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つい寝すぎて起きたのはお昼前だった。四月一日くんは私の為に朝ごはんでも昼ごはんでもない、所謂ブランチというものを作ってれて、もそもそとそれにありつく。

「そう言えば、侑子さんが柚華ちゃんが来た時に渡すようにって言われていたのがあるんだった」
「ん?何だろう」

侑子さんが渡したいものとは何なのかを知る為に、彼と蔵に行く事にした。今更だが四月一日くんの着物姿は新鮮で着こなせてない感じが可愛く見える。普段から着物を着ている人を見ていたからだろうか。

「確か…この辺に」

薄暗い蔵の中から四月一日くんは目当ての物を見つけたようで、あった。とそれを握って私に渡してくれる。ちゃりんと軽い音を立てて私の掌に乗せられたそれはあの時確かに消えたものだった。

「これって、クロウさんから貰った鍵」
「侑子さんがこの先柚華ちゃんには必要だからって言ってたよ」

太陽と月を象ったこの鍵が私の新しい杖。

「刻の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ。契約のもと柚華が命じる封印解除(レリーズ)!」

掌の上で光を発しながら回り出す鍵は次第に大きくなり杖になる。両手で握りしめる杖はあの時以来だというのにしっくりきて、それが嬉しい。

でも何でこれを侑子さんが…?

「それ、太陽と月の光を何日も浴びて初めて完成するらしくて、最後の贈り物だからって侑子さんが誂えたものなんだ」
「侑子さんがわざわざ…」

それは親としてのなのだろうか、それとも店主としてのだろうか、はたまた次元の魔女としてなのかも知れない。どれにせよ侑子さんが私の為に誂えたという事実が嬉しい。

「ありがとう…ありがとう」
「きっと侑子さんも喜ぶよ」

そうだといい。そうだといいな。

ファイさんは今私が使っているカードはクロウさんの魔力が源だと言っていたから、私の魔力を入れた“移(ムーブ)”が思うように動かなくなったのはその所為だと思う。だから“盾(シールド)”と同じようにカードを作り替えてしまえばまたあの時と同じ働きをしてくれるはず。

よし、やってみよう。

私は杖をきつく握り、カードを何枚か取り出して空中に投げ呪文を唱えた。

「クロウの創りしカードよ、古き姿を捨て新たに生まれ変われ。新たな主柚華の名の下に!」

カードは強く光りだし、その一瞬の光りが治まると私の手の中に自ら納まった。カードの絵柄は今までとあまり違いがないが、全く同じと言うわけではない。所々僅かに違うのだ。魔法陣も変わったからそれに合わせてカードの絵柄も変わった。

「うん。いい感じだよ」
「良かった。カードは今日中に全部変えるの?」
「流石に何日も眠りそうだから向こうに帰ったら徐々に変えていくつもり」

それに今日は侑子さんの遺品整理をしたい。

「四月一日くん、侑子さんの遺品整理をしたいな…って言っても着物を何枚かもらいたいだけなんだけど」
「……そうだね」

四月一日くんは悲しそうに笑い侑子さんが使っていた部屋に向かって歩き出し、私もそのあとに続いた。途中向こうの世界の事を聞かれたりもしながら歩く。

「そう言えば彼は元気?なんて名前だったっけ?…轟くん、だっけ」
「元気だよ。彼も色々あって荒んでいたけど、今は自分の夢に向かって頑張っている」

焦凍くんは本当に頑張っている。ヒーローになりたくて頑張っているのは勿論の事、自分に足りないものを培う為の努力や今までの過去の清算等、今自分に出来る精一杯の事を常に頑張っている。人としてもヒーローとしても大きく成長をしている。

…相変わらず炎司さんの事はあまり受け入れてないようだけど。

部屋に行く途中モコナも加わり2人1匹で侑子さんの部屋に向かう。正確には侑子さんの着物が置かれている部屋だが。

桐箪笥が置かれた部屋に着き、私はそれを一つ一つ開けていく。おてもと、と書かれたたとう紙に包まれている着物を取り出しては袖を通す。いつの間にかやってきたマルとモロが脱ぎ捨てた着物をはしゃぎながらでも慣れたようにたとう紙に着物を収納している。

「柚華ちゃんの着物姿久しぶりに見るね」
「そうかも。向こうでは専ら洋服だし」

でも、戦闘服は相も変わらずここでの制服のままだ。給仕をするからと侑子さんが巫山戯て私に着せたメイド服。やるなら徹底的にと足首近くまである黒色のスカートに胸下から伸びるフリルのついていないエプロン。ただ普通のと違い、スカートが巻きスカートなので解けば動きやすいショートパンツになれる事とスカートを捲し上げて釦に止めれば脱ぐまでもなく動きやすくなる事だ。今思うと旅に出ても大丈夫なように作られている服を渡されたのだと。

幾つもの桐箪笥の引き出しを開けてたとう紙を開けていく。すると桜が散りばめられた1枚の着物が出てきて思わずそれを手に取る。

「侑子さんこんなの着てたっけ?」
「いや、おれも初めて見るよ」

1度は袖を通してあると思うけど、でも絶対にそれは私達が侑子さんに出会う前のことだ。

私は着物を手に取り四月一日くんに貰ってもいいか聞くと、彼は穏やかに笑ってくれた。

「柚華ちゃんにきっと似合うよ」
「そうかな。マル、モロこの着物に合う帯出してくれる?」
「わかったのー」
「アレなら似合うのー」

2人が持ってきてくれた帯は確かに手に持っている着物によく似合っている。早速これを着てみよと鏡の前に立つと四月一日くんがそっと席を外してくれた。

「ありがとう」
「終わったら声をかけて」

マルとモロに手伝ってもらいながらも着物を着ていく。最初に肌襦袢次に長襦袢。着物を羽織り裾を揃える。きつく解けないように着物を腰紐を結んで伊達締めを締める。肩から帯を少しだけ流して腰に巻き付けていく。これでもかと言う程に帯を上下に揺らして締め付けていく。私はこれが上手くいくと太鼓が崩れないという確信が得られる。
お太鼓を作り最後に帯留めを締める。これで完成だ。

「久しぶり着たけど、なんとかなるもんだね。2人とも手伝ってくれてありがとう」
「柚華の着物姿はいつ見ても綺麗だな」
「褒めても何も出ないよモコナ」

背筋が否が応でも伸びる着物が私は好きで、ここに住んでいた頃はよく着ていた。胸を張って堂々と歩くあの人のそんな姿に憧れていたのかも知れない。

今は亡きあの人の流されないしゃんとした生き様に、私は今でも強い憧れを抱いているのだ。

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