。私も焦凍くんと反対方向に歩き距離を取り、呪文を唱える。

「封印解除(レリーズ)!“闘(ファイト)”!」

カードから拳法着を着た女性が出てきて私の中に入った。拳を握りカードが体に馴染んだ事を確認して焦凍くんの方を見ると彼はすぐ側まで迫って、蹴りを繰り出そうとしていた。

ちょっとっ!待って!

咄嗟に蹴りを躱し距離をとる。いきなり仕掛けてくると思わなかった分、心臓の鼓動が激しく動いている。焦凍くんは鋭い目つきを私に向けていた。

「カードが1枚と聞いて接近戦のカードだと確信したんだ。なら魔法が発動された瞬間飛び込めば、まずは一発勝負はつくと思ったんだが甘かったな」
「珍しく饒舌ですね。余裕の表れですか?」

先程の蹴りを見る限り体に当たると痛みに悶えそうだ。それなら出来るだけ躱すか、受け流す方が良さそうだ。
私が考えているうちに焦凍くんは距離を詰めて拳を突き出してきた。それを躱し応戦する。長期戦は不利なので短時間で決着をつけたい。でないと体力が無くなって私が負ける。やるからには負けたくないのだ。

何度も攻防を繰り返し、結構な時間が経った。このままだと負けてしまう。ここで決着をつけないと!

力を込めた蹴りを一発入れると焦凍くんの脇腹に当たる。入った、と思ったらそのまま片足を掴まれてしまい動きを制限される。足を引き抜こうと強めに動かすが、ビクともしない。なら、勢いつけて残っているもう片方の足で膝蹴りをかます。この動きは予想していなかったようでお腹に入る直前に掴んでいた片足を離し、私の膝を勢いよく弾く。だが私の勢いは止まらずそのまま彼を押し倒した。

「勝負あり……ですか?」
「まだだ」

彼は私の腕と胸ぐらを勢いよく引き寄せると同時に片足で足払いをし、私をひっくり返して上に跨る。

「形勢逆転だな」

同じ手を使わせないように両手首を床に押し付け固定して動かせない。勝利を確信した彼は珍しく広角を上げてニヤリと笑った。その不敵な笑みにドクンと胸が高鳴った。

「負けました。本当に強いですね」
「さっきのは力負けしただけだろ。技術面ならお前の方が強い」
「あ、ありがとうございます」

褒められたことが純粋に嬉しい。ニヤケた顔が見られないように口元を隠すけど出遅れたようで焦凍くんに見られてしまったようだ。今までにないくらい驚いた表情を出している。そんなに気持ち悪い顔をしていたのだろうか。気持ち悪い顔をお見せして申し訳ない。

「えっと…」
「悪りい」

謝って欲しいわけではなかったので首を横に振る。扉の近くに置いたスポーツドリンクとタオルと取りに行き、床に置いておいたiPhoneの画面を明るくさせた。時間は思っていたよりも遅くなっていて変な声を上げてしまった。

「どうかしたか?」
「いえ、意外と時間が経っていて驚いただけです」
「そうか」

それだけ言うと一人で身体を軽く動かし始めた。あれだけ動いたのにまだ動かすのかと驚きを通り過ぎて呆れてしまった。本当に体力オバケだ。
ドリンクとタオルを持って焦凍くんに近づくと動かすのを止めてそれらを受け取りドリンクをごくごく飲んだ。

「今日はこれで終わりましょうか。明日はどうしますか?」
「明日も体術のみをやる」
「わかりました」

時間も時間なので私はお風呂に入って寝ようと想うが焦凍くんを見たらトレーニングを再開させていたので一声だけかけて道場を出ることにした。

「そしたら私はもう寝ますね。お疲れ様でした」

こちらを見ることなく力の入っている拳を突き出していたが恐らく話は聞いているんだと思い、道場を後にした。
兎に角今はお風呂に入ってベタベタの汗を流したい。疲れを癒したい。その一心でお風呂場へ急いだ。体の汚れを落としてゆっくりと湯船に浸かる。

癒される。至福の時。

存分に癒されたので乱雑に体と髪を吹き、服を着て上がった事を知らせようと道場まで歩いたが、道のりの途中で目的の人、焦凍くんに会うことが出来た。上がったことを伝えようとしたが私の様子を見て分かったようだった。

「髪濡れてるけど、風呂終わったのか」
「はい。次は入れますよ」
「…体冷やすなよ」
「はい」

多分風邪をひいたら明日の訓練が出来なくなるという意味で、体の心配をしてくれたんだと思う。けど、素直に受け取っておこうと返事をすると焦凍くんは私の横を通り過ぎて行った。
私も早く寝ようと自室に行き、布団に潜った。

基礎体力を付けなきゃ焦凍くんに追いつけない。彼は技術的には上って言ってくれたけど、体力不足が露見してしまったように思える。彼に付き合うなら彼と見合うだけの体力をつけなきゃ。
意識が遠のく中負けた悔しさを忘れないように決意して、意識を手放した。

- 8 -
(Top)