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昼下がりの訓練大体の奴らが戦闘を終え、相澤先生とオールマイトがいるでかいモニターがある部屋で残りの奴らの戦闘を見ていると、少し離れた所に立っていた柚華さんがふらついた。が、すぐに自分で体制を立て直し、隣にいた八百万が見かねて柚華さんを支えると彼女は急に、そして珍しく泣き出した。いや、泣いている所は前にも見たがその時は静かにそれでいて激情を持って泣いていたが、今回は泣き叫び形振り構わず八百万にしがみついて泣いている。

その様子は異常に見えて、誰も声を出す事が出来ないでいる。だからこそ余計に彼女の悲痛の叫び声が嗚咽と共に耳に入ってくる。

「ゆぅござん!いっ、逝っちゃった!!」
「柚華さん落ち着いて、ゆっくりと呼吸をしましょう?」

蛙吹が必死に宥めるが柚華さんはイヤイヤと首を横に振って拒否する。
きっと柚華さんだって落ち着きたい筈だ。でも彼女の中の何かがそれを許さないのだろう。じゃなきゃ説明がつかない。普段の柚華さんと掛け離れたこの状況に。

なんとかしてやりてぇ。なのにどうしたらいいのかが分からねぇ。

「佐倉、なにがあった」
「はっ、ふぅ…侑子、さんが…」

相澤先生とオールマイトか柚華さんに近寄り背中を撫でながら質問すると、彼女はぽつりぽつりと言葉漏らした。
侑子さんがどうかしたのか?恐らく相澤先生はそう聞きたかったんだと思う。けど地響きの様な音がし、訓練の様子を映していたモニターが真っ暗になり何も映さなくなった。

「何?!」
「急になんなんだよ!」
「皆外に出よう!」

出入口に近い奴らが先に外に出て、扉が閉まらないように押さえている。そして残った奴らが流れるように外に出る。全員が外に出て状況を確認しようと周りを見回すといつもと同じ景色で、さっきの音は何だったんだと頭を捻る。

そして相澤先生に支えられながら外に出た柚華さんに近寄ると、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた彼女はするりと俺の首に腕を回して、力いっぱい抱き締めた。

「柚華さん?!」

普段人前でこんな事をしない人が急に抱き着いてくるから動揺した。でも柚華さんの声を聞いてそれはすぐに落ち着いた。

「侑子さんが…死んでしまったの」
「…どういうことだ?」

腕の中に収まる柚華さんは小刻みに震えながら、必死に声を振り絞り俺にそう伝えた。
その言葉が理解出来なくて聞き返すと、柚華さん顔を上げて俺から離れる。

「ごめんなさい。取り乱して…もう、落ち着いた」
「佐倉、あの一瞬で何があったんだ」
「ゆっくりでいいから私達に話してごらん」

外に避難すると地響きがしなくなり、最後のペアも戻って来た。そんな中、柚華さんは口を開けては閉めてを数度繰り返して言いづらそうにしていて、それが気に食わなかった爆豪が両掌を爆破させながら柚華さんに詰め寄ろうとするが、再び地響きが鳴り、柚華さんの真下から黒い影のような何かが出てきて柚華さんを飲み込んだ。

「柚華さん!!」
「柚華ちゃん!」

手の形をしたそれに向かって氷を出し動けなくさせ、すかさず芦戸が溶解粘液で黒い手を溶かし、穴を開けると煙で噎せ、軽く咳き込む柚華さんが穴から頭を出し、芦戸の手を取って中から出てくる。

「何事?」
「いや、それはこっちも聞きたいよぉー」

急な事に瞳いっぱいに溜めてた涙は引っ込んで、いつもの柚華さんの冷静さと落ち着きを取り戻したようだった。
けど、柚華さんが状況を把握しようと不意に顔を上げた瞬間、顔立ちのいい柚華さんの顔が歪み、ひゅっとか細く息を吸い込んだ。

「飛王」

ぽつりと零したその名は、柚華さんを襲い予知夢に現れた男の名だった。
その場にいた誰しもが柚華さんと同じ場所を見た。そしてその男の姿を目にする。男は両腕を空に広く伸ばし叫んだ。

「認めん、そんな事は認めんぞ!魔女は蘇らねばならんのだ!それが!!クロウを超える唯一の証!」

何のことだ!魔女とは誰の事を言っているんだ!

俺達が飛王の言葉に混乱する中、男は両手の中から何かを作り出しさらに叫ぶ。

「次元を超え、刻を超え遺跡で貯えさせた力!無駄にはせん!!必ず、必ず蘇らせる!魔女が消えたなどそんな現実はあってはならんのだ!!」

飛王の叫びと共に作り出された透明な筒を見つめる柚華さんの目からまた一雫の涙が静かに零れた。

「もう1度時間を巻き戻す!お前の自由を対価に!あの小娘の命を代償にな!そして姫の力で魔女が存在する次元を探し出す!存る筈だ!!どこかに!魔女が消えない道筋が!」

飛王の両手の間にある透明な筒から白い何かが飛び出し、そして飛王は柚華さんをその視界に捉えた。俺は柚華さんの腕を引き寄せ何が来ても迎撃できるように構える。

「柚華さん俺に掴まってろ!」
「うん!」

飛王が映っていた空はピシリとひびが入りそのまま割れ、落ちてくる破片から柚華さんを守る為に抱え込もうとするが、その破片は落ちることなく空間に漂う。

「何が起こっているんだ…」
「一体何が起こってるんですの?」

クラスの奴らが口々に出す言葉に柚華さんが答えるかのように静かに淡々と話し出す。

「侑子さんが死に、飛王は侑子さんを蘇らせようと躍起になっているの。そして今、繋がるはずがない世界が繋がってしまった」

氷の壁を作り筒から伸びる白い何かを防ぎながら柚華さんの肩を抱き寄せる。
この人は俺が守る。それだけは曲げちゃいけねえんだ。

飛王は透明な筒の中に男女で同じ顔をした4人を取り込み、さらにと柚華さんに向かって魔法を放つが、柚華さんのところに来る前にクラスの奴らや先生に妨害されて消される。

「小癪な!!」

今まではただ柚華さんの元に真っ直ぐ伸びていた白い何かだったが、今度は途中で曲がったりと生徒や障害物を避けるようにしてこちらに飛んでくる。

「クソっ!」

氷壁を壊され、炎で対抗するがそれすらも避けられる。
どうする。どうすればいい。

「焦凍くん!シールっきゃぁ!!」
「柚華さん!!」

筒から伸びる白い何かに気を取られ、地面から伸びる黒い影のような手に気が付かずそのまま柚華さんが囚われてしまった。

柚華さんの胴あたりしかなかった大きさの手がじわじわと柚華さんの体を蝕むように大きくなっていく。それを阻止しようと右の氷で凍らせ、柚華さんに手を伸ばす。

「柚華!!」
「焦凍くん!!」

止めきれなかった黒い影が柚華さんの全身を覆い尽くそうとする。既に顔も半分以上が覆われ、伸ばされた腕を掴まないと次がないと思える程だった。

だが俺はその手を取ることが出来なかった。

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