86




私達は部屋を出てもう1度共用スペースの広間に行くことになった。というのも流石に私と部屋にこれ以上人が入らないからだ。

「佐倉少女、今日行くんだね?」
「はい」

広間にはオールマイト先生が既にいて、様子を伺うようにクラスの人が遠巻きに私たちの様子を見ている。

オールマイト先生に渡された用紙に名前を書き、それを渡すと先生は穏やかに笑い、確かに。と言った。

「2、3日で戻る予定です」
「気を付けて」

その言葉に頷くと、焦凍くんが真剣な顔付きで私に向き合い私の目を見る。

「柚華さん」
「必ず帰ってくるからね」
「待ってる」

焦凍くんの手を取り指を絡めるように握ると、彼は強く手を握り返してくれた。お互いそれ以上何か言うこともなく、ゆっくりと手が離れる。

大丈夫、寂しくはない。

世界が違っても、次元が離れていても私達は繋がっている。私達の縁は強く強固なものになっているから。

「佐倉、その制服は…」
「あっちの世界の学校の制服だよ」

クレーを基調としたこの制服は、広間に行く前に部屋の中で着替えたものだ。こっちの制服を来ていこうかとも思ったが、懐かしいこの制服を着ていこうと思って十字学園の制服に袖を通した。

その制服も似合う。と評価を貰ったところでファイさんに向き合い頭を下げる。

「よろしくお願いします」
「うん、任せてよ」

ファイさんは私の頭を撫でて魔法陣を私の周り空間に書いていく。

「モコナたちはこの後立つの?」
「あぁ、ここにいても意味ねえからな」
「たまには遊びに来てくださいね」

黒鋼さんが素っ気なく返事をするので、本心をそのまま伝えると、モコナが大きな耳を動かしてあのね、あのね、と声を上げる。

「モコナの記憶の中には柚華もいるの!だからいつでも柚華の所に会いに行けるよ!」
「ありがとう。待ってる」

出来た。その言葉と共に空間に書かれた私には読めない文字が光だし目が眩む。そして、遠巻きに見てたクラスの人の声が聞こえる。

「あの白い饅頭みたいなの尋常じゃねぇくれぇに口開けてんぞ!」
「テレビで見た光景が目の前で起こってる…」
「すげぇ」

あの人達ももう行くんだ。

「ありがとう。私達の世界を守ってくれて」
「おれ達はおれ達の守りたいものを守っただけだ」

その言葉を最後に視界が光で真っ白になり、目をゆっくりと瞑る。
例えそうだとしてもお礼を言わずにはいられないんだよ。その思いは伝えなかった。

次に目を開けた時は私は何処にいるんだろうか。

体が浮き、そして足が地面に着く。瞑っていた目を開けると侑子さんがやっていた古い洋館の建物があり、戻って来たんだと実感する。

懐かしい。

敷地内に足を踏み入れ、古びた洋館の玄関を開けると賑やかな声が2人分重なって聞こえた。

「いらっしゃいませー!」
「いっらしゃいませー!」

ピンク色のセミロングの女の子がモロ、水色のツインテールの髪の女の子がマル。お店から出れない魂のない女の子たち。

「ただいま」

ここは私のもう1つの居場所、帰る場所。
マルとモロに挨拶をすると2人は嬉しそうに笑い、私に飛びつき泣きながら抱きついた。

「お帰りなさい!」
「お帰りなさい!」

2人を抱きしめ返すと彼女たちは嬉しそうに笑う。

積もる話もあるしと靴を脱ぎ四月一日くんを探しながら部屋の中を歩き回る。マルとモロに聞いても腕に抱きついて楽しそうに笑うだけで答えてくれなさそうだが、一応聞いてみるか。

「ねぇマルモロ、四月一日くんはどこ?」
「今は、寝ているのー」
「ぐっすりなのー」

今、まだ夕飯前だよ?寝ているの?しかもぐっすりと?
そんな人ではなかったのに、学校で何か疲れる事でもあったのかな。そう思い普段四月一日くんが使っていた客間に行き、襖を開けると蛻のからで首を傾げるとマルとモロが私の腕を引っ張り何処かに案内してくれる。

「こっちこっちー」
「こっちなのー」

引っ張られた先は天蓋付きベッドが置かれた部屋で、そこに四月一日くんが気持ちよさそうに寝ていた。確かこの部屋って四月一日くんが大怪我した時に休んでいた部屋…だよね。

マルとモロに腕を離してもらい、四月一日くんの寝ているベッドに近づき淵にそっと腰を掛けた。
スプリングが鳴り人の重さでマットが沈む。

「四月一日くん…起きて」
「んー、」
「折角会いに来たのに、寝ているなんて寂しいよ」

四月一日くんの髪を指で掬うとするりと滑るように髪が指の間から落ちていく。
頬を撫でるとゆっくりと四月一日くんの目が開いた。オッドアイの目が私の目を見つめる。

「おはよう…かな?」
「柚華ちゃん」
「今日はねいろいろ言いたくて来たの」

それは、長そうだ。なんてぼやく四月一日くんに笑うと、彼はひどく儚げな顔で笑った。まるで彼だけこの世界から切り離されたかのようで胸が締め付けられる。
彼は留まる事を選んだ。それは時間からの乖離なのかこの世界からの乖離なのか分からないが、きっと私達はもう同じ時間を重ねられないんだろう。

- 87 -
(Top)