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その後私達はリバリーガールの治療を受け緊急で用事が出来た相澤先生の代わりにオールマイト先生に事情の説明をした。その時のオールマイト先生の話によると空が割れたと思ったら知らない世界が見えて、何事だとなり、気が付いたら私と焦凍くんだけがいなくなっていて、知らない世界もなくなっていたという。

「そうだったんですね」
「佐倉少女、君これからどうするつもりなんだい?」
「…家に帰ろうと思います」

オールマイト先生の言葉にそう答えると隣に座っていた焦凍くんが大きな音をたてて立ち上がり私の肩を強く掴んで焦った表情で詰め寄る。

焦凍くんの指が肩に食い込み思わず顔を歪める。普段の焦凍くんだったらすぐに離してくれるのに、今は焦ったような泣きそうな顔で言葉を重ねる。

「俺の、俺の側から離れんのか…」
「え?」
「轟少年、落ち着いて」

勢いの割に弱々しい声に理解ができない。
オールマイト先生が焦凍くんに落ち着くようにと声をかけると、ハッとしてすぐさま申し訳なさそうな顔で謝り、椅子に座り直した。

「悪い」
「ううん」
「それで帰るっていうのは、退学かい?休学かい?」

オールマイト先生の言葉で焦凍くんが焦った様子で私に詰め寄ったのかが分かり、焦凍くんに安心してもらいたくて笑みを見せた。私が家に帰る理由は、ただ1つだ。退学も休学もしない。

「忌引です」

生みの親じゃないが育ての母が亡くなったのだ。忌引くらい出来るだろう。そう思いオールマイト先生を見つめると、先生は頷きそれを認めてくれた。

「では手続きは私がしよう。今日にでも立つのかい?」
「いえ、私の魔力は今不安定なので確実に私がいた世界まで飛ばしてくれる人がこの世界に来るのを待ちます」
「それは…すぐ来てくれるのかい?」

それはなんとも言えないが、私の直感が明日あたりにでも来ると言っている。けどそれをオールマイト先生に言っても首を傾げられるだけだろう。

「近いうちに来ると思います」
「そうか、休学は1週間くらいでいいかな?」
「いえそんなには…そうですね…3日位で大丈夫です」

1週間、その単語が出た時私は寂しくなった。1週間も焦凍くんと離れるなんて考えた事もなく、私は耐えられるのだろうか、なんて一瞬だけそんな事を考えてしまう。

オールマイト先生は頷いて、今日は疲れただろうから寮に帰りなさいと言ってくれ、私達は寮に帰ることになった。その道中、焦凍くんは息をほっと吐き出すように私に話しかける。

「さっきは悪かった」
「私の言い方にも問題があったんだから気にしないで」

一瞬とはいえ不安にさせたのは私だ。確かに痛かったが言い方を間違えた私の自業自得とも言える。
けれど焦凍くんはしっかりと繋いだ手を緩くし、お互いの指が引っ掛てるだけのようにして私のほうを見ず、前を見て吐き出すように言った。

「捨てられんじゃねえっかって思っちまった。柚華さんが向こうに帰んじゃねえっかって」

そんなことないのに。私は焦凍くんの隣に、側にいるって決めたのに。

「俺が柚華さんを守れなかったから…」
「そんなことない!焦凍くんは私を守ってくれたよ!」
「柚華さん?」

緩く繋がれる手をしっかりと握り直して、立ち止まり焦凍くんに向かって叫んだ。そんな事ないんだと。

「飛王に捕まるんじゃないかって思った時に、焦凍くんが守るって言ってくれて、実際に守ってくれて…だから私凄く嬉しかったし安心したの!焦凍くんがいるなら私は絶対に大丈夫って思えたんだよ!だから…」
「…だから?」
「だから…好きです!ずっと私の側にいてください!」

本来言いたかったこととは違う事を言ってしまい、思わず下に俯き目瞑る。でもこれも私の本心だ。私には焦凍くんが必要で大切でなくてはならない人だ。好きな人がいるだけでこんなにも心の奥底から暖かくなり、身体に力が満ちるなんて思いもしなかった。

「あんまそんな可愛いこと言われると困る」
「…え?」

焦凍くんの言葉に顔を上げると、そこには気まずそうに視線を逸らす焦凍くんがいて、首を傾げると恨めしそうな表情をして私を見る。

「手、出したくなるだろ」
「手…」

焦凍くんの言っている、手。が何のことかすぐにわかり急激に顔に熱が集まる。

「あの…ね、その…」
「わかってる。ちゃんと考えてる」

私と彼の考えが完全に一致しているのかはわからない。だってその事について2人でちゃんと話し合った事がないから。でも今の彼の言葉を聞く限り焦凍くんの考えと私の考えは似ていると思う。

「ありがとう」
「けど、あんま自信ねえからちゃんと自衛してくれよ」

あ、はい。

それしか言えない。
私の手を引き歩き出す焦凍くんの後をつられるように私も歩き出す。焦凍くんの隣にいるといつも顔が熱くなるから少し困ってしまう。けれどそんな感覚も嫌じゃない。焦凍くんから与えられるものはなんだって受け止めたいなんて思える。


寮に着くと焦凍くんは私の手を離して玄関を潜る。そんな彼の後姿に咄嗟にしがみつくと驚いた顔をした焦凍くんが振り返る。

しまった。

こんなこと、引き留めるような事をするつもりなんてなかったのに。なのに私の手は焦凍くんの頬に伸びていて、爪先立ちで焦凍くんの顔に近づき彼の口の端に一瞬だけ自分の唇を重ねる。キスと呼ぶにはあまりにもつたないその行為に言い知れぬ満足感と罪悪感と恥ずかしさがあり、私は逃げるように焦凍くんの横を全力ですり抜け自分の部屋に急いだ。

後ろから焦凍くんが私を呼ぶ声が聞こえたけど私は振り返ることなく部屋に向かった。あと数時間後にまた顔を合わせる事になるのになんであんな事しちゃったんだろう…。

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