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四月一日くんに声をかけると、四月一日くんは目を細めて穏やかに笑い、似合うね。と言ってくれた。

「ありがとう」
「いや、本当に良く似合うよ」

そう言ってあ四月一日くんは何処か遠い所に目を向ける。視線の先には言わずともあの人がいるんだろう。こっちに来てから何度も目にした彼のその姿に焦凍くんを何故か重ねてしまう。今彼はどうしているのだろうか。私の事を想って遠い空を眺めているのだろうか、それとも遅れた分日々訓練に明け暮れているのだろうか。どちらもあり得る気がする。気づけば私も遠い空を見ていて胸が切なくなった。締め付けられるように胸が軋む。昨日向こうを立ってまだ2日目なのにもう会いたくて仕方がない。今までずっと傍にいた人がいないとこんなにも寂しい。いや、大切な人だからだ。だからこそこんなにも胸が締め付けられるくらいに切なくて不安になる。

四月一日くんはずっと、これから先ずっとこんな想いをしていくのかと思うと泣きたくなる。四月一日くんを見つめていると彼が私の視線に気が付き笑いかけてくれる。その笑顔ですら私を切なくさせる。

「四月一日くん…」
「何かな?」
「大切な人が出来るって辛いね」
「そうだね、でも幸せなことだよ」
「…うん」

沢山の幸福が四月一日くんにありますように。今の彼の努力がいつか報われますようにと思わずにはいられない。例え彼が今の状況を望んで選んだとしてもだ。

着物を見せびらかす人全員に見せびらかしたので、それを脱いで丁寧に畳んでたろう紙で包む。紙袋に着物一式を入れて忘れないようにと居間の目立つところに置いておいた。

「四月一日くんお夕飯は何か予定があるの?」
「……そろそろあいつがやって来るから、適当に摘まめるものを作るけど柚華ちゃんは食べたいものはある?」
「うーん…特にないけど一緒に作りたいなと思って」
「分かった一緒に作ろうか」

私が向こうに行く前はよく2人で料理を作っていた。侑子さんの要望はいつも手の込んだ料理ばかりで1人だと大変でも2人だとなんとかなるもんで、手分けして毎日のように作っていて、余った食材は持ち帰ったりしていたのだが、あの時が随分と前のように感じる。

「お、柚華も作るのか?」
「うん!モコナ食べたいものとかある?」
「酒に合う旬のもの!!」
「またそんなアバウトなリクエストを…」

お酒飲んだ事ないんだからどんなのが合うかなんてわからないのに…。

「そう言えば“あいつ”って百目鬼くんでしょう?何時頃に来るの?ひまわりちゃんも来るの?」
「あの三白眼はいつも学校が終わって買い物してから来るから、もう少しで来るけどひまわりちゃんは…」

四月一日くんは目を瞑って悲しげに微笑んだ。
まずい質問をしてしまったのだと気がついても、1度出した言葉は返ってこない。

「ひまわりちゃんは店と相性が悪いから、年に1度だけ会う事にしたんだ」
「そっか…その日は4月1日かな?」
「うん」

まさに四月一日くんの名の通りだ。
だったら、私も4月1日に四月一日くんに会いに来よう。どんなに忙しくてもその日だけは必ず四月一日くんに会いに来よう。

「私もその日に会いに来るよ」
「柚華ちゃん…?」
「4月1日に君を尋ねるよ。貴方の名の通りに何があっても絶対に四月一日くんに会いに来る」

四月一日くんは目を少しばかり大きくさせ驚いた表情をしたが、すぐに穏やかに笑って待ってる。と言ってくれた。それが嬉しくて私も笑うとマルとモロが私の腕に巻きついてきた。

「また会えるの?」
「すぐに会えるの?」
「毎日を一所懸命に生きていたらあっという間に会えるよ」

そう答えると彼女たちは嬉しそうに声を上げてモコナを胴上げし始める。その様子を見ていたら四月一日くんが立ち上がって歩き出したので私も後に続く。

「さて、何を作るとするか」
「お酒に合う旬のもの…だっけ?」
「あいつのリクエストには話半分でいいんだよ」

そう言いながら四月一日くんはこの季節が旬だと言われる食材を手にする。なんだかんだ言って作るのだから彼は優しくてとても甘い。自分より他の人を優先して動ける素晴らしい人だ。自分は無力だと理解してもなお出来る事がないかと模索して自分を犠牲にする人。だからこそ彼の周りに人が集まり、彼の力になろうと皆が努力する。私のその中の1人だ。

「四月一日くん、もしわからない事があったら連絡してね」
「そんな迷惑なんじゃ…」
「そんな事ないよ!いつでもいいよ」

食材を刻んでいた手を止めて四月一日くんの顔を見ると、彼は照れ臭そうに笑う。店を続けていくのならこれだけは忘れてはならない侑子さんのあの言葉の意味を四月一日くんはちゃんと理解している。それでも心配で言葉を重ねようと口を開いた瞬間、玄関の引き戸が開く音が耳に入る。それは四月一日くんの耳のも入ったようで彼は低い声で、来たなと呟いた。

