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良かった。パッと見だけどどこも怪我をしてないみたいだ。
あの攻撃に怪我をするんじゃないかと心配したわけではないが、実際に見ると安心して息が零れる。

「人様に躊躇なく攻撃するたァ…だいぶキてんな!!」
「ヒーロー志望相手なら何してもかまわねえと思ってそうだ」
「俺はもう講習とか抜きにこの子らと仲良くなりたい」

子供たちは自分たちが放った攻撃にビクともしない焦凍くん達を見て動揺し、狼狽えるが壁に背中を預けている育ちの良さそうな男の子が、僕たちの力をもっと見せつけよう!と言うとまた焦凍くん達に立ち向かった。

「私が行くわ!!」

焦凍くんを見て頬を赤らめていたポニーテールの女の子がそう言うや否や4人に向かって両目からビームを放つ。だがそれは届くことはなかった。

「オイオイ君の可愛い顔が見てぇんだ。シワ寄ってちゃ台無しだぜ」

後ろに薔薇を背負った焦凍くんがポニーテールの女の子に向かって微笑み、手を差し伸べたことで、女の子は瞳を輝かせ頬を赤らめ攻撃を止めたからだ。
そんな焦凍くんはゆらゆらと揺れながら姿を消してしまった。

「ごめーんマボロシー。でも言われてみたいよねぇ。ウチの学校今時、異性交遊禁止だしマジ渇望」

あの焦凍くんはケミィさんが作り出した幻かと納得する。私の知っている焦凍くんはあんなにキラキラしながら微笑まないし、あんな甘い言葉を言ったりしない。
不覚にもケミィさんの作った幻の焦凍くんにときめいたがこれは本人には絶対に言えない。
そんな私の心境を露知らず、マイク先生がニヤニヤと笑いながらマイク越しに私を揶揄する。

「佐倉リスナーは言われたことあんでしょ?」
「ー!答えません!揶揄しないでください!」

炎司さんの前でなんて事を聞いて来るんだ!あんな表情で言われた事なんてない。どちらかと言うと酷く真面目な顔で私の目を真っ直ぐに視線を逸らすことを許さない、そんな空気を纏いながら好意を伝えてくれる。そして私よりも高い体温の掌を私の頬にあててゆっくりと顔を近づけて…って何を私は想像しているの!!
変な事を思い出してしまい、変な汗が出る。

恥ずかしい。

「カワイイカオガミテーンダ!!俺は良いと思うぜ!!マボロキ君よォ!」
「?…そんなに面白れぇ事言ってたか?」

爆豪くんが口元を抑えて込み上げてくる笑いを抑えながら、焦凍くんをからかっている。焦凍くんはさっきの幻でそこまで笑う要素があったのだろうかと顎に手を当てて首を傾げている。その様子を赤くなっているであろう頬を隠しながら見ていると、不意に焦凍くんと目が合い、驚いていると焦凍くんも驚いたようで少しだけ目を見開いた。そして私に向かって口をパクパクと動かし最後に口の端をあげて笑った。さっきの幻程じゃないにしろ私にとっては効果抜群で顔中に熱が集まり手で隠す事も出来なくて、咄嗟に俯き他の人に顔を見られないようにする。
その様子を一部始終見ていたマイク先生が声高らかに叫ぶ。

「佐倉撃沈ーー!!なんだお前ら奥手過ぎんだろ!!」

仕方ないじゃない。雄英に通っている以上恋愛的出来事は二の次だ。個性強化の訓練に明け暮れて疲れて帰ってきても2人きりの時間が取れるわけじゃない。誰かしら何かしらの目があるんだから正直私は未だに抱き締められるだけで心臓が落ち着かない。

「君たちは確かに凄いっス!!でもね!!ブン回すだけじゃまだまだっス!!」
「館内ってちょっとないよねー。味気」
「行くっすよォ!!」

夜嵐くんの大きな声につられて俯いていた顔をあげると氷でできた滑り台に、夜嵐くんの風の個性で子供たちを持ち上げて滑らせている。それだけではなく、ケミィさんがオーロラを作り出したことによって幻想的な空間が広がっている。

「凄い」

感嘆の息を漏らしてしまう程素敵な光景に気が付けば拍手を送っており、マイク先生も頬杖を突きながら、ほっこりする。と評価している。
実力の差を、正しい個性の使い方を優しい形で見せている。何も攻撃するだけが個性じゃない。そう言っているようで胸の奥から温かいものが溢れてくる。子供たちとの溝は一瞬にしてなくなり滑り台には列が出来ている。幻の焦凍くんを見てケミィさんとポニーテールの女の子か盛り上がったりしている。

「あの聞かん坊たちが……なんてこと…」
「この後が先生のターンです。上手く導いてあげましょ」
「…っはい」

マイク先生が気を使って先生が手放さなかったマイクに手を当て音が入らないようにし、隣に座っている担任の先生を優しく諭している。女の先生は感動からなのか顔を手で覆い俯きながら肩を震わせている。偶に聞こえてくる息の詰まっている声につられて泣きそうになってしまうが、お門違いもいいところだから聞こえないように意識しないように視線を逸らした。逸らした先にいた焦凍くんはポニーテールの女の子に左の炎を見せており、後ろからで見えずらいが私には笑っているように見えた。

「良かったね」

その様子を見ているとまた泣きそうになってしまって、私も俯く事にした。あんなに毛嫌いしていた左の炎。謂わば自分の中にあるコンプレックスを他の人の為に使えるようになるほど受け入れたんだと、向き合っているんだと改めて感じ、胸が苦しくなって目頭が熱くなる。

「泣いているのか」
「いえ、堪えているだけです」
「泣き落としする輩は愚の骨頂だが…泣かんと自身をたらしめるのも愚行だ」

それは、つまり泣きたい時は泣けって意味なんだろうか。
何とも遠まわしな言い方に思わず笑みが零れるが、また涙が零れた。止められそうにない涙にせめて声は出さないようにと息を殺しながら肩を震わす。

きっと焦凍くんの中では向き合っている過去の出来事。当時その場にいたわけでもなければ本人から簡単に話を聞いただけだ。でも体育祭前の彼を私は知っている。炎司さんを憎み、恨み辛みだけで生き、お母さんの力だけでヒーローになろうとしていた彼を少しは知っている。そんな焦凍くんは全くと言っていい程表情を崩す事がなかった。笑う事すらなかったのだ。それが今、炎司さんから受け継いだ個性を使って笑っている。

「良かった…よかったね、焦凍くん」

私が泣いたところで意味なんてないこの涙はひっそりと流しておこう。
そしてこれが終わったら最高の笑顔で、よかったよ!って伝えよう。

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