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焦凍くんに伸ばした手は彼の手を掴む事なく2人の距離が離れていく。私の後ろから伸びる飛王の魔法が焦凍くんの体を痛めつけるように傷つけ、焦凍くんは魔法によって後ろに弾かれてしまったからだ。

一瞬見えた彼の姿は至る所から血を流していて、それでも睨みつけるように、鋭い瞳で私越しに飛王を見ていた。

玖楼国と雄英が繋がってしまった。いや、正確に言うと私と焦凍くんだけが繋がってしまったんだ。さっきまで聞こえていたクラスの人達の声がしない。そして2人の小狼くんと2人のサクラちゃんがあの筒に囚われてしまった。
私は私に出来ることをする。私は皆を守りたい!

私はどうなってもいいから!だから、お願い皆を守らせて!あの人を…焦凍くんを守らせて!

黒い影が私を飛王のところに連れて行こうと移動していく。顔全体を覆われ次第に息が出来なくなっていく。このままだと本当に、本当の意味で飛王のいい様に私が死んでしまう。

「柚華さん」

脳裏に優しい声が聞こえる。幻聴とも思えるその声は酷く懐かしい声だった。

クロウさん。
「既に貴方は私の力を上回り、貴方だけの魔力を持っています。貴方の守りたいという気持ちがあれば大丈夫。カード達は柚華さんに力を貸してくれます。さぁ、貴方だけの呪文を」
だけど、杖がないです。
「柚華さん、言ったでしょう?絶対に、大丈夫だよ。と」

そうだ。私にはその呪文があった。
杖がなくても唱えられるこの世で一番無敵な呪文が。

息苦しさで遠ざかりそうになる意識を必死に繋ぎとめ、私だけの呪文を唱える。全ては私の大切な人達を助ける為に!

「絶対、大丈夫だよ」

胸の奥が熱くなりそこに両手を当てて私の新たな呪文を叫ぶ。

「刻の力を秘めし鍵よ。真の姿を我に示せ、契約のもと柚華が命じる封印解除(レリーズ)!!」

胸の真ん中で何かが光だし、次第それは大きくなり私を覆っていた黒い影が徐々に消え、完全に消える頃私の両手には月と太陽を象る杖があった。

「…新しい杖…カードよ古き姿を捨て何ものにも負けぬ盾となれ!“盾(シールド)”!」

直後、飛王は無差別に魔法の鎌鼬を放つが、私が出した盾によって攻撃は誰にも当たらず、ほっとしたのも束の間、空中で捕まっていた私は支えるものが何もなくそのまま落下してしまった。

「柚華さん!」

焦凍くんが咄嗟に氷の坂を作ってくれ、私はそれに背中からぶつかりそのまま下に滑り焦凍くんに受け止められる。

「っ痛」
「悪い」
「ううん、助けてくれてありがとう」

焦凍くんは私の肩に手を回して抱き起こし、大丈夫かと声をかけたので、それに頷くとすぐさま飛王を睨みつける。その表情は炎司さんを殺したい程憎んでいたあの時の焦凍くんのようで、でもそれだけじゃない気がした。

「柚華!お前今まで何してた!」
「柚華ちゃん、守ってくれてありがとう」
「柚華!」
「黒鋼さん!ファイさん!モコナ!」

身体中至る所から血を流していて、体力も削られ肩で息をしているのに黒鋼さんは私に向かってすごい剣幕で怒鳴り、ファイさんはへらりと笑ってくれモコナはその糸目の目尻から涙を流している。

懐かしい人達に会えた事に喜びたいが、今はそんな事をしている場合じゃない。サクラちゃん達と小狼くん達4人があの筒の中で出ようと必死に頑張っているんだ。

私も何か彼らの役に立ちたい。でもあの人に捕まればあの夢のままになってしまう。

どうしようと考えていると私の肩を抱いて飛王を睨んでいる焦凍くんが不意に私の方を振り向いた。

「俺が柚華さんを守る」
「…うん、ありがとう。でも私だって貴方を守りたい」

大丈夫。この人が傍にいるならなんだって怖くない。そんな事を思える。

筒の中で抵抗する4人に向かってそんな抵抗は無駄だと言うように飛王は嘲笑うに飛王が言った。

「魔力を持っているならそこから出れないことなど分かっているだろう!」
「そんなのやってみなきゃわかんないじゃない!」

焦凍くんに支えられたまま飛王に向かっって叫ぶと透明の筒の中が4人の魔法によってピシリと音をたてる。

「まさか!!」
「わたし達の中にあるのこの力は次空を超える力」
「その力を使ってそこから出るつもりか!やめろ!お前たちの力はそんな事の為に貯えさせたのではない!!それにその力だけではここから出ることなど!!」
「わたし達にだけ使える力…そして強大な魔力を秘めた杖がある」
「…!!貴様!!!」

サクラちゃんの言葉に飛王は鋭く私を睨みつけ、私に向かって手を伸ばすが、焦凍くんが炎を黒鋼さんが刀から龍を、そしてファイさんが雷のような魔法で飛王を攻撃し傷つける。

「そこから出た所で既に理は壊れている!おまえ達がそれを壊す事で更に理は乱れる!元には戻れん!いや更に次空は崩壊する!!おまえ達の存在も無に帰すぞ!!」
「それでも前には進める!止る事よりおれは進む事を選ぶ!みんなを信じているから」
「理を崩したとしても貴方が望む世界にはさせない!人は終わりがあるから今を大切にするのよ!!」
「小娘…!!貴様ァ!!!」

小狼の決意と覚悟の叫びが通じたのか、筒にひびが入り中から4人の魔力が溢れ出す。

「わたしの羽根。どうか覚えているならすべてを刻んだままに還して」

お願い。私の杖どうかサクラちゃん達に力を貸して。そしてこの世の正しき理をもう一度…。

無意識に隣に立つ焦凍くんの手を強く握ると、焦凍くんは一瞬だけ私を見て飛王に向かって右の氷を放ち、それは飛王の足元から下半身を凍らせ身動きを取れなくさせると、すかさずファイさんの魔法を纏った黒鋼さんが飛王を斬りつけ、それに合わせたかのように透明な筒は完全に砕けた。
黒鋼さんに斬りつけられた飛王の身体から黒い影が生まれそれが壊れた筒に向かって伸びる。それどころかその影は私達の所まで伸びてきた。

「“盾(シールド)”!」

影から逃れるように盾を張る。飛王はパキと音をたてながら徐々に消えていく。その様はまるでガラスが端から砕けていくようで、彼は人間じゃないのかもしれないと思う程だった。

「魔女は…生き、返る…その為に私は存在するのだから…そして…伝えねばならない事が……私は…その為に……私、は………を……」

飛王が砕けて消えた後、黒いソレは周りのモノを吸い込むながら渦となり竜巻となっている。

「世界が元に戻り始めている!!」

ファイさんがそう叫ぶとほぼ同時位に私達の視界に映る景色にひびが入り、パリンと音を立てて割れ咄嗟に目と瞑り、そして目を開けると雄英の校舎が目に入った。

帰ってきた。そこは確かに私達が過ごす校舎で安心して全身の力が抜けその場にへたりと座り、体中から息を吐く。すると力が抜けた拍子に手に持っていた杖を落としたらしく、からんと音をたてて地面に落ち砕けて消えた。

遠くから皆の声が聞こえてきて隣にいるボロボロの焦凍くんと顔を合わせる。
きっといっぱい心配をかけた。だからこそこの言葉を伝えたい。

ただいまって言葉を。

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