「百目鬼くん来たんだね。私ちょっと行ってくるよ」
「ごめんね」
「ううん」

ささっと手を洗って玄関に向かうと、いつもの無表情の百目鬼くんがそこにいて、私を見て驚いた表情もせずに片手を上げ挨拶をしてくれた。

「おう、久しぶりだな」
「…久しぶり。驚きもしないのは吃驚したけど」

これでも驚いている。と百目鬼くんは言ったがそれも怪しく思える。本当にこの人は表情を変えないのだ。焦凍くんもそんなに変えないがこの人はそれよりも変えないのだ。仏頂面というわけではないが初めて会った時はこの人に感情があるのかと、失礼な事を思ったりもした。

「四月一日は台所か?」
「うん、お酒の肴とか作ってるよ」
「そうか」

百目鬼くんは靴を脱いで、片手に買い物袋をぶら下げたまま勝手知ったると言わんばかりに中に進んで行く。その後ろを追いかけて台所に入ると百目鬼くんは四月一日くんに、よう。と声をかける。

「買って来たぞ」

百目鬼くんが四月一日くんに買い物袋を渡すと、受け取った四月一日くんが中身を確認しながら袋から食材を取り出していく。すると頼んでいない食材が入っていたのか四月一日は百目鬼くんにいつものように大声を出した。

「お前!また頼んでいないもの買ってきやがったな!!」
「それでなんか作れ」
「なんかってなんだ!大体いつもそうやって言うがな!考えるこっちの身にも…」
「あははっ!やっぱり2人とも仲がいいね」

普段私やひまわりちゃんには声を荒げる事のない四月一日くんが百目鬼くんには声を荒げる。その様子を見るのが久しぶりでつい気持ちが抑えられずに笑ってしまった。すると四月一日くんがいつものように否定する。それすらも懐かしくて自然と笑みがこみあげてくる。

「佐倉なんかあったのか?」
「ううん。そうじゃなくて、なんだか懐かしくて…なんだろう無性に嬉しくて」

百目鬼くんが心配して声をかけてくれたが、やっぱり無表情で、でも私の心配をしてくれているのがはっきりとわかり嬉しい。


四月一日くんと2人で夕飯を作り3人とモコナで食卓を囲み、楽しくご飯を食べている時、私はあることを思い出して財布からカードを取り出し皆に見せた。

「これ!私ね向こうで頑張っているんだよ!」
「ヒーロー活動許可仮免許証…?」
「なんだこれ」

2人が私の顔写真付きの仮免許を覗き込み、モコナが私のヒーロー名を口に出した。

「ヒーロー名…さくら」

私はざっくりと向こうの世界の事を教えると、四月一日くんがヒーロー名について聞いてくれた。

「その話だと何でもよかったんだよね?なんでさくらなの?」
「…私と半分だけ同じ存在の彼女たちの力を借りようと思って」

なんて事ない理由だ。彼女たちと繋がっているという証を残しておきたい。それだけだ。

「いい名前だな」
「ありがとう百目鬼くん」
「あ!おれが先に言おうと思ったのになんでお前が言うんだよ!!」
「悪いな」
「やっぱり仲がいいね」

良くない!ときっぱり否定した後に四月一日くんが私にぴったりだと褒めてくれた。それにお礼を言うと百目鬼くんが私の顔を見つめている事に気づき、首を傾げる。

「どうしたの?」
「いつまでこっちにいれるんだ?」

その言葉に一瞬考えが止まってしまった。予定としては明日の朝に帰ろうと思っている。でも今すぐにでも帰りたいとも思っているし、もう少しだけここに留まりたいとも思っている。焦凍くんにいち早く会いたいし、でも四月一日くんが心配だ。

…でも、私はやりたい事を向こうで見つけてしまった。支えたいと思える人と出会えた。それなら答えは決まっている。

「明日の朝、かな。名残惜しいけどね」
「そうか」
「あっと言う間だったね」

そうだね。
でもね、僅かな時間でも会えて嬉しかったの。
大好きな人たちだから。

「私ね、向こうでやりたい事も出来たし大切な人も出来たの。平和を守る仕事をしたいのあの人の隣で」
「侑子さんが偶然なんかない、あるのは必然だけだって言ってた…だからこれも必然なんだと思うよ」
「佐倉がやりたい事をやれるのが1番いいんじゃないか?」
「うん!」

2人の温かい言葉に頷くとモコナが私の肩に飛び乗り、私の頭を短い手でぽんぽんと撫でてくれる。
言葉を必要としないその応援に、皆の温かみを感じながら夜が更けていった。

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