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午後のヒーロー訓練、今日は相澤先生とオールマイト先生の2人が見てくれることになった。ペアを組んでヒーローと敵(ヴィラン)に分かれて戦闘訓練を行うというものだったが、難易度が高く設定されており、敵は自分と相性が悪い人となっていて私は今回は見学になった。
魔力が使えても暴走するかもしれないという事と私の相性が悪い相手がいないという2点から見学だ。

インターン組はこの前からたまに授業を出ていなかったがここ最近はずっと皆と授業を受けていて、先日の訓練の時に爆豪くんが外で何かを掴んできやがったと叫んでいたが、切島くんは謝りながらも話ことを拒んでいた。

切島くんは何か得たものを人に勿体ぶって話さないような人じゃない。つまり事情があって話せないんだ。
インターンで何かあったんだろうと思いつつも、私は私で杖がなくてもカードを使えるようにならないといけない。正確に言うとカードは使える。何回か使っているからそれは知っている。

わからないのは私の中の魔力が変わり始めているかもしれないという事だ。

訓練終盤、大きなモニターで皆の訓練を尻目にそんな事を考えていると急に眠気が私を襲い、貧血を起こしたかのように気持ち悪くなって視界に靄がかかる。

倒れる。

それは確信だった。ぐらりとふらつく私の体を咄嗟に誰かが支えてくれたのか、床に体を打った痛みはなくそのまま私は意識を手放した。






「柚華、柚華」

誰かが私の名前を呼ぶ。その声は懐かしいあの人の声で目を開けると私の名前を呼んだその人は何もない空間にいた。

「侑子さん…なんで、なんでっ!」

一面黒色の空間にいるのに不思議と暗いとは感じなかった。それよりも侑子さんは蔦みないな黒い何かにじわじわと体を拘束されていくのに全くと言っていい程に抵抗しない。
どうして抵抗しないのか、どうしてこんなところにいるのか。聞きたい事は沢山あるのにどれも言葉に出てこない。

「柚華…これは現実これは現在。止まっていた刹那が動き出しただけ」
「前にも言っていたよね…動き出したのはナニ?」

侑子さんに近づきたくても地面に張り付いたみたいに足が上がらない。前に進みたくても足が動いてくれない。

「動き出すのはあたしの刻」
「なんで…」
「選択はなされたから」

そうじゃないよ。私はそんなことを聞きたいんじゃない!

動かない足の代わりに腕を伸ばすがそれでも侑子さんの所には届かない。掠りもしない。声だけがあの人の所に届く。

「なんで侑子さんの刹那だけが動くの?!私と同じ刻を生きてるのに!!」
「あたしはクロウがただ此処にいて欲しいと願って、その願いが強すぎて消えなかった存在。本来あたしは存在しない既にいない筈のものだから、けれど想いの強さで刻が止まりあたしはとまった刻に留められた。ふたつの世界、ふたつの未来の為に。今、選択はなされ刻は動き出した。だから、あたしは進む」

そんな言い方されたら、まるで…まるでこの世にいないみたいに聞こえる。でも侑子さんは確かに私と同じ時を過ごしていたのに!

「意味がわからないよ…」
「あたしは貴方があたしがいる世界に来る前から死んでるの」

死ん…でる?

「私は確かに侑子さんに育てられた!確かにその記憶はあるの!ずっと一緒にいたじゃない!!これからだってまだ一緒にいたいよっ!親孝行だってまだ出来てないのに……」

目の前の侑子さんが死んでるなんて思えない。とめどなく流れ出る涙をそのままに感情のまま叫ぶ。全てが侑子さんの冗談ならいいのに。そしたら怒ってよかったって笑えるのに。
それなのに侑子さんは穏やかに笑って私の目を見つめる。

「…ありがとう」
「やめて、そんな言葉を言わないで」
「あたしは来るべき日の為にあの店で願いを叶え続けてきた。その日々も今、終わる」

侑子さんの両腕が黒い蔦に巻きつかれていく。その蔦を掃いたいのに足が動かない、手も届かない、声しか届かない。

声が届くなら…!

「無駄よ。この場で魔力は意味がない」
「そんなのやってみないとわからないじゃない!」
「柚華聞いて」
「嫌だ!!」
「あたしは貴方を育てられてよかった。日々成長する貴方を傍で見ることが出来て幸せだった」

なんで、過去形なの?これからだって私は侑子さんが必要なのに。どうしてそんな事を言うの?

「貴方はあたしの自慢の子よ、離れていても貴方なら…柚華なら大丈夫だと信じてる」
「侑子、さん…逝っちゃ嫌だ」
「さようなら。あたしの子」

目から流れる涙が足元を濡らし続ける。優しく穏やかに笑う侑子さんに本当に会えなくなると胸の奥がずっしりと重くなり、足に力が入らなくてペタンと座り込む。
本当にこれが最期なら、もう二度と会えなくなってしまうなら。今伝えないともう二度とこの気持ちを伝えられない。

「…侑子さんは全く世の中のお母さんって感じじゃなくて、何を考えているのかたまにわからなくて、平気で危ないところに私を送り込んだりしたこともあるけど、でもそれ以上に私に色んな事を教えてくれて、私が強く生きていけるように。沢山の愛情をくれたよ…確かに私のお母さんだったよ。私の大切な母親だよ」
「ありがとう」

侑子さんの言葉を最後に意識が一気に浮上して、目を開けると倒れる最中で咄嗟に足に力を入れて倒れるのを防いだ。

「柚華さん大丈夫ですの?」
「百ちゃん…大丈夫立ちくらみしただけだから」
「それだけじゃないですわ、柚華さん泣いておりましてよ」

百ちゃんに指摘された途端本当に侑子さんに会えなくなったのだと実感して、目の前の百ちゃんを思いっきり抱き締め、形振り構わず縋るように泣きじゃくった。

「ゆ…うこざぁん!!あっぁっ!やだぁ…」
「柚華さん落ち着いて。どういたしましたの?」

百ちゃんの声は聞こえるのにそれを正常に処理できない。唯一分かったのは確かにあの時、侑子さんに会う前私は倒れそうになったのに目を覚ましたら、気を失った時と同じく倒れかけだった。侑子さんと話したのに、だ。それはあの場で侑子さんだけの刹那が動いていたからだ。

私の刹那は動かなかった。
それが分からないほど私は無知じゃなかった。

